第4話
俺は部屋に着くなり、本棚から適当にラノベを引き出し、椅子に座り込んだ。
体重と勢いが合わさったせいか、普段はならないはずのメキメキとした音が上がった。
「まだ腹に入るか……よし。なら早めに言って買い食いでもすっか」
先ほどまで思考の大部分を背負っていた妹への怒りは既に消え、今では自分の体を気遣った行為にありがたみすら覚えてしまっている。
ご飯を食べるときに緩めたネクタイを締めなおすと、手に持つラノベや、机の上に置かれている読み終わっていないラノベを学校指定のシンプルでデザインの主張の少ない鞄に突っ込み、席を立った。
「さて。今日も一日、頑張るか……」
学校で向けられる差別のような眼差しや、それに救いをもたらす事のない教師のことを頭に浮かべ絶望しながら部屋のカーテンを閉めた。
外に出ると、相変わらずの細い幅の階段があり、足を滑らさないように慎重に下る。
「……あ」
「……」
適当に下っていると、玄関前に立っている優と目が合った。
その手には学校用としているバックが握られてあり、俺と一緒の登校するのだろうと分かる。
「おう。俺は今から学校行くけど……久しぶりに一緒に行くか?」
「え、えっ? い、いや……私は違うから」
俺が怒っていると思っているのか、普段のような強い口調はなく、引き気味な感じだ。
優は稀にこうなる事がある。それは親に怒られたり、友達に嫌われたときでもない。それは必ず俺を怒らした時だけだ。こうなればいくら慰めても上辺だけだと伝わらずに、余計に沈んでいくだけだ。こんなときに一番いいのは放置、ただそれだけだ。
全ては時間が解決してくれる。そんな言葉を誰が言ったかは分からない。だがそれは正しいものだと思う。何せ時間が経てば蟠りも悲しみも消え、ただの名前をしった他人になるのだから。
「分かった。なら俺だけで行って来るわ」
そう言うと、壁と優の間に体をねじ込み、新品の様に綺麗な靴を履き玄関を開けた。
そこで俺は振り返り、出来る限り解れた表情を浮かべ、優しそうな音色を意識し、放つ。
「優、行って来ます」
「う、うん……いってらっしゃい」
そう返した優の翳んだ顔は跡形もなく赤く染まり、表情は相変わらずだが、嬉しそうな雰囲気が感じられる。
妹といえど、美少女だ。俺の笑顔だけでそんな嬉しそうな雰囲気をかもし出されれば気持ち悪く顔が歪んでしまう。
これ以上は見ていられないと、見とれ固まった体を無理やりに動かし、俺と優の間に壁を作るように扉を閉めた。
「……理性を吹っ飛ばして近親相姦ってか? 笑える以前に殺されるわ」
主に暴力的な女性が手を滑らせて俺の背中に包丁を刺したりするだろう。
恥ずかしさのせいで厚くなった顔を覚ますために、早歩きで歩き始めた。
*
夏だというのに、早歩きのせいか体に当たる風のお蔭でそこまでの暑さは感じられない。だが汗はかくにはかく。肌に吸い付く制服が嫌な不快感を残す。
「いつもより早く着いたな」
坂を天辺から駅の一角が見えてくる。
他のマンションなどとは比べ物にならないような清潔感と存在感を主張する白と青をベースとした細長のものだ。所々に今は光っていないが、丸いフラスコのようなガラスに入った電球や、壁にはめ込まれている白のプラスチックの電球など、デザイン性にも優れており、気持ちを爽快にさせていく。
パタパタと肌に吸い付く服を剥がすために胸倉を前後に揺らし空気を入れると、服は剥がれはしないが、生暖かいはずの風が汗のお陰で涼しく感じられる。
坂をだんだんと上るにつれ、車の走る音や人の話し声などが大きくなっていき、同時に甘いパフェや油の濃そうなハンバーガーなど、駅の中に立てられえたフード店の食べ物のにおいも漂ってきてる。
「あ、飯買うの忘れた」
朝の追加と、お昼のだ。別に学校付近で変えはするが、その場合カツアゲをされる可能性があるので極力避けている。
だが最後には何かを買わねばいけなくなるのだ。いまさらコンビニに戻って買うなんてこと、俺の体力が持たないため却下。
残るはハンバーガーだ。多少の臭いを我慢しれば、平気だ。
鞄から財布を取り出すと、約二ヶ月ぶりに開いた。
「3000か。ぎり足りるかな?」
食い物のほかに飲み物を買えばなくなってしまう量だ。
「まあそっちの方が捕られたときに経る金も少ないからいっか」
カツアゲ。それは非道な行為だ。俺がそれをわめいたところで奴らはその行為をとめる事はない。そしてその行為の頻度を上げるだけだ。何もせずに金が手に入る。そんなことを知ったらカツアゲを辞められなくなるのも当然だろう。
「……はぁ」
疲れか、それとも呆れなのか。はたまたそのどちらも混ざったため息を吐くと、財布を鞄にしまい、また歩きだす。
坂を越えると、歩道と駅の間にはT字路によって阻まれており、横断歩道を渡らないといけない。
現に俺の目の前を相当なスピードを出して走る車が何台いるような道路だ。信号無視をして飛び出そうなんてことは頭の片隅にも生まれない。
すこしその場で待つと、信号が変わり、歩行者の番になった。周りにいる人の波はそれと同時に歩き出し、一直線に駅の入り口に向っていく。俺もその波に遅れまいと、歩幅を合わせて進んでいく。
『ぐうぅぅ』
可愛らしい音とは真反対の遠慮のない音がお腹を震わせて周囲に響く。
「早くバーガーを頬張りたい」
その切実な思いでもう一段階、歩く速度を上げる。
駅に入り直ぐ目に入るのは、バスターミナルや地下に続く階段、エスカレーター、そしてエレベーターだけで、特に買えるものや、涼しめるものもない。
涼しさと満腹を手に入れるためにエスカレーターに向う。
俺がエスカレーターに乗ると、幅がギリギリとなり、痕から乗ってきたおじさんやおばさんにしたうちを浴びせられている。
一番下まで着くとさっと左に避けた。すると後ろにいた人たちが走るように改札口に走っていった。
きっとこの時間は通勤ラッシュの時間帯に入っているのだろう。
エスカレーターから降りてくる人がいなくなるのをかくにんすると、俺も彼らの後ろに着いていく。
あたりには外とは全く違い、赤青黄色と、様々な色のライトが灯ったり、甘い匂いや辛い匂いなど、外の外見通り、賑やかな場所なった。
目指すのはバーガー屋のバーガーだ。名前のシンプルさや駅の近くに支店をおくことが多い事からすぐさま人気になったお店だ。
実は俺はバーガーをあまり食べた事がなく、初めて食べたときには感動すら覚えさせられたほどの美味さだ。
今は通勤ラッシュということもあってか、いつもは外まで溢れている列が影すらない。
匂いにつられるように歩いていくと、バーガーの中には人が少なく、俺を合わせて十人にも満たないほどで、メニューをじっくり見れるのではないかと、溢れる気持ちを煽るように馳せっていく。
カウンターの前に着くと、甘栗色をしたロングヘヤの白の制服の似合う女性に声をかけた。
「あ、あの」
「はい。ご注文はお決まりでしょうか」
「え、あ、ああ。まだ決まってません」
俺がそう言うと、レジの女性はコップ拭きの戻る。
それを確認すると、見上げた視線をメニュー表に戻し、所持金と照らし合わせてみる。
ビッグバーガー。ハンバーグと目玉焼き、ピクルスやレタスなどが何層も重ねられたものが入った基本的なバーガーや、シンプルにベーコンエッグバーガーというベーコンと目玉焼きを一緒に焼いたものをバンズで挟んだ値段の安いものだ。
どちらともおいしそうで悩んでしまう。最初はどちらも買おうと思ったが、ビックバーガーを買ってしまえば殆ど使い切ってしまい、飲み物が買えなくなってしまう。
悩んでいると、突然と声を掛けられた。
「もしかして大輝か?」
「え? どちら様ですか?」
大雑把、この一言に限る声が俺の名前を呼んだ。
俺の中学の知り合いだろうか。それとも同じ高校の人なのか。
そんな疑問を抱き、女性の顔を見てみる。
「あれ? もしかして茜?」
スタイル的に言うと、高身長のアサラーにも似ており、後付のように鋭くしたつり目が印象に残る。妙齢で、肌の色も若干焼けているという、健康的な美しさのある容姿だ。
俺の名前を呼んだ女性、茜は俺が大輝だと分かった瞬間、急に先ほどまでの接客の態度を買え、違和感のないさばさばしたよぷすになった。
「やっぱし大輝だったか。直ぐシフト終わるから適当に頼んで待っててくれよ!」
忙しそうに茜がレジ上で手を振るう。その度に柔らかそうな髪が左右に揺れ、後ろに置かれてあるコップに当たらないか心配になってしまう。
茜は今すぐにでもシフトを終わらせたいのか、レジのお金の部分を開き、俺が注文するのを待っている。
短くため息を吐くと、なれたように注文を口に出す。
「ビックバーガー四個、Lのコーラを二つ、ポテトのMを二つで、ビックバーガーを二つずつに分けて、その片方を持ち帰りようでお願い」
「おう、畏まり!」
忙しそうに手に持つ端末を操作すると、早口で聞こえないが後ろに大声で何か伝えた。
他人、ましてや女性相手ならば喋れないほど緊張してしまうのだが、見知った中ならば問題はなしだ。特に茜の場合はそれに最も当てはまるだろう。
そう。何てったって茜は『俺の彼女』なのだから。
茜は手早くレジのキーボードを操作すると、端末から吐き出されるように出てきたレシートと見合わせながら金額を入力していく。
「大輝のことだから今日もなんかクーポン持ってきたんだろ? なに使うんだ?」
財布のお札の場所から二十枚はあるだろうクーポンを漁り、バーガー店『バーガー』とかかれている一枚のクーポンを取り出した。
「コーラ全種類二つ無料、ポテト全種類無料、ビックバーガー二つ無料のってこれ100枚限定のじゃん! どーやって手に入れたんだ?」
その技を自分も使おうと考えているのだろう。
きっと傍から見ればそれは好ましくないものなのだろうが、それが彼女の美点で可愛らしいところだ。
そんな茜の顔を絶望に変えるのがいつなのか、楽しくて口端が上がってしまいそうだ。
それを無理やりに抑えると、違和感のないように、出来るだけ自然に話す。
「いろんな店舗を回ると、スタンプがもらえて、ある一定数集めるとこれと交換してくれるんだよ」
「え!? ほんとにか! 私そんなの知らなかった……。だが、まだ手に入るはずだ!」
一度折れかかった思いを、一人で立ちなおした茜。だがその顔には多少の不安が残っており、俺に絶好のチャンスだと神様がいっているようだ。
今まで必死に堪えていた口端を自由にすると、愉悦に浸った声で呟いた。
「でも、もうそれ。一個も残ってないよ」
「…うそ……でしょ?」
みるみるうちに顔が驚愕と悲嘆に染まっている。
そんな茜に、俺はトドメを刺す。
「本当さ。じゃなきゃ今頃、いろんな人がバーガーに溢れているに決まっているだろ」
「そんなぁ……」
すると茜が点に召されたように鋭さを象徴する目を閉じ、空を、いや、上を見上げた。
ポロりと茜の目尻から滴がこぼれたが、嘘泣きの上位互換だ。
「また何かクーポンが出たら一緒に行こうな」
そう言うと、俺はカウンターの端に寄せられている匂いの漂う茶茶色の紙袋と、ビックバーガーなどが乗っているトレーと取り、奥に広がる食事スペースに向った。
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