第14章 Snow World-2

 カラーの扉の外で、元は床に座り込み、膝に顔を埋めていた。フェルディナンドが声を掛けても、顔を上げようとはしない。

「……迷惑かけてすまねぇな」

 余程、皆の言葉が身に染みたのか、小さくボソリと言葉を落とす。

「カラーの親父の言うとおり、確かに戦いっぱだったもんな。俺、魔力のこと、考えなしで」

 傷は魔法で回復するが、魔力は休まなければ回復出来ない。しかし戦いに明け暮れていなければ、溢れ出す想いに居たたまれなくなってしまうのだ。二人は何かに憑かれるかのように、狩りに赴く。

「いいえ、私は大丈夫ですよ。さぁ、元殿参りましょう」

 小さく項垂れる肩に手を添えてそっと促す。そうして二人は未だ癒えぬ身体と、そして行き場のない焦燥感を持て余し、先の見えない狩りを達成することで何とか自身を保っていられた。

 そう、二年前のあの日からずっと、今でも覚めない夢を見ているような、そんな感覚をぬぐい去ることが出来ずにいるのだ。


「もう一狩り行けるか?」

 一際頑丈に作られた檻の前に立ち、元はギヴソンに向かって声を掛ける。深紅の瞳は物言いげに見つめていたが、直ぐに腰を上げて鉄格子の扉に歩み出る。何処からともなくタロが駆け寄ってきて、フェルディナンドの肩に乗った。

「外は吹雪だ。凍えるぞ」

 そんな苦言を言ってみても、寒さは平気と言わんばかりに、タロは肩から降りようとしない。外見の可愛さとは想像も出来ない位、タロは強情で己を曲げない。雪を打ち付ける風の音に、それでも観念してフェルディナンドはタロを懐に入れた。


 閉ざされた門の前に立ち、警衛が開け放つのを今かと待つ。元はカラーの親父が放った「二年」その単語を何度も脳裏で繰り返していた。もう二年なのか、まだ二年なのか、この年数が長いのか短いのか、今の元では到底判断が出来ない。

「一気に抜けろ」

 発せられた声に意識が現実に引き戻されると、雪の大地を蹴り上げ、元達は外界に向かって飛び出す。次に振り返った時には、既に門は固く閉ざされていた。それもその筈で、エンダが常駐しているとはいえ、獣に侵略されたら最後、何処にも行き場のない閉ざされた世界だ。再度眼の世界に視線を向けると、何メートル先の景色さえ、吹雪で覆い隠されている。

「……行こう」

 元はゴーグルを装着すると、ギヴソンの身体に手を添える。通常、吹雪の中の移動は土地勘が知れた者達でさえ、極力避けるものなのだが、どんな悪条件であっても……いや、敢えてそんな日を狙って二人は狩りに出た。


 強くなりたい。


 あの日、涙で濡れた頬を拭いもせず、元とフェルディナンドは互いに強く誓った。


 様々な条件下で狩りを経験すれば、否応がなしに強くなる。回復が間に合わず痛みに身体中が軋みに悲鳴を上げようとも、魔力が枯渇して細胞から絞りだされ、いつ意識が闇に堕ちそうになろうとも、二人は「強くなる」それだけを羨望して狩りに出た。


 未だ止まない吹雪の中、この先に居るであろう獣に向かって足を進める。たった二人の狩りの成功率の高さには、ギヴソンの強脚と、耳の良さも一役かった。

 どれだけ歩いただろうか。重く立ちこめる空は久しく太陽の光を遮り、経過する時間を曖昧にしてしまう。黒々とした身体を雪でほんのり白くしながら、ギヴソンがピクリと筋肉を強ばらした。

「居たか」

 元がゴーグルをグィと引き上げると、感覚を研ぎ澄ませる。

「この先には小さな集落があった筈ですが……進化(レボリューション)を遂げた獣かもしれませんね」

 フェルディナンドの言葉に、元は一度頷きを返す。獣の進化はどの土地よりも著しく、目を見張るものがある。しかもその進化が、何故か民を襲うことで比較的容易に遂げられてしまうのだ。そのため、この世界に出現したのと同時に狩るのが一番成功率が高い。しかし狩りに不向きなこの土地では、どうしても思うように狩りが出来ず、後手に回ることも多々あった。

「……間に合わなかったな……」

 とはいえ、元の思考を支配する想いは、決して民への懺悔でも、獣への憤りでも、また嘗てエンダであった獣への哀れみでもない。

『どんな状況でも関係ない。狩るんだ。少しでも多く……』

 そんな想いに駆られる元の姿を一度深紅の瞳に映し、ギヴソンは獣の気配に脚を踏み出す。


 対峙した獣の姿は、異形と呼ばれる類のものだった。定まった形態を持たず、地面に這い、至る部位からアメーバー状の塊を飛ばしてくる。

「おっと、あぶねぇ!!」

 元の踝すぐ側を塊が加速して、通り過ぎていく。


ベチャリ

 針葉樹の幹に塊が弾けて止まった。塊に意志があるとは思えない。しかし幹に触手を伸ばすように広がると、根本から針葉樹の太い幹が折れて倒れた。

「浸食し、内部を腐らせる類のものでしょう。ふむ、触れたら最後、魔法でもその浸食を留められるかどうか。さて如何いたしましょうか」

「いやなタイプに当たったな。触れたが最後って訳だ」

「店主殿が言わんとされていたのは、この事でしたか。確かに一癖ある獣ですね。さて」

 店主のアドバイスを聞いておけば良かったか……そんな後悔が脳裏を過ぎるのは否めない。しかし「それならそれで」そう二人は顔を見合わせた。想定外の動きをする獣など、今まで数えきれない位に狩ってきた。それこそ、機械的にならざるを得ない位にだ。

 獣を狩る、それだけを考え生きていたハルの姿が走馬灯のように過る。到底、お前の様には生きられない、そう反発していた時期もあったなと、元は自嘲ばりに口元を緩めた。


「さぁ、どこまで強くなれるかな」

 鈍く光る瞳は、まるで餓えた獣だ。貪欲に、ただ強くなることだけを欲する姿に、「不謹慎ですよ、元殿」と戒める声が向けられた。

 しかしそのフェルディナンドも、獣を見据えると杖を掲げ上げた。

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Enda @ashida

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