それからちひろは、一週間ほどかけて改めてゆっくりと単行本と文庫本両方の『ヒッチハイク・ランデブー』を読み返し、そのたびにボロボロ泣くこととなった。

 十年ほど前の作品だが、やはり作品全体からは色褪せることのない感情の起伏や機微、二人の主人公の息遣いや生々しさが、まるで真空パックの封を切った瞬間のように新鮮味を帯びて溢れ出し、続けて同じものを読んでも、それは一つも変わらなかった。

 十年前といえば、ちひろは中学三年生の頃だ。中三で生々しい性描写が含まれている本を読むのは(中盤でそんなシーンがあって、当時ちひろは一人でものすごく勝手に気まずかった)、今になって考えれば、どれだけ背伸びをしていたんだろうと思う。

 けれど、櫻田も言っていた通り、どうしてもボロボロいてしまうのだ。あのシーンがあったからこそ、終盤でボロ泣きすると言っても過言ではないかもしれない。

 当時のちひろも、十四歳か十五歳そこそこの幼い経験値でありながら、同じように字が追えないほどボロボロ泣いた。その後二人は再び巡り合うことは叶うのだろうか、お互いを想い続けながらも別々の人生を歩んでいくのだろうかと、ラストシーンの美しさに〝このラスト以外はあり得ない〟と思いながらも、二人の幸せな未来にしばらくの間、思いを馳せたことも、再読したことでより鮮明に思い出したりもした。

 でも――。

「新しいものなんて、あるのかな……」

 文庫本には大抵、書評家や作家、タレントなどの解説が付くので、それもしっかり読んでからぱたりと文庫本を閉じたちひろは、本を胸に抱いてアパートの自室で仰向けに布団に寝転びながら、ぽつりと独り言を漏らした。ちひろの目からは、続けて同じものを読んで同じところで泣いた余韻の涙が、音もなくツーとこめかみに向かって垂れていく。

 単行本として発売されたものが文庫本になるのは、だいたい二~三年後になる。中には文庫本で発売されたものが新装版として単行本に生まれ変わったりするという例外もあるけれど、ほとんどの単行本が二~三年後に文庫本になると思っていいと思う。

 単行本は高価だから、その間は図書館などで本を借りて読みつつ、好きな作家のもの、気に入った作品が文庫になるのを待って購入する人もいる。解説を誰が書くのか、どういう書き出しをするのかを読みたいがために、文庫本になるのを待っている人もきっと多いだろう。その際カバーや帯が新装されたりもして、今の出版業界の傾向だと、カバーはイラストになることも多く、〝ジャケ買い〟なんて言葉もよく耳にする。

 装丁やカバーデザインのことはわからないが、ちひろも何度か単行本の文庫化の校閲をしたことがあるので、フォーマットそのものの違いによって多少文章が変わったり修正が加えられることは十分に承知している。ただ、美崎糸子がちひろに期待しているのは、そういう単行本と文庫本のフォーマットの違いから浮かび上がってくる文字についてのものなのだろうか、と疑問が浮かぶ。だってどちらも校閲は完璧だ。美崎糸子の文章だってもちろん完璧。何度読んでもおかしな点なんてなかったし、どちらもすでに完成形だ。

 それなのに、十年も経っている作品から新しいものが見つかるのだろうか。

 寝返りを打ち、枕の近くに置いてあった単行本の『ヒッチハイク・ランデブー』を手に取る。文庫本のカバーと同じく、綺麗な海の写真のカバーだ。

 当たり前だが、文庫本とは違ってハードカバーのそれは手に持つだけでずしりとした重みがあって、文庫本の重みに慣れていたちひろの手首は、一瞬、その重みに耐えかねてカクンと反り返った。おっと、と内心で少しばかり焦りながら、

「でも幸いなのは、見つからなかったらそれで構わない、ってことだよね」

 そう呟き、慰めるように自分に言い聞かせる。

 あのとき美崎糸子は、構わないわと言った。その言葉に甘えて早々にギブアップするつもりもないけれど、少しプレッシャーが軽くなるというか、肩の荷が下りる。

 それになんとなく、必ず見つけなければいけないということもないような気もする。それならそれでいい――あの一瞬の切なげな顔は、そう言っているようにも見えたのだ。

 相当暇なのだろう、櫻田はあれから毎日「何かわかりそうか?」「見つけられそうか?」と校閲部に顔を出しては、しつこいくらいに、ちひろに尋ねてくるけれど。

 だったら仕事をしなさいよ。

 ちひろは当たり前の文句を思い、その日は夜遅かったこともあってすぐに目を閉じた。


 *


 それからさらに一週間ほどが経っても、ちひろは美崎糸子が何を思い、あるいはちひろに何を期待してあんなことを言ったのか、まったくわからないままだった。相変わらず櫻田は毎日校閲部に顔を出してうざったいし、なかなか解けない謎も相まって、ちひろはあまり気分がよくない。それに考え事をする時間も増えたので、けっこう寝不足だ。

「ちひろちゃん、そろそろわかりそう?」

「だから! そんなに毎日来られても困ります! 簡単にわかったら苦労はないです!」

「おぉぅ……」

 そんなときに、何を思ったのか櫻田にランチに連れ出され、かと思えば開口一番そんなことを言われたちひろは、ここが店の中だということも忘れてつい声を荒げた。櫻田が恐れおののいたように身を引き、気まずそうな顔でヘラリと笑う。

「ま、まあ、ここは俺の奢りだから。たまには外でランチもいいでしょ?」

「当たり前です。土砂降りじゃなければ、なおよかったですけど」

「……重ね重ねごめん……」

 本当になんで私はこんな男にわざわざ付き合っているんだろう。

 いまだ廻進堂の和菓子が献上される様子がないことにもイライラしながら、ちひろは向かいの席で小さくなる櫻田をキッと睨みつつ、美味しいと評判らしい会社近くのベーグル専門店内の席にて、ハニー&ブルーベリーのベーグルに思いっきりかぶりつく。

 噛み応えのあるそれは、生地に練り込まれているハチミツとブルーベリーが程よい甘さと酸味を存分に引き立てており、確かに美味しかった。けれど、櫻田と向かい合って食べるには少々お洒落すぎるランチなのも確かだ。さらには、さっき言ったように、なぜ土砂降りの雨の中をわざわざ食べに来なければならなかったのだろうとも思う。

 少し歩いただけなのに、靴の中も髪も背中や肩ももうびしょ濡れで寒い。今日は傘なんてまるで役に立たない大雨なのだ。これで風邪なんか引いたら、恨んでも恨みきれない。

「でもさ、ちひろちゃん。先生の『ヒッチハイク・ランデブー』の中にも、土砂降りの雨の中を二人でベーグルを食べに行くシーンがあったでしょ? 本のシーンを真似て同じことをしてみたら、ちょっと違った角度から見られるかもしれないじゃない。これが何かのヒントになるんだとしたら、けっこうな儲けものだと思うんだよね」

 と、櫻田がぱっと顔を上げ、またヘラリと笑った。

 ……確かに。あの本の中にはこんなシーンもあった。そろそろ所持金も少なくなって旅の終わりが見えてきた頃、突然の雨に降られた主人公の二人がとっさに入ったのが、どこかの港町にぽつんと店を構えるベーカリーだった。腹持ちがいいからと二人で一つのベーグルを分け合って食べていた。一番安い、プレーンベーグルだった。

 あのシーンに憧れて、十四~五歳のちひろもベーグルを売っている店はないかと近所を探してみたことがあった。ただ、ちひろの生まれ育ったところは田舎のほうなので、そんなお洒落な食べ物は探しても見つからなかった。それもあって、ベーグルは今でも憧れの一つだ。また、それが逆に旅の終わりが迫った二人のシーンにいい味を出している。

「……まあ、言いたいことは、なんとなくわかりますけど」

「でしょ?」

「癪ですけど、一応」

「んふふ」

 気持ち安心したようにチーズ&ベーコンのベーグルにかぶりつく櫻田を眺めながら、なんだか上手く丸め込まれた気もするが櫻田の言うことにも一理ある、とちひろは思う。

 作家は作品を書くために取材をすることもある。クラシック音楽を題材とした作品を書くならそのジャンルを、スポーツ小説を書くなら野球だったり陸上だったりバレーボールだったりの競技を取材し、それをもとに小説を書き上げる。その際、謝辞として本の巻末に取材に応じてくれた人の名前や肩書き、団体名などが載る。ちひろはそれに目を通すのも好きだ。作者のコメントが寄せられていたりすると、作品以外でその作家の人となりを少しだけ垣間見れるような気がして、なんとなく作家を近くに感じられるからだ。

 もし『ヒッチハイク・ランデブー』もそうやって書かれたものなら、ベーグルを食べることで何かしら美崎糸子の意図を汲み取ることが叶うかもしれない。でも同時に、作中の出来事を追体験したからって、そう簡単に何かわかるものなのだろうか、とも思う。

 作品の女性主人公――結子ゆうこは、実際の美崎糸子の性格とは大きくかけ離れた大人しく大らかな女性だ。対して「早く雨上がらないかなぁ……」と何度もぼやく男性主人公――真紘まひろのほうが、どちらかというと美崎糸子に似て少しせっかちな印象を受ける。二十九歳と十八歳という年齢差や、必ずしも作者の性格と似通った主人公になったりはしない、ということを考えても、一理はあるものの、やはり決定打には弱いような気もする。

 まさか美崎糸子の実体験に基づいた作品というわけでもあるまいし。

 だって、あの当時の美崎糸子は、何本もの連載を抱える超売れっ子作家だった。

 いや、だった、という言い方は語弊があるけれど、寝る時間さえ惜しいくらいに作品作りに費やす時間がほしかったはずなのは、作品の刊行ペースから簡単に想像できる。

 そんな人がどうやって行く当てもないヒッチハイクの旅ができたのだろう。以前の体験を骨組みにして書いたとも考えられるが、彼女の経歴からそれは難しいだろうとも思う。

 美崎糸子は、広告代理店に勤めながら書き上げた作品を小説賞に応募していたという経歴を持っている。念願の作家デビューを果たしてからも、しばらくは兼業作家として活動していて、忙しくなりはじめたのが、ちょうど三十歳間近の頃だった。

 もちろん『ヒッチハイク・ランデブー』がその当時の美崎糸子の願望の現れだったと取ることはできる。けれどそれなら、彼女がわざわざちひろを試す意味がわからない。

 その後、美崎糸子は、徐々に仕事をセーブしたのか、本の刊行ペースは緩やかになり、ここ数年は文芸誌に短編を発表するのが主だ。まさかそれがスランプによるものだとは考えもしなかったけれど、言われてみれば確かに『ヒッチハイク・ランデブー』の頃が彼女の最盛期だったと辛口の書評家たちからコラムに書かれるのもわかる気がする。

 ――とにかく、ちゃんと考えなければいけない。

 美崎糸子が何を思って、ちひろにあんなことを言ったのか。彼女のほんの一瞬の切なげな表情とともに、その意図する思いの真実を、ちひろなりにしっかりと。

「……ちひろちゃん?」

「……、……」

「おーい、ちひろちゃーん?」

「あ、はい。何でしょう」

 はっと我に返ると、櫻田がヘラリと笑って「早く食べないと昼休み終わるよ」と、ちひろの手の中にまだ存分な大きさで残っているベーグルを指した。見ると櫻田のベーグルはもう皿から消えている。どうやらけっこう長い間、考えに耽っていたらしい。

「……あの、変なことをお聞きしますけど、編集さんは、あの作品の主人公と実際の美崎先生とのギャップというか、性格の違いをどう思われていますか?」

「え?」

「作家の性格がそのまま小説のキャラクターに反映されるわけではないことは、私だってわかっています。けど、美崎先生、なんとなくご無理をされているんじゃないかという気も、なかなか拭えなくて……。先生のお書きになる文章は、とても落ち着いていて情緒豊かです。もし仮に先生があのせっかちなキャラクターを演じているのだとしたら、どういう理由でそうしているのか、気になるんです。言い方は悪いですけど、カップ麺を三分待つのもつらい人が家の近くに飲食店もスーパーもない土地にお住みになるには、自然の豊かさや壮大さを感じるより、不便さを感じることのほうが多いと思いませんか?」

 ちひろは、展望台での彼女の顔を思い出しながら、ベーグルを持ったまま尋ねた。

 そこでの美崎糸子は、家にいるときと違って口調もゆったりしていて、せっかちという印象は受けなかった。確かに車を降りるなり一人で展望台へ向かっていったときは、こういうところもせっかちなんだなと思った。けれど、海を眺めているときの彼女は何かを喋るわけでもなく、あのあとしばらく、ただじっと水平線を見ていただけだった。

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