第12章 Rare stone-4

 「リドル」いや、正確には近辺に生息する獣の討伐が依頼だ。数えた指を戻し、元は再度指を折って二人に説明を重ねた。ハルは使われなくなって久しい古ぼけた地図をカラーのテーブルに広げた。

「……地下道って何?」

 今まで長く旅を続けてきたが、そんな通路など通った経験がない。洞窟とどう違うんだ? 元は頭を捻り怪訝そうに問う。

「鉱石(りどる)は、地底奥深くに眠る石だ。先人達は鉱石が集積している場所を限定し、発掘していたんだろう。道を編み目のように作ることで効率を図っていたらしいな」

 ハルはどこか冷めた瞳で、地図に記されている道を指で追う。もう片方の指は忙しなく額をなぞっている。

「ハル殿は何を?」

「記憶している」

 そう当然のように短く返される言葉に、フェルディナンドはもう何も言わなかった。常軌を逸する人間の行く末を、素直に受け入れるつもりだ。

『もう驚かないと決めていても……本当に底が見えないお方だ。面白いですね。ふふ、年甲斐もなく楽しくなって参りました』

 今までの旅はエミリーを守ることだけに囚われていた。その柵から解放された今、仲間の成長を見守る楽しみが出来た。小さく緩む口元を何とか押さえると、フェルディナンドは地図に視線を戻す。道は整然としておらず、随分と無理を重ねて広げた様子が見て取れた。

「これは……落盤の恐れはないのでしょうか? 余程地盤が強固でなければ、これでは壁を支えきれないのでは?」

 心配そうに落とされた声に驚いたのは元だ。落盤などに巻き込まれたら、いくらエンダといえど命はない。あんぐりと口を開けたまま、ハルを見入った。

「恐らく、ここと、ここ……」

 元のすがる視線など気にも留めず、地図に赤い×の印を記していく。その数およそ十五カ所。その印が何なのか分かる気がする……いや、出来ることなら聞きたくない……元はゴクリと息を飲んだ。

「えっと~、なにそれ?」

「……ここは既に道が潰れているな。ふん、こんな場所に獣か……恐らくこんなものでは済まない」

 躊躇無く放たれる言葉に、戸惑いや懸念は一切含まれていない。ハルが赤い線で道を繋いでいくと、内部から外に向かっていくつかの道が浮き出てきた。

「我々の目的は獣を倒すことだ。おびき出して狩る。それで依頼は完了だ。しかし獣の属性が分からないことにはな……。明日早速出発するぞ。地下道の状態を確認したい」

 ハルの言葉はエンダの常識だ。エンダは基本、契約に基づいて狩りを行う。契約にはそれ相当の情報が記されているからこそ、人を襲う獣に対して事前に対策を練ることが出来るのだ。


「あっ、君達! もしかして、南にある地下道に行くつもりかい?」

 突如向けられた声に、ハルはピクリと眉をしかめると視線だけゆっくりと上げた。

『お、眼鏡男子』

 元が首を捻った先に、地図を覗き込む、一人の青年の姿があった。

 年の頃、二十前後だろうか……、緩く癖のある髪を耳の高さで無造作に結んでいる。全体的に細身ですらりとしていて、繋ぎの服は彼に良く似合っていたし、細めの眼鏡は、知的なイメージを更に印象付けた。

「……なんだ?」

 ハルは凄みの利いた低い声でジロリと睨みつけると、怪訝そうに眉を寄せる。こんな多くの人間が行き交うカラーでは、酔ったエンダに絡まれることも少なくはない。青年が口を開けるよりも先に、元が二人の間に割り込んだ。

「ちょ、ハル~。こんな場所で打ち合わせしてる俺らも悪ぃんだからさ。不快な思いさせちまって悪ぃな、こいつ対人スキルがマイナスなもんで」

「いや、僕が悪かったよ。突然声をかけられたら、誰だって警戒するよね。ハルさん、ごめんね」

 人懐こい表情でにっこり笑うと、青年は大きく頭を下げて謝罪の言葉を向けた。目じりが下がる様に、ハルは一度瞳を細めたが次には顔を背けて地図に視線を戻した。

「しっかし、これだけでよく地下道だって分かったな~? 何、もしかしたら詳しいの? あ、俺、元。こっちがハルで、こっちが爺さんだ」

 今回の依頼は不可抗力だったとはいえ、元が交わした契約だ。皆を危険な目に遭わせる訳にはいかない。少しでも情報を欲する元は、青年を空いている椅子に誘った。

「よろしくね、元。僕はルートヴィッヒ。ハルさん、えっと?」

「フェルディナンドでございます。ルートヴィッヒ殿」

「ルートでいいよ。どうぞ宜しく」

 差し出された手を軽く握り返すと、ルートヴィッヒは椅子に腰を下ろす。しかし地図を前にした途端、その表情に影が落ちた。言葉にするのを少し躊躇して、地図から少し視線を逸らす。

「恥ずかしい話だけど、仲間がこの地下道に行ったきり戻って来ないんだ。何でも昔、レアストーンが取れる場所だったらしくて、採掘出来たら相当なお金が手には入るって話を聞きつけたんだ。止めるのも聞かずに、僕だけを残して行ってしまって。距離的にも三日もあれば戻ってこれる筈なのに。もう出かけて一週間だ。

 ねぇ、もし君達が地下道に行く予定があるんだったら、一緒に連れて行ってくれないか? 一人じゃ行けないし、かと言って、こんな辺鄙な場所についてきてくれるようなパーティもいない。足手纏いにだけは、ならないようにするから」

 必死の形相で訴える姿に仲間を思う絆を感じて、元の胸は熱くなった。レアアイテムは、破格値で取り引きされる。当然にして簡単に手に入る代物らではないが、獣を狩る危険性と天秤にかけて、宝探しにいそしむエンダも少なくない。

「それは心配だよなぁ。おい、気を落とすなって。絶対無事だよ。なぁ、ハル~爺さん~。ここで会ったのも何かの縁じゃん? 連れて行ってやろうぜ!」

「私(わたくし)は、お二人が宜しければ」

「……地下道には獣が居ついているらしい。お前、職業はなんだ?」

 感情無く問う声にルートヴィッヒは一瞬驚愕の表情を浮かべた。獣が出現するという事実を知らなかったのだろう。しかし気を取り直すと微笑んでみせた。

「トリガーだよ。銃や弓……飛び道具を操ることが出来る」

「へぇぇぇぇ、すげぇ。初めて聞いたなぁ。俺戦士、ハルは……」

「ヒーシャだ」

「私(わたくし)もヒーシャでございます」

「へぇ、三人だけのパーティにヒーシャが二人所属しているって珍しいね」

 そう言葉にしてハルとフェルディナンドを交互に見入った。十中八九、エンダであれば同じ反応を示すだろう。興味津々な視線を軽く流す二人の横から、元が身を乗り出す。

「でもハルはさぁ……」

 その時フェルディナンドがテーブルの下からそっと手を添えた。そしてそのまま視線を移して穏やかに微笑む。

「ルート殿。我々は明日にでも出発する予定です。宜しければ、経緯と計画をお伝えしたいのですが。あぁ、お飲物もご用意せず。コーヒーで宜しかったですか?」

 申し訳がなさそうに椅子を引いて立ち上がろうとする姿に、ルートヴィッヒは慌てて制止を促すと腰を上げた。

「自分で取ってくるから大丈夫。ちょっと待ってて。直ぐ戻るから」

 カウンターに向かう後ろ姿に視線を向けて、ハルは元を鋭く睨んだ。眼力だけで人を失神させるほどの迫力がある。元がビクリと体を揺らす。

「前にも言った筈だ。我々のことを他人に話すな」

 機嫌が悪いのは明らかだ。少し怯えながら、それでも納得がいかないと元は口を尖らせた。

「大丈夫だって……」

 そう言いかけた言葉を、鋭い一睨みが強制的に制止をさせられる。消え入りそうなハルの声は、ただただ低くカラーの雑踏に落とされた。

「それを判断するのは私や爺さんだ。それを約束出来ないなら、あいつを連れてはいけない。元、どうするんだ?」

 問うているようで、その実 元に選択権などない。テーブルの上で腕を組む視線はどこまでも鋭く深く元を見入っている。その身体から発せられる圧力感に、元は唇を尖らせたまま「分かったって」そう頷いたのだった。


 翌日、例に漏れずルートヴィッヒはギヴソンの存在に驚愕した後、この獣を従える元に向かって尊敬の眼差しを向けた。

「凄いなぁ。宝玉を額に持った獣を従えているなんて、普通じゃ考えられないよ。元、やるなぁ」

 真っ直ぐ向けられる熱い眼差しに、元は満更でもなさそうにボリボリと頭を掻く。皆との旅は勿論楽しいのだが、同姓で同年齢のルートヴィッヒとの会話はとても新鮮だった。

「大したことじゃねぇよ。なんだかんだ言っても相性が良かったんじゃねぇ?」

 言葉とは裏腹に、にやける元の隣でギヴソンは勢いよく鼻息を吹く。しかし何処か誇らしげに足を上げる姿が可愛らしくて、元は更に口角を上げた。

『こんな谷を歩きで抜けんのは大変だけど、こんなに楽しいんだったら、全然、苦にならねぇなぁ。こいつ、いい奴だしさぁ』

 またもや例の如く、他人に対する警戒心を露わにするギヴソンが、皆を背に乗せる筈もない。パーティは高低の激しい谷を歩きで越える羽目となっていた。

 渓谷はどこまでも深く、安易に近づく者を頑なに拒むように切り立っている。谷に足を踏み入れて既に半刻だ。野宿は想定していない。元は視線を前に向けると、浮かれていたテンションが少しだけ萎んだ。

『ちぇ、移動時間が惜しいって、いつもは文句を言うくせに。何、拗ねてんだ? それに地図って、お前にはいらんだろ? たく、用心深いったらないよ』

 いつも元の肩を定位置にするハルが、今は地図を片手に、険しい道を突き進んでいる。肩が軽く感じる寂しさ半分、不遇な境遇のルートヴィヒを認めようとしない頑なさに、胸の奥がむず痒く感じて、仕方がなかった。


 少し表情を暗くする様子を気遣って、ルートヴィッヒは元の肩に手を置くとその顔を覗き込んだ。

「ね、ハルさんて、誤解されやすいと思うけど、真っ直ぐで優しい人でしょ?」

「は?」

 突然向けられた言葉に、元は驚きの表情を浮かべた。ハルの人となりは、短い付き合いでは分からない。言葉や行動が実直過ぎて、反感を買うことの方が多かった。ルートヴィッヒは一度眼鏡を上げると、ハルに視線を向ける。瞳に映る後ろ姿は、目的の為にただ突き進む強い意志がみなぎっていた。

「今回だって、面倒だって思ったら、このまま町を出ればいいだけの話だよね。僕らは根無し草だからさ。でもそれをしないのは、元の剣の為でしょ? それに不本意だったとは言え、依頼を受けてしまった以上、果たさなければと考える君を気遣っての事だと思う。ハルさんは君のために真剣なんだね」

『聖人か? お前、聖人なのか!?』

 大切な仲間に対する優しく温かな言葉に、元は頬が緩むのが分かった。つい先程まで心を浸食していた不満が解消されていく。ハルの思慮深さに気付かない自分を恥じるのと同時に、ルートヴィッヒに対する感謝の気持ちが湧き出てくる。

「あぁ、あいつは本当にいい奴なんだ。……誤解されやすい奴だから、ルートがそう言ってくれると嬉しいよ。お前も大変なのに、気を使わせて悪いな」

 そう言葉にすると、元もルートヴィッヒの肩に腕を回して、ニカッと笑った。

「元殿にお歳の近いご友人が出来て良かったですね」

 声を上げて笑い合う二人の様子を振り返り、フェルディナンドは微笑ましさに口元を上げる。性根が明け透けなく明るい元は、人との関わりを大切にするタイプで見ていて気持ちがいい。

「……あぁ」

 少し不機嫌そうに落とされる声に、フェルディナンドは瞳を見開いた。その表情は、少し余裕がないように見えたからだ。感情を表に出さないハルには珍しい事で、タロが肩に乗り心配そうに見入っている。

『……ずっとお二人で旅をされて来られたのです。何処か面白くないと思われるのも仕方がないことですね』

 流石に口には出来なかったが、少し人間くさい部分を垣間見た気がして、フェルディナンドは人知れず微笑ましさに小さく笑みを浮かべた。


続く

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