デブの俺と不良な彼女
朝田アーサー
第1話 *夢です
俺は今、食糧難にたたされている。
目の前にあるパンを取らなければ、きっと俺はゴゴの授業を乗り越えられずに、惰眠をむさぼるだけになるだろう。
だが、それを強制するように、求めるパンの万人の如く俺の目の前に立ちはだかる者に邪魔をされている。
「あのー、先生?」
「なんだ? クソ根」
暴言を注意する側の立場にいる人間の先生が、暴言を吐いていいはずがない。
「失敬な!」
そう。俺の名前はクソ根なんてものではなく、元根だ。正確には元根大輝、小学四年生のデブだ。
「俺は残されたパンたちを救済しに来たのだ。邪魔はしないでいただきたい」
俺がそう言うと、先生は手で頭を抱え、呆れたように振り向いて配膳台に残っているパンなどに目を向けることなく、近くに立てかけてあった銀色の板で蓋をした。
「あっ、先生何をッ!?」
俺の大声で振り向いた先生の顔には、『愉快』を覚えさせ、『絶望』を押し付ける顔をしていた。
だがこんなところで引き下がるわけには行かない。
怖くて歪みそうになる顔を気合で留め、先生と対面をする。
そして反逆とも言わんばかりに冷や汗の垂れる顔にぎこちない笑みを浮かべながら口を開く。
「先生。自分が35歳で残された側の人間だからってことで同属嫌悪ですか? 醜いですよ?」
そう言いきった瞬間、俺の前で何かが歪んだ。
――ぶおん!
風を切る重い音と共に突き出された拳は顔の横すれすれを通り、俺ののどを恐怖で塞がせた。
「どうした? 同い年の女の子たちに気持ち悪いって言われて二日も寝込んだ豚はどこのどいつだったかな」
「ぐっ!? 今ここでそれを出すのか!? また寝込むぞ!」
本来、教師とは不登校をなくし更生をさせ、集団行動のいろはを覚えさせ、勉強をするという知識を頭に入れ、記憶するという機能やを本能に編みこませる手助けをする役職だ。その人間に不登校になるぞと脅せば多少なりとたじろいだりすることだろう。
だが目の前に佇む
背筋にひどい不快と悪寒を走らせ、本能を刺激させるた。
今すぐにでも引いてしまいたい。
腹が減ったぐらいでは人間死なないからもういいだろう。
意志の弱さに恐怖が詰め寄り、思考に不純な保身を取り入れてくる。
いくらそれを認めまいとしても、恐怖だけがただ残り、思考をかき乱していく。
そして。
恐怖が極限まで高まったとき、吹っ切れたように安心が溢れ、案が浮かんだ。
ー―俺が駄目なら先生よりも上の立場に任せればいいんだ。
人に言えば愚作だと罵られるだろうが、今は一人だ。うらんでくる人物は一人しかいない。
今度は勝利を確信した余裕な笑みを浮かべながら、口を開いた。
「せんせー。外で教頭先生がこっちすごい見てるよー」
廊下の方に指を指しながら先生に聞こえるくらいに言う。
効果は抜群だったらしく、先程まで睨みつけるように向けていた視線がうその様に和らぎ、廊下に向い駆けていく。
「教頭先生! ちょっとお時間をぉー!」
先生が俺に意識を向けていないことを確認すると、ゆっくりと歩き出す。
「待っててねーパンちゃん。今行くからねー」
ゆっくりと手を伸ばし蓋に手をやると、持ち上がらないことは分かっているので、ゆっくりと横にずらす。
「……よかった。まだある」
穴の様に出来た隙間からは顔を出したのは、出来立ての様に艶の色合いはないが、見た目だけでも分かるように食欲をさそう小金色をしたコッペパンが姿を見せた。
既に20cmのコッペパンを二つ食べているのだが、これを見た途端に、中腹までいった腹が、一気に空腹まで下がってしまった。
度々に先生が教頭先生がいないことが分かり怒って戻ってこないかを確認しながら、パン二つを左右のズボンのポケットに突っ込む。
「牛乳は……持ってけばいいか」
ポケットに入らない牛乳に戸惑うが、どうせ直ぐに飲むのだと、そのまま掴むことにした。
一応と、隅に残されているものはないかと顔をもぐらせて確認するが、もう箱に残されたものはない。
「
ろくに汗もかいていないが、額を拭う動作をする。そのときに見えた手の平は赤かったが、今は食欲が全てを支配し、気にする暇も無かった。
今はただ、手に入れた物資を体内に入れるため、腹の周りに肥えた志望を揺らしながら、自らの座る席に歩き始めた。
*
席につくと、先ほどまで食べていた料理の入っていた食器を整理する。白米やスープの入った底の深いお椀同士で重ね、その下にキャベツとししゃも、そしてポテトサラダの入ったお皿をお盆の上に全て重ね、端に寄せた。
きれいになった机に、先ほど取ってきたパンを並べ、牛乳にストローをさす。
「……ん?」
不意に窓の方が気になり、視線を向ける。
窓の奥には校庭が映っており、そこにはクラスメイトと思う男子や女子が楽しそうにサッカーや鬼ごっこをしていた。
その光景に、俺は呆れたようにため息を漏らす。
「何で体を疲れさせて笑顔なんだよ。Mなんですかねぇ」
愚痴を溢してしまう。
50m走は13秒、1kmの持久走も約15分の運動音痴な俺だ。憧れとは程遠い、嫉妬を抱いてしまうのもは無理もないだろう。
「きっと俺も運動は出来るさ。この腹さえなければ」
そっと腹をさする。
だが本当に痩せる事が出来たのならば、俺は周りの皆と一緒にサッカーをしたり、鬼ごっこをしたりと遊べるのだろう。
だが俺にはその痩せる気は毛頭ない。
「結論。まぁ俺にはどうでもいいということだ」
そっと、手に持つ牛乳のストローを口に運ぶ。
すると突然、誰かの手がそれを阻止するように俺の牛乳を握っていた。
――先生かッ!? いや、だがこんなにも早く復帰した事は無いはずだ!
焦る気持ちを隠しながら、後ろを振り向く。
そこに居たのは。
「……なんだ、茜か」
「なんだとはなによ、あ、これ貰うね」
不機嫌そうな顔のまま、俺の手から二機取った牛乳のストロを噛んだ。
チューチューという飲む音と共に、ストローはだんだんと白にお染まっていき、次第に茜の顔を明るくなっていく。
俺はただそれを見ているだけなのだが、この女、
「別にいいよ。それに、どうせなに行っても返してくれないんでしょ?」
「んー? いそうでもない、かもよ。ふふっ」
妖艶な笑みを浮かべなが関城はストローを噛み、イタズラっ子のような顔をした。
「……何を、すればいいの?」
「うーんとね。それはね……」
もったいぶる関城。その顔には恥じらいがあるのか、ほんのりと頬を高揚させ、口を開いたり閉じたりと、言葉を迷っている。
「そ、れはね……」
「うん。それは?」
普段は見せない一面で、思わず弄ってしまう。
いつもならばこんなように弄ったりしたら怒って殴りかかってきたりするはずなのだが、それどころではないのか全くと反応しない。
視線を逸らしながらも、恥ずかしそうに口を開いた。
「間接キス……出来るんならあげるッ!」
「っうわ!」
牛乳を持った手を俺の目の前に突き出してきた。
関城が先ほどまで咬んでいたストローの端に噛み痕があり、口に入れたいと、含んでみたいと思ってしまう。
「……」
同じように咬んでみたい、そう思ってしまうが、理解が出来ない。
言い方を変えるのならば、理解が追いつかない、だろう。きっと時間を掛ければ理解が可能なのだろうが、瞬間的にはそれが出来ない。
すばやく二、三度瞬きをすると、頭の中での整理がつき、口元が緩み、それと同時にその好意を望んでいる自分が恥ずかしくなり、顔を赤く染め上げる。
「ななな、なに言ってんだよ!? 冗談ならなくぞ関城」
そうだ。きっとこれはバツゲームなのだろう。俺が牛乳を手に取り、口に入れた途端、他の男女が教室の中に入ってきて笑い者にしてくるのだろう。
だがその考えとは反対に、関城の頬はもの凄いペースで顔を赤くしていく。
「冗談じゃ、ない……よ?」
関城は恥ずかしそうに顔を逸らすが、俺の反応が気になるのか、目だけを動かしてこちらの様子を窺ってくる。
「え、えへへ……」
嬉しそうに声を漏らしながら、こちらを濡れた瞳で見つめてくる。
――これは俺にとって好機じゃないのか?
きっとこの機会を逃せばこれから先の人生、女の子との間接キスどころか、仲良くもなることすら出来ないだろう。
だが関城は俺の数少ない、一人しか居ないと言っても過言ではないほど少ない女の子の友達だ。そんな友達を俺の個人の欲情だけで貶したくはない。
俺は……俺はどうすればいいんだろうか。
自分の気持ちを優先し、関城の唇を間接的に奪うか、それとも女の子である関城とこれかも仲良くするために牛乳を受け取らないか。
増幅する緊張と、見え隠れする欲望が思考を邪魔し余計にかき回し脳内を困難させる。
でも、答えは既に出ている。矛盾だらけなだけで。
『間接キスは、したいけど、したくない』
この決断しだいで俺の未来が変わってしまうかもしれない。いや、既にもう代わって言っているのかもしれない。
早く答えない蹴れば呆れられたりしてしまうだろう。
この重いが俺の判断を鈍らせ、答えを出させた。
「俺は……俺は! お、おお、お前、と……」
言葉をつむごうとした途端、だんだんと先ほどまであった緊張などが消えていき、視界が曇っていく。そして瞼が熱く、眩しくなっていく。
そして――。
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