第18話
一呼吸つけると、俺は拳を振り下ろした。
笑顔を浮かべながら。
俺の拳がだんだんと近づき、卯豆が目を瞑り、そして――。
「おーい、大輝ー」
ドアが開いた。
ドアの隙間から、ものめずらしそうに伺う表情を向けてくるのは、今日の朝に会ったばかりの伊賀の顔だった。
ニマニマとし、何かの情報をゲットしたような顔をした表情を向けてくる伊賀に、俺と卯豆はただ困惑の顔を浮かべることしか出来ず、先ほどまで怒気一杯で殴りかかろうとしていた腕も、空中で静止させられている。
「誰も居ない教室で、それも保健室という特別な場所でぇ! 男女二人が一緒になってるっていうことは……」
無駄な期待を向けてくる伊賀。
もちろんそんなことは百も泣ければ、千もない。
ただあるのは。
……いや。あったのは怒りだけだ。
ため息混じりに両腕を頭の上でクロスさせ防ごうとしていた卯豆を軽く押してベットに倒す。
「わふっ」
倒された衝撃からなのか、可愛らしく声を漏らす。
その情景に俺は仄かに色白の頬を赤に染め、そっと顔を逸らす。
不覚にも可愛いと思ってしまったのは言うまでもないが、気付いていないと祈る事しか出来ない。
咳払いをし恥ずかしさを跳ね除けると、俺も伊賀に似た冗談めかした顔で伊賀に言う。
「冗談。俺が茜以外の女の好意を向けたり向けられると思ってんのか?」
「そりぁねぇな」
すまんすまんとはぐらかしてくる伊賀に少し睨みつけると、ベットで腰を抜かしている卯豆を無視してそのまま外に出る。
「んじゃ俺帰るけどさ、お前どうする?」
「んー? その前にさ、お前……」
振り返ると、床には風で盛り上がりを見せるカーテンのほかに、誰かが俺の影に向って握り拳を挙げているのが見えた。
「ッ!?」
咄嗟の判断で俺は両腕を頭の上で交差させる。
咄嗟だったから。
咄嗟であってしまったから気付かなかった。
「お前――」
あいつと同じ行動をしているじゃないかよ。
影に見える俺は、少し前の卯豆の防御と同じ事ではないか。
卯豆と同じ行動をすることには別に何の嫌悪感も抱かない。
だが同時に、自分への嫌悪が生まれる。
「お前が何してたか、分かってるのか?」
「……あぁ」
俺は今認め違いが、仮にも女の子に手を上げようとしたのだ。
そんな自分に嫌悪間をい抱いてしまって仕方がない。
もしもと考えてしまう。
「大輝。もしも俺が関城さんに暴力を振るったらどうよ」
だからもしもと考えてしまうのだ。
もしも。それは決してないことともいえることなのだが。
もしも俺が茜に男という、体格さという、筋力さという、圧倒的なまでにかけ離れた男の力をい振るってしまったのならば、俺はどうすれば良いのか。
今の自分の手の中に存在し、見え隠れする憎悪に戸惑う。
無意識のままに手を握り締めてしまう。
「もしも。可能性の話だよ。そもそも俺にそんな気を起こす度胸なんてないから安心しろ」
握った拳をそっとポケットに隠すと、軽く手を上げ廊下を歩いた。
デブの俺と不良な彼女 朝田アーサー @shimoda192
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