第2話
――ミーンミンミンミン。
「……暑い」
夜のうちに暑くなるからと開けておいた窓から奏でなれる蝉の鳴き声が余計に体感の温度を上げてくる。
「また、あの夢、か……」
あの夢、というのは、小学校での出来事の詰め合わせだ。毎回毎回が同じものではなく、毎日のようにころころと変わっていく、タイムマシンのようだ。
いつの間にか自分自身で記憶を改ざんしていなければ、夢に出てくるもの全て付け足されたようなものはなく、正夢のようなもので違和感がなく、実際に起こったものなので、もしかしてタイムリープしてきたんじゃないのかな、と中二的発想に陥らせるため、たちが悪い。
冷やさないようにとお腹だけに掛けておいた毛布を退かすと、十分に肥えた脂肪の山が現れた。
「……はぁ」
寝て覚めたら自分にとって都合のよい世界になっていたり、若しく自分が変わっていたりなど、ラノベのような展開が現実で起きないことに軽く絶望してしまう。
頭の上にあるテーブルに手を伸ばし、置いてあるカレンダーを手に取る。
見るのは赤ペンでマークを書かれている日にちだ。
「……24日」
その数字は、俺の学校が始まる日にちを表している数字だ。
今は夏休みだ。学生にしか与えられい超大型連休だ。その日数は、多い学校では二ヶ月を肥えるところがあったりなど、最低でも一ヶ月を跨ぐ大型の連休だ。
そして夏休みにしか出来ない夏休みらしいことをするための学生の連休だ。例えばプールや海、友達とでのバーベキューや山登りなど、様々なものがある。だが俺はそれらをやることなく、家でアニメや宿題、ゲームなどで消化していた。
「いや。まだ登校日だと決まったわけじゃない」
そうだそうだと頷きながら、カレンダーと同じテーブルに置いてあった目覚まし時計をとり、目の前に運ぶ。
「……24日だ」
二、三度瞬きをして目を覚まさせてからじっくりと数字を睨むが、変わることのない8月24日だ。
「友達と……夏コミに行ったから、学生の義務は果たした、かな?」
友達と、それも同学年とどこかに遊びに行くなど、恥ずかしいから無理と断られてしまう。何故、デブと一緒に歩くことが恥ずかしいのか、それは解らない。注目を浴びるからだろうか。ならば美人やイケメンだって同じじゃないか。
だがそんな理不尽、とっくに知り尽くしている。いまさら何かを言うなんて気にはならない。それに妹にも嫌われている身だ。愛してくれる人が居るだけでそれでいい。
「っあ」
思い出したように声を漏らした。
そうだよ。俺には思い出が二つもあったじゃないか。
「題名。彼女といった夏祭り。彼女といった花火大会」
俺の彼女、関城茜と行って遊んだ思い出だ。結局は荷物持ちが殆どで、俺は茜の隣に立っていただけだ。
だが未だに解らない。中学になってから若干の疎遠になり、話しかければ暴力を振るってきて、でも人の居ないところでは優しくしてくれる。そんな茜が中二の頃、何故か告白をしてきたのだ。それは嬉しかった。当時、いや、今も昔もその昔も、俺はずっと茜のことを見て、茜に惚れ続けた。それが報われた。そんなものだ。だが何故茜が俺に告白してきたのかがわからない。自分で言うのも恥ずかしいが、俺のことが好きなのは解る。でも何故俺のことを好きなったのかがわからない。
『だ、だからあんたさえよければ貰われてあげるって言ってんのよ! 頭いいんだからそれぐらい察してよ!』
茜に告白をしてきたときのこと思い出したら頬が緩んでくる。
この顔を人前でやればきっと迷惑になるだろう。だが今は咎める者も居なければ、止める者すらいない。
「……小学生の時と変わったんだな」
先ほど夢の中で登場した茜を見たせいで余計に意識をしてしまう。
昔の茜はイタズラっ子なだけで、それ以外は優しかったが、今では優しさが可愛さに変わり、イタズラが暴力に変わった。夏祭りだって抱きつこうとしたら殴られたし、花火大会では手をつなごうとしたら関節技されたし。
でも……。
「でもそれがあいつなりの愛情表現だしな。男ならドンと構えるってな! まあ甘えももう少し増やして欲しいけどね」
偶に見せる赤面や驚いた顔とか見て昇天したい。
一度茜が風を引いたとき、弱っていたのか解らないけど、帰り際に俺の服の裾を掴んで弱弱しく「帰ら、ないで……」と言われた時は鼻血を押さえるのに必死で帰れなかったよ。
「あー! 思い出しただけでも萌え死ぬッ!」
退けたばかりの毛布を抱き枕のように抱き寄せて悶絶する。
あまり気にしてはいないが、自分の汗の臭いの付いた毛布が鼻の近くにあると、汗の臭いでげんなりしてしまう。
そこで、さらに追い討ちを掛けるように、下から大声が流れてきた。
「たいー! 起きたんなら早く降りてきなさい!」
母さんの声だ。
昨日などの休みは必ずといってもいい程起きてはいない母さんの声がするせいで、今日が登校日ということがいやでも押し付けられるように教えられる気分だ。
「ああ! わかってるよ!」
ベットに腰かけ、面倒くさそうに髪を掻き上げるようにうなじ掻く。
特に意味の無い動作なのだが、毎朝しないと違和感のような蟠りが残ってしまう。
「……んしょっと」
深く下がったマットレスから腰を浮かし、重そうな動作のまま扉の前に立つ。
「……今日はなんだろうな」
胸に久しぶりの母さんのご飯の期待を密かに胸に垂らしながら部屋を出た。
階段は踏み台の部分がすこし出っ張っているもので、生まれてこの方この家に住んでいるのだが、太っているが故なのか、毎度降りるときは体を横にしないと転んでしまいそうで未だになれない。
そんな階段を慎重にゆっくりと降りて行き、一階まで着いた。
「……何よバカ兄」
声をかけてきたのは、俺の妹、
優は不機嫌そうに背中まで掛かった髪を揺らし、強い口調で放ってくる。
「別に……あとおはよ」
優の口調が強いのは、変わって強くなったものだが、それが思春期の時期真っ只中の丁度二年前だ。慣れてしまったことに言う事もなければ、気にすることもない。
「……おはよ」
優はそう言うと俺から視線をずらし、食パンを齧る。
ザクザクという焼けた食パン特有の音が立ち、優に向けていた意識が戻る。
「えーっと。俺の朝飯はー」
適当にテーブルの上に視線を泳がせると、今優の目の前にあるご飯と似ているセットで、黄金色の焼き色が付いた食パンに目玉焼きにウインナー、そしてコーヒーなどが置かれてあった。その場所は優の隣で、夏休み前の指定席でもある場所だ。
「自分で作らずに出てくる飯ほど美味そうな飯はないな」
自分が作れば、それは目玉焼きではなく、白身のあるスクランブルエッグとなってしまったり、ウインナーも皮が破けてしまったり、一箇所だけが丸こげだったりなど、とにかく下手なものになってしまう。
優にぶつかって余計に不機嫌になせないために、すこし距離を開けた場所に椅子を引き出し、座る。
「んじゃ、いただきます!」
手を合わせてそう言うと、母ちゃんは満足なのか、キャベツを刻む音がリズミカルになった。
適当にテーブルの食器の上に乗っかっている食べ物を口の中に流し込むと、幾度か咬むと、そのまま流し込み、またそれを繰り返す。自分でも汚い食べ方だとは思っているが、何故かこうしないと本当のおいしいにはならない。
「……」
何故か俺の食事風景を優がジーっと自分の食事すら忘れて眺めてくる。
箸で掴んでいるウインナーが反転して皿に落ちるが気づかずにこちらを見続けてくる。
俺はあまり視線に敏感なほうではないが、直ぐ横で見られればいやでも気になってしまう。
「どうしたんだよ。あとウインナー落としてるぞ」
「え? ……あっホントだ」
素に戻っているぞとは言わない。
慌てるようにさらに落ちたウインナーを箸で刺して口に運ぶ。
俺の妹は可愛い。もしも彼女が居なければ近親相姦を起こしていたまである。俺と同じ髪色だが、それは上位互換のように艶があり、きれいでさらさらな髪だ。そのほかにも化粧をしなくてもしみなどが一切とないきれいで整っており、不健康すら窺えるような白肌で、ちょっとでも赤くなると解ってしまう。スタイルも肌色に比例しているのか、こちらも不健康そうなまでで、きっと女性から見れば嫉妬をするようなプロモーションなのだろう。
当然のように優は異性にモテ、中学二年生というのに、一年や三年、はたまた高校生からも告白をされる事がある。だが一向に優には男の気配がなく、前に聞いてみれば『私、好きな人居るから』といって断っているらしく、稀に俺に『優の好きな人は誰だ!』と聞いてくるものが居る。まあ俺にもわからないが。
考えごとに集中しながらも食事を進めていたお陰か、はたまたそのせいなのか、既に皿からは殆どの食い物がなくなっており、残るはコーヒーと一枚の食パンだけになってしまった。
「……あーん」
横からなだれ込むように優がこちらに倒れこみ、俺の手に持つ貴重な食料を半分齧り取っていった。
「ちょ! お前!」
さすがに自分の食べるものを取られては怒るしか出来ない。
声を荒げて優に言うが、暴力を振るってこない事が分かっているのか、こちらに笑顔を向け、無一度大きく口を開いて食べてしまった。
「あ……あぁ」
大事なパンを半分も失った事に対する損失感で情けない声が出てしまう。
そんなな避けない声を聞いた優が怒ったようにため息をつくと、俺の肩を叩いてくる。
「バカ兄は痩せなきゃ駄目なんだから、こんな美少女に謙譲できることを嬉しく思いなさいよ。一石二鳥でしょ?」
当然といった顔で暴論を吐いてくる。言葉だけを聴けば正直今すぐにもその顔を握りつぶしたくなるが、何故か心に来るものがあり、それを止めざるおえない。
どうすればいいか分からない感情が生まれてしまい、それを今ここで爆発させては不味いと、中途半端に残っているパンを口に入れ、コーヒーで流し込むと、少し力強くにテーブルに置き、すばやくその場から逃げた。
立ったときの反動で椅子が後ろに倒れ締まったが、誰の苦痛の悲鳴を聞こえていなかったため、そのまま無視し自室にいくために階段を駆け上がった。
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