第5話
物静かな雰囲気と、所々に置かれている植木鉢にもにたインテリアによってかもし出される暖かさを感じる中、俺は黙々と鞄から取り出したラノベを読み進めていた。
内容は至ってシンプル、ただ主人公である男の子が戦闘を目的として教育をする学校で最強になる物語だ。
一ページ、ページを捲るごとに目の前に置かれたテーブルから棒状の上げられた芋、ポテトを口に運ぶ。
「ここの店の塩加減は中々良いものだな」
様々な店舗によって味が変わり、皆それぞれの好みがあるのだが、俺は濃い目の味が好きなため、奮発して塩を使う店は少ないため、家から近いこの場所は俺にとっての家に等しく大事な場所となるだろう。
文を左側の行の最後まで読みきると、本を乗せている右手の親指でページを捲りながら、新しいポテトを取るために手を伸ばす。
「……あれ?」
いくら手を伸ばすが、その手がポテトに届く事はなかった。
疑問に重い、俺は目を本から背けると、テーブルに向けた。
「バーガー食うの、待っててくれたんだな」
「……まあな」
テーブルの相席側に茜がいた。
先ほどまで来ていた白と青の柄の制服は既に着ておらず、よく見慣れた学校の制服に着替えている。
茜 の手には箱ごとのポテトが握られており、一本一本大事そうに引き抜き、口に運んでいた。
「はいよ、これ。どうせまた朝飯食べてないんだろ?」
「もう。あんま金の無駄使いはすんなよ」
――お前のために使う金は無駄なものはないよ。
ここでそんなキザなセリフを言えたのなら、きっと俺は俺自身を自我美賛するだろう。
だが俺に出来るのはただ目の前にいる茜のようにバーガーを食い進めるだけだ。
捲ったばかりのページに小柄で銀髪の女の子の水着絵がプリントされた栞を挟んで閉じ、そっと鞄にしまう。
「んじゃあ俺も、いただきます」
紙のようなビニールでできた袋を剥ぎ、ビックバーガーを口に頬張る。
「なぁ」
「んー、どしたの?」
茜は言いにくそうに口を閉じ、髪先をこねるように摘みながら呟く。
「もしも……もしもだ。私が髪を切ったら……切ってもいいと思うか?」
「なんだ。そんなことか」
言い渋っていたから、何か重いものなのかと思ったが、髪の毛を切ることくらい普通のことだ。
わがままを言ってもいいのならば、今のままの髪の長さがいい。だが茜が髪を切ることを求めているのならば、俺はそれに介入することはできない。
「んー。今のままがいいかな」
だがそれは普通、だったらだ。
俺は茜の彼氏だ。様々な情報が色々な所から流れてくる。
この間入ったばかりのものは、髪が鬱陶しいや汚いと言われたらしく、きっと今回はそれを気にしてのことだろう。
ビックバーガーをテーブルに置くと、茜の髪を撫でる。
「茜の髪、とっても綺麗だし、俺は好きだよ。もちろん茜のことも、だけどね」
俺にしてはキザでカッコいいセリフが言えたと満足したが、茜は走ではなさそうで、乱暴にビックバーガーに
「何怒ってんのさ、ってイッ」
突然と脛のあたりに痛みが走り、強制的に言葉を遮られた。
すると茜の方から二、三度に及ぶ舌打ちをされ、ガンガンと何かがぶつかる音がテーブルンお下で流れ出す。
テーブルの下を除いてみると、何かを探すようにこちらがらにつま先を突きつけていた。
「……ッチ」
先ほどよりも大きな音で舌打ちをすると、買った2箱のポテトを胸をそり顎を上げて上を向いて大きく開かれた口に持って行き、流し込んだ。
大食いではしたないと思ってしまうが、同時に上を向いて乱れた髪や、空けた第二ボタンから覗かされる鎖骨が妙にイヤらしく、見とれてしまう。
「茜ってそんなにポテトが好きだったっけ?」
女性特有の色気に毒される前にと、無理やりに話題を変える。
だがひたすらとポテトを食べている茜が言葉を返してくるはずもなく、どうしようもなく胸元を一点透視してしまう。
かさかさとポテトが箱を擦れる音を鳴らすたびに揺れる茜の胸からは紫にもにた赤色の下着が見え隠れしている。
次第に音は小さくなり、完全に聞こえなくなると茜は掲げるように持ち上げていたホ手との箱を握りつぶし、テーブルに叩きつけた。
「ほら。これやる。だからさっさと行くぞ、デブ」
茜ちゃんテレモード。
照れ隠しの時は、必ずといっても良いほど口が悪くなり、罵詈雑言様々なことを言って、そし』痕で後悔する、そんなモードだ。
そっと食べかけのビックバーガーをこちらに差し出すと、食えと強調するように何度も突き出してくる。
「はいはい、頂きます」
自分の包み紙を開けたものを包みなおすと、差し出される茜の食べかけのビックバーガーに喰らいつく。
四分の三ほど残っていたビックバーガーは俺の一口で半分まで削れ、中の具材が見えるようになった。
中には三枚の3センチくらいの薄さのハンバーグと、存在感を食感として表している何枚かのレタスと、口直しといわんばかりの少量のピクルスが入っているだけだ。
ポテトの味で分かりきっていたことだが、やはりこちらも味は濃く、非常に俺好みだ。
「やっぱしこの店は俺にあってるな。しかしなんでこんな良店舗、今まで気づかなかったんだ?」
疑問は出るが、今は一度しってしまった味であるハンバーガーに夢中ですぐさま思考の片隅に追いやってしまう。
一口二口と繰り返してゆくに連れ、いつの間にか気分は落胆してしまう。
「もう、なくなったのか」
既に手に残るのは一口大くらいで、あんなにでかさで存在を主張を主張していたはずのビックバーガーも、今ではその見る影すらなく、細く小さくなっている。
惜しそうにソレを眺めると、ポイっと口に投げ入れた。
「よし、それじゃいくか」
口直しのために、半分くらい残っているコーラを口に流し込み、足早に鞄を手に地下にあるホームに向う。
茜もネチネチと後ろから文句を言いながらついてくる。
外に出ると、店に入る前までの広がった空間は視れず、殆どがスーツを着た社会人の波が広がっていた。
普段ではもう少し駅には早く着くため、珍しい光景に足を止めて目を見張ってしまう。
「あ? 行かねーの?」
「ん? ……あ、あ。ちょっとびっくりしてた」
目の前を流れれる人波に翻弄されながらも、逸れないようにと茜の手を取る。
丁度開けた人並みの隙間に体を入り込ませ、列を乱さぬように進む。
手を引っ張られるのに遺憾とする思いがあるのか、顔を不満一色にさせ顰めていた。
ダンジョンのように、仲間を分裂させるべく作られたような三つある方向のうち、一つを選ぶと、階段を下りていく。
ホームにはあまり人がおらず、電車が束の間の休息だが、安心してため息をついてしまう。
「そーいや大輝、最近ゲーム、やらないんだな」
スマホ片手に茜が聞いてきた。きっとスマホゲームでのログイン日数を見たりしたのだろう。
ここ一週間は消化しきっていないアニメを夏休みが終わる前に見たり、見直しておきたいアニメを見たりで時間が取れず、茜に誘われただけの理由でやっているゲームは開くどころか、通知すらも受け取らなかった。
言動や立ち振る舞いといった動作からはあまり気にしていないのが分かるが、内心はゲームがつまらない、ゲームを紹介した本人もつまらない、デートに行かなくなる。そんなことを予想したりしているのだろう。
俺はそっとポケットからスマホを取り出すと、画面をすこし操作し、普段はあまり見ないフォルダの中にあるネズミの顔がトップに出されているゲームアイコンを押し、ログインする。
そこそこの日数をログインしていなかったためか、普段は一、二個だが、それが何倍もの二十数件も貯まっている。一つ一つ確認すると、その殆どがガチャを引くためのもので、最後には二十連分くらい引ける量が集まった。
「うーん……やっぱし出ないか」
ふと気になり、茜のほうに視線を送る。
落胆した声を漏らしながら弄るスマホの画面に映っているのは、ゲームのガチャ画面だ。
どうやら今のピックアップ中の大きな黒い翼を生やしたいかにも堕天使ですよアピールをしているキャラクターが欲しいのか、デカデカと表示されているキャラクターを愛おしそうな目で見つめている。
「それ、欲しいのか?」
「ん? ああ。まあな」
すこし恥ずかしかったのか、そっぽを向き、頭をかきながら言った。
そんな茜に微笑を浮かべると、躊躇いなくキャラクターの出るピックアップガチャの十連を押す。
途端に画面は明るさを消し、真っ暗になり、ロード画面に移行した。
ロードは、ここがホームであまりWi-Fiの柱が一本二本とうろうろしているせいか中々に進まずに、あっという間に電車が来てしまう。
『第三ホームに○○行きの電車が到着します』
「だとさ。それじゃあ行くよ?」
スマホの電源を落とさないようにポケットにしまうと、二の腕の下に出来た隙間の制服の裾を掴み引っ張る。
「ああ。連れてってくれ」
と、茜は俺の引っ張るほうへと、前も下も見ずに、画面だけを見て歩く。
一見すると、それは普通の動作だろうが、前が見えない状態で、他人任せで歩くのは多少なりと危険があり、互いを信頼していなければいけない。
それを平然と受け入れている茜に信頼をされているという優越感を胸に味わいながら電車に乗る。
電車の中は夏休み前と相変わらずで、学校に行く生徒たちだと思われる制服を着た生徒たちが車両一杯につめられており、先ほどの列よりもぎゅうぎゅうだ。
故意でなくとも、他の男に茜を触らせる分にはいかまいと、狭い空間で無理やりに人の胸を逆送するような制服を着た人を睨み、茜をドアに押し付け、その前に俺が立ち、他の乗客との接触を遮断する。
それを見て安心をしたのか、足元に視線を向けたり、妙な警戒心をはなったりなどを止め、スマホを弄りだした。
きっと先ほどのゲームの魔石といわれるガチャを回すのに必要な何かが込められた石集めだろう。
俺もスマホを出し、先ほどのガチャ結果を見る。
レア度は星三、星四、星五と決まっており、非常に分かりやすい割り振りだ。その中で茜が欲しがっているのは星五のルシフェルと、いかにもな名前を持つキャラだ。
既にガチャは全て引き終わっており、画面に触れれば、一個ずつ卵から出てくるというものだ。
今回は運がよかったのか、ルシフェルの含まれるレア度の卵が三つも出ている。
画面をタップしていくと、左の方から順に卵が割れて行き、三つが割れ、四つ目の初めての星五確定の虹色の卵。
新キャラでない場合は、エフェクトやモーションなどなく、キャラクターが出るわけだが、初めてこの方あまりがチャを引かずにスタミナ回復に回していたせいでレア度の高いキャラは当てられず、星五は持っていない。
「……お」
卵が割れると、画面全体が光で埋まり、だんだんと晴れていく。
うっすらと見えてきたのは、六本の剣を持つ翼の生やしたシルエットを持ったキャラだ。
確かルシフェルは剣を一つしかもっていなかったはず。ならばこのキャラは目当てのキャラではない。だがこんなところでの戦力は嬉しいし、茜も最高レア度ならば嬉しいといってくれるだろう。
だんだんと薄れて行き、光が消えて明るみに出たのは、やはりルシフェルではなく、戦国乙女 撫子という日本由来のキャラだった。
キャラクターの詳細画面が移るが、三つあるうちの一つが消えたという事実が焦りを孕ませ、早く早くと訴えるように鼓動を早くする心臓に従うように画面をスキップさせ、ガチャ画面に戻る。
一つ二つと消え、始めの虹から三つ目、初めから数えて七つ目にある虹の卵の順番が来た。
先ほどと同じように、割れると同時に画面が光に
始めに見えたのは体でも背景でもない、剣だ。それも既視感の溢れさせられる剣だ。
「この剣って……ッ」
あまりの興奮で息を飲んでしまう。
ゴツゴツとした見た目の刀と太刀の中間くらいの長さの刀身の、両刃の剣だ。
やったぜ。
そう頬を綻ばそうとした瞬間、それを裏切るように見えた。
「翼が、ない……?」
電車の中であることを思い出し口を閉じるが、未だに驚愕が覚めない。
光が消え、見えたのは翼のなく、ただ剣を地面に突き刺したルシフェルと同じような甲冑を纏った悪魔のようなキャラクターだった。
驚き、ショック。そして焦燥が胸のおくから溢れてくる。
今度こそは出ると思った剣のシルエットだったが、出たのは別キャラ。未だに一個の虹の卵と、もう十連があるとしても、あれだけの期待を裏切られたダメージは大きい。
感傷に浸っていると、突然と先ほどのような光が画面一杯に溢れた。
「あれ? まだスキップはしてないはずだけ……」
背狩が溢れた刹那、キャラクターのシルエットが歪み、姿を変えていった。
甲冑はもちろん、顔や髪は一切と変わりはしない。変わったのはただ一つ。
「茜ちゃん。君がガチャのテーブルから落としてしまったのはこのルシフェルかい? それともただの雑魚キャラかい?」
翼が生え、茜が欲しがっていたルシフェルになったことだけだ。
「え!? なんで出すんだよ!? てか本当に出るのかよ!?」
俺がスマホを見せると、怒ったような、嬉しいような声で罵倒してくる。
相変らずと言ってもいいほど、茜のスマホにはルシフェルではなく、モブ中のモブキャラの星三キャラが映っている。
「さっき適当に引いたら出たんだー」
興味なさげに答えると、詳細画面のスキップを押す。
もちろん十個目にある最後の虹の卵を割るためだ。
ガチャ画面に戻ると、八つ目、九つ目が何の演出もなく割れ行き、残る一つ、最後の一つの卵にひびが入った。
「今度は何かなー?」
どんどんと光があふれ出し、シルエットが醸し出されてくる。
「あれ? このシルエットって……」
先ほどのルシフェルとは違うが、しっかりと二枚一対の翼が背に聳え、ゴツゴツとした剣が紙面につきたてられているシルエットだ。
段々と光が薄れていき、そして光が完全に収まった。
そこにいたのは。
「茜。もう一体、ルシフェルでちゃった……てへッ」
鎧のかぶとの眼窩部分からともる青い炎にがトレードマークの、剛毅な風貌を携えたルシフェルだった。
先ほどの演出は特殊なものだったのか、今回はそのままの姿で顕現した。
「は? ……なんでお前に二体も。てか可愛くないからやめろそれ」
あきらかに落ち込んだ様子でガチャ画面を眺める茜。ここまできたらテーブルが回ってこないと思ってもおかしくないだろう。
回すか、回さないか。悩むように画面の上で回すボタンの上をぐるぐると泳がせてる。
元々は茜に上げるためにひいたものだったしな。お揃いってこともいいだろう。
詳細画面を飛ばすと、画面右下にある交換メニューに行き、交換先を茜の『A☆KA-NE』のハンドルネームにし、交換キャラをルシフェルに設定し、無条件交換で送信する。
ほんの少しのロード画面が終わると、「送信しました」と報告が現れ、送信が正常に行われたことが伝えられた。
「……っえ? いいの!?」
茜の方を見ると、ルシフェルの交換承認をこちらに向けながら驚いていた。
きっと茜のことだ。欲しい欲しいと何十連もしていたに違いない。それがばぶも引かずに確実に手に入るのだ。その嬉しさは今までよりも大きなものだろう。
流石にこれ以上電車の中で騒がれるのは困るので、落ち着かせるために頭の上にてをおく。
「いいから。今電車の中。だからもう少し声下げて」
そう端的に伝えると、ハッとした顔をさせ、猛烈な勢いで顔を赤面させていく。
顔を俯かせる茜に、俺のスマホを見せる。
「これでお揃いだな」
「ったく……ありがとよ」
照れるが、電車の中ということでけりや殴りは当たり前で、罵詈雑言すら飛んでこない。
いつもは一方的に追撃の隙を絶たれ思うように行かないが、今はその追撃が出来てしまう。
「っふふ」
そう考えた俺は小さく微笑み、先ほど以上に撫でる。
この後、めちゃくちゃナデナデした。
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