第12章 Rare stone-5
それから一時間程歩いた頃だ。ようやくパーティは地下道の入り口に辿り着いた。切立った山の中腹付近で、育った繁みに門の半分は覆われている。放棄されて久しいのだろう。足を踏み入れるのに一瞬戸惑う位、朽ち果てた状態だった。
「どうだ? 獣の気配は感じるか?」
元が問い掛けた瞬間、ハルの刺すような一睨みと、侮蔑を含んだ溜息が容赦なく下された。咄嗟に口元を押さえる様子に、ルートヴィヒは斜めに首を一回捻る。
「感じる? って?」
「ハル殿は魔法に長けていらっしゃいます。既に獣を関知する魔法を発動されているのでしょう」
フェルディナンドの助け船に、ハルは一度頭を振ると、「随分と内部は広いようだな。獣の気配は未だに感じない」そう呟きを返す。魔法を発動した気配はなかった……ルートヴィッヒが尊敬の眼差しを真っ直ぐに向けた。
「へぇぇぇぇ、便利な魔法だね! でも今からそんなに魔力を使って大丈夫?? 僕の仲間なんて最後の最後まで極力魔力を使わないようにしていたよ。魔力が枯渇してからも使い続けると、命から削られていくっていうじゃない?」
覗き込み顔を向ける様子に、一度視線を合わせて、ハルは小さく頷きを返す。魔法を使う者の常識だ。歳を取らないエンダであっても、老衰のように命が尽きる場合がそれにあたった。先が見えない狩りでは当然の対策だ。獣を前にして魔法を使えないなど、お荷物の何物でもない。
「……この程度の魔力であれば差ほど負担ではない。さぁ行こう。陽が落ちる前に近場の宿に着きたいからな」
一度息を小さく吸ってそう言葉にすると、堅く閉ざされた扉に手を掛けた。門が鈍い音を響かせ開かれていく。縁に積もった埃が光に反射して地面に落ちる中、元達パーティは地下道に足を踏み入れた。
地下道はうまい具合に明かり窓が作られているものの、直ぐに陽の光は差し込まなくなる。何年も枯れない松明だけが、おぼろげに道を照らすだけだ。ルートヴィヒは既に見えなくなった出口を不安げに振り返ると、一度身震いをして心配そうな声を上げた。
「うぅ……暗いの嫌なんだよねぇ。そうそう元、ギヴソンは大丈夫かい? 置いてきてしまったけど……」
元の体型ぐらいであれば通ることが出来る通路も、ギヴソンクラスになるとそうはいかない。無言の圧力で訴え着いて来ようとするのを何とかなだめ、入り口で待機させている。
「あぁ、帰った時が面倒くせぇけど、大丈夫だろう。旨い肉でもやれば直ぐに機嫌は直るよ」
「いや、その……」
「ギヴソンなら大丈夫だ。元の躾がよく効いている。人を襲うようなことはしない」
ハルが珍しく声を挟むと、元はムッと口を尖らせた。躾なんて心外だ。異を唱えようと口を開けたその時だった。
ヴァン……
ルートヴィヒの手元が淡く輝くと、この世界にはどことなく相応しくない重厚な銃が突如現れた。服がバトルドレスに変貌し、白いロングコートがふわりとはためく。
『うわっ、格好いい!』
バトルドレスの形態は、戦闘スタイルを顕著に表現する。肉弾戦で戦う元にとって、趣向が凝らされたバトルドレスは憧れそのものだ。
光を纏う銃は、銃口に赤い光をしたためて……次の瞬間火花を散らす。
ギャン!!!
ずっと先から空気を裂く呻き声が響き渡った。驚き全員が目をこらす中、闇に蠢く獣の姿がゆらりと揺れる。そうはいっても、ここからかなりの距離だ。真っ直ぐに造られた通路の先に、辛うじて揺らめく様が見て取れるだけだった。
「ふぅん、大した命中率だ」
魔法であっても一定の距離が離れると、その命中率は格段と下がる。これほどの距離にあって傷を付けることが出来れば、狩りの精度は高いものになるだろう。
「いや駄目だ。致命傷にはなっていない。右目をかすめただけだね」
銃口から立ち上る硝煙に瞳を細めて、ルートヴィヒは一息を落とす。この一撃で倒しておけば……そんな口惜しさがにじみ出る一言だった。
「あれがここの主かよ」
「そのようですね。ルート殿の攻撃がよく効いているようです。出来ればここで一気に……」
フェルディナンドが一歩前に足を踏み出した時だ。獣が大きく体を揺らした……その僅かな時間に、轟音が周辺の壁を揺らす。そして元達が何も出来ずに見入る前で、獣の姿は闇に紛れた。
「しまった!」
ルートヴィヒは通路を駆けると、獣がいたであろう地点で大きな溜息を吐いた。追い付いた元達に向かって、巨大な穴を指さすと、苦笑いを浮かべた。そこには直径二メートル弱の風穴が開いていた。一メートル先は暗い闇の中だ。遠くから岩を削る音が僅かに聞こえるばかりである。
「これは ……」
「やっかいだね。壁という壁を壊して行き来しているような奴らしい。恐らく爪が異常に発達しているのかな。ここの堅い岩盤を難なく掘り進めるみたいだ」
随分と掘り進んでいるのか、それとも先に開けた穴に連結したのか……柔らかな髪が揺れるのを肌に感じて、ハルは小さく息を吸った。
「壁を壊して移動するのは想定外ですね。しかし獣の存在が確認出来たのは良かったです」
フェルディナンドのいつもと変わらない穏やかな口調に、皆が頷きを返す。受けた依頼の信憑性の低さを思えば、獣の存在の有無でさえ疑わしたかったのだ。後はおびき寄せて倒すことが出来れば依頼は完了する。
「だよな~。壁はちょっと心配だけど、手負いだし、サイズも小さい方じゃん?」
風穴に身体の半分を突っ込み、明るい声を上げる元を横目に、ハルは地下道の地図を広げた。松明の灯りは、付けた赤い印を辛うじて浮き出させる。
「闇雲に探すよりもおびき出した方が確実だな。咄嗟のことだったから壁に逃げたんだろうが、怒りに身を任せて必ず我々の前に姿を現す。出来れば屋外に出したいところだが、あの様子だと難しいだろう。ふむ……」
そう小さく頷いて、地図に大きく丸を書き込んだ。
「壊されていないことが前提だが、比較的道が大きく取られているこの場所におびき寄せたい」
「異論はございません」
「そうだね。この穴の大きさから見ても、恐らく相手は三メートル級だ。この広さは必要だね。ま、闇に落ちた獣相手だし、ヒーシャが二人もいるんだもの。心強いよ!」
にっこりと微笑む笑顔につられて、元やフェルディナンドも笑みを返した。闇に属する獣と真逆に存在するのがヒーシャだ。光の加護を纏うヒーシャの魔法は殺傷力はないものの、闇に属する獣であれば多大なダメージを与えることが可能だった。
そんな中での狩りだからだろうか、飄々としたルートヴッヒの存在は適度な緊張感と、気負い過ぎない柔らかな空気を醸し出す。
『こんな場所で、得体が知れない狩りだってんのに……すげぇ落ち着く』
ハルの底知れぬ能力や、フェルディナンドの穏やかな存在感とは別物だ。ルートヴィヒの独特な空気に、元は不思議な感覚を覚えていた。飄々としていながら、隣に居る思うだけでホッと心が落ち着く。
『この気持ちって何なんだろう……』
感情の名前も分からない。それでもこのパーティが一時的なものであることを、元は心底残念に思うのだ。もっと一緒に居たい……そんな思いが次から次へと湧き出してきて自分が分からなくなる。急に黙り込んだ元に、ハルは冷たい視線を向けると地図を大きく突き出した。
「……狩りの作戦中だ。何を呆けている」
感情が欠落した声に、慌てふためいたのは元だ。ルートヴィヒが不思議そうに視線を向ける様が視界に映ると、頬から耳先にかけて熱を帯びるのが分かる。
「ばっ、ばっかでぇ、ほ、呆けてなんかいねぇし。へ、変なこと言っていないでさっさと作戦を決めやがれってんだ!!」
この物言いに、ハルがピクリと眉を上げた。暫し流れた沈黙は更に空気を重くして、陰気な地下道の空気を更に濃くする。一体何が起きているんだろう……きょとんとするルートヴィヒの隣でフェルディナンドは苦笑いを浮かべるしか出来ない。
「そ、それでは二手に分かれましょうか。この場所におびき寄せるには、ここと……ここから攻めた方が宜しいかと思います」
その言葉通り、ハルが大きく丸を付けた場所には、二つの道が通じている。壁を壊して進む獣を如何にこの場所まで誘導するか、皆が地図を前に頭を捻る中、その間を割って元が大きく腕を上げた。
「はいはいはい!! じゃぁ、俺、ルートと一緒がいい!!」
ぽかんと顔を上げた皆の目線に全く気がついていない。地下道でも分かるくらいに鼻息を荒くする様は、今までの元にはなかったことだ。ルートヴィヒへの執着は誰の目から見ても明らかで、これには流石の本人も、苦笑いを浮かべ頬をポリポリと掻いている。
「……チッ」
『ちっ?』
低く落とされた舌打ちに気が付いたのは、真横に位置するフェルディナンドだけだった。耳を疑う行為に視線を下に向けると、可愛らしい表情を差ほど変えないまま、ハルが瞬き一つせず元を見入っている。獣の全容も、作戦も何もかも曖昧なままだ。にも関わらず、パーティ内で何かが勃発している……フェルディナンドの視界が一瞬暗くなった。それは松明が儚げに揺れたせいなのか、若しくは狩りへの不安からか……深い溜息が落ちるのを止められなかった。
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