第12章 Rare stone-3

 カラーの雑踏はどこまでも深く、そして終わることない。陰と陽が織りなす独特の空気。ここはAnother worldに居場所がないエンダが唯一心休める場所だ。


「そういえば……どのタイミングでフォルトハウラ海(四つ目の海)を越えようとお考えですか?」

 どう見ても旅の決定権はハルが有しているのだが、気遣いからかフェルディナンドは二人に視線を向けた。

「うぅ~ん、港が近くなってきたからか、獣も強くなってきたからなぁ。出来れば、後一年は……」

「一ヶ月だ。その間に二十五体程の獣が狩れるだろう。Sクラス限定で狙いを定めれば、余裕で海を渡ることが出来る」

 きっぱりと言い放ったハルに、元は瞳をパチクリとさせた。チャスリス海(三つ目の海)を越えてから二年も経っていない。海を越える度に、次の海を渡るまでの期間が短くなるのはどういうことなのか。

 この土地で最強である筈のSクラスの獣でさえ、次の土地に渡れば良くてBクラス止まりなのだ。そのため一つの土地で三年以上の経験を積む必要があると言われる中、何の冗談だ……半分睨みつけるように見入る元の視線を物ともせず、どの契約を結ぼうかと物色を始めている。

「いやいやいや!! 無理っしょ。何させる気なの? 現実的に考えても、二十五体って残りの五日間って移動時間すらないじゃん!?」

「一日で三体狩れば二十二日は移動と休息に当てられるだろう?」

 明らかに計算がおかしい。パクパクと言葉にならない元を横目に、フッとハルは口元を緩めた。

「あぁ心配するな、ちゃんと連続して狩りが出来るように、場所は限定して契約をするつもりだ」

「……いや、そんな気遣い不要だから。そもそも、おかしいから、その計算」

 本人に無謀な狩りを強要している自覚はない。ただただ己の強さのために、強い獣に限定して追い求めるエンダの姿がある。一生、自分の思いが通じることはないだろう……そう確信をせざるを得ない瞬間だった。

「しかしギヴソン殿は、私を背に乗せることを望んでおられません。移動時間の短縮は難しいのではありませんか?」

「爺さん、良いこと言った!!」

 速攻合いの手を入れた元の言葉を無視して、ハルは眼前に並べられたチョコレートに手を添える。

「まぁ、そこは……大丈夫だろう。あいつは爺さんのことが嫌いじゃない」

 雑踏に紛れる程小さな声だったが、フェルディナンドは一度驚きの表情を浮かべ、直ぐに微笑みを返す。ハルからは特段それ以上の言葉はなかったが、元も何故か胸が熱くなるのを感じて、暫し二人の様子に目を向けていた。


「あっ、ちょっと契約待った~!!」

 早速、契約カードに掌を翳したハルに、元は咄嗟に手を伸ばす。邪魔をするな……そんな表情をありありと浮かべ、ハルが冷たく睨みつけた。

「悪ぃ、剣の状態がマジでヤバい。ストックもねぇし、何本か見繕わねぇと」

 ゾウガンとの戦いで唯一無二の剣を失ってから、技に耐えられる剣に中々出会えない。下手をすれば一回の攻撃で、刃が使い物にならなくなってしまう。戦士として由々しき問題に、実際のところどうするべきか計りかねていた。

「Sクラスを~連続で狩ると~ホント刃がもたねぇんだよなぁ」

 ここで未練がましくハルを見てみるが、全く顔色を変えない。元は「ちぇ」小さく呟きを落とすと、更に「中々これってのに、出会えないんだよなぁ」そう頬杖を付く。

「元殿のレベルになると、流通物を扱っているような武器屋では難しいかもしれませんね。名だたる職人のものになりますと、コレクションとして保有する方もいるという話ですし……。この土地では難しいかもしれません」

「たくさぁ、訳分からねぇよなぁ。道具は使ってなんぼだって。

 あの剣はこの土地に入って直ぐ手には入ったからさ、いい職人がいるのかって期待したのになぁ。ま、ねぇのは仕方ねぇから次の土地に賭けるかな~」

 そこまで口にして、元はハッと口を押さえた。何だかんだと反対しても、既に意識は海を越えた先にある。恐る恐るハルに視線を向けると、大きな栗色の瞳がジッと元を見ていた。

「いいだろう、二日だ。三日目の朝に出発しよう」


 町の規模の割に結構な店構えの武器屋に、元は朝から入り浸っていた。全ての剣をひっくり返す勢いだが、これといってしっくり手に馴染む一本に出会えない。

「うぅぅ~ん、ねぇぇな~。戦士として剣との出会いは、運命みてぇなもんなんだよなぁ。自分の強さと、必要だって思うタイミングが一致して、かつ俺を待っている剣との出会いがさぁ、戦士には必要な訳で~」

 朝からあれでもない、これでもないと、剣だけを見ているものだから、思考が口からだだ漏れだ。大きすぎる独り言に店主の親父が苦笑いを浮かべながら、お茶を差し出す。

「ふぅ~ん」

 床に座り込む元をマジマジと見入ると、親父はその肩をバンバンと叩いた。武器屋の親父はどの土地も、豪快なタイプが多い。自らが武器や防具の材料を調達をしに、冒険に繰り出す武器屋もいる位だ。民とは思えない程の力具合に、元の体は床に沈む。

「いたたたた」

「諦めな! もう兄ちゃんに合う剣はこの土地には無いよ。ここで買うのは予備にして、ここぞの一本は海を渡ってから探しな」

 更に豪快かつ無骨に二カッと笑う姿を、元は恨めしそうに見上げる。店主に言われたら、本当にもう諦めるしかなさそうで、気落ちからボリボリと頭を掻いた。

「いやいやいや、この土地に入った間際で、結構な剣に出会えたぜ? こうなんていうの、でけぇのに精密で刃の繊細さって言ったら……。見ため以上に扱いやすいしさ、そんなのねぇの?」

 失ってはじめてその価値の大きさに気付く。元が熱く語る言葉に、武器屋の親父は少し考え込み頭を捻った。

「兄ちゃん……その剣って、柄にハンマーみたいな印が掘ってなかったか?」

 剣の手入れにかけては、マメな元だ。ほぼ毎日、慈しみ磨いていた剣の形態は今でも脳裏に焼き付いている。親父の言う通り、ハンマーの刻印は柄にしっかり焼き付けられていた。

「そうそう、それそれ! 何だよ~知ってんなら話は早ぇよ。あのタイプの剣を探してんだ!」

 もう手に入れた感触になっているのだろう。元は店内をキョロキョロと見渡すと、目当ての剣を探した。親父が深く溜息を吐く。

「ここにはねぇよっ。兄ちゃんが手に入れた剣はなぁ、この土地の少数民族「ドグルガ族」が作ったもんだ。特に光系に属した武器に長けててなぁ。この土地では、値段なんてあって無いシロモンだ。熱心なコレクターが多くてね、先ず流通に乗らねぇ。兄ちゃんが出会ったのは、奇跡の一本だった訳さ」

 そう言われると、是が非でも欲しくなるというものだ。それでも無いものは仕方がない。元は落胆に肩を落としてはみたが、物色を続けようと近くの剣に手を伸ばした。

「あ……アノ……」

 埃が舞う店内に、たどたどしい声が落ちる。

「お、いらっしゃい! ご用命は何でしょう?」

 親父が接客に体を翻した先には、やけに小柄な男が立っていた。旅人なのか深いオーブに身を包んでいる。男は親父には目もくれず、一直線に元に向かってきた。

「お、オマエ、エンダか?」

 間合いが十センチもない。詰め寄る迫力に押された元が、怪訝そうに「あぁ」とだけ頷くと、男は更に間合いを詰めてきた。

「お、おい」

「オ、オレ、お前ガ望ム武器……用意デキル。オレ、商人。ドグルガ族カラ買ッタ剣、アル」

 ポカンと見入る元は、ハッと我に返ると、男の肩を掴んでいた。

「マジか!? 言い値で買う! いくらで売ってくれるんだ??」

 今にも食らいつきそうな勢いだ。余りの勢いに、男の体がビクリと震え、その手から逃れるように体を揺らした。

「金、イラナイ。欲シイノハ「リドル」」

 聞いたことがない単語に、元は瞳をぱちくりとさせた。何だそれ人の名前? ……そう言葉を発するよりも先に、店の親父が驚きの声を上げる。

「リドルだって?? お客さん~、それは無理な相談だよ。リドルて言ったら、南で取れる黒石よりも遙かにレアストーンじゃねぇか。俺もこの仕事は長いが、一回もお目にかかったことがねぇ。噂じゃ~採掘しつくされて、もうこの世界には存在しないって言われてるぞ」

 相当なレア物件らしい。半分呆れる声を上げる姿に、旅人は大きく体を伸ばした。

「有ル。見ツケタ。デモ近くに獣イル。獣倒してホシイ。ソノ獣ヲ倒してクレタラ、剣、ただでヤル。し、主人がドウシテモと、ご所望ダ。必ず獣ヲ倒してホシイ」


 宿の暖炉の前で、ソファに腰を下ろし本に見入るハルがページをめくる指を止めた。一度チラリと元に視線を向けると「それで?」そう短く問いかける。

「それでぇ、そいつが言うには~、何故かその石に獣が張り付いているらしくて、手が出せないんだと。だから獣を狩って欲しいって言うんだよねぇ」

 フェルディナンドはハルの隣でタロの毛並みを撫でながら、神妙な表情を浮かべた。その手の中で、タロが気持ち良さそうにウトウトと寝入っている。

「カラーを通さず、直接エンダに交渉する話も聞かない訳ではありませんが。何か不具合が有った時に、問題になりかねません。その方は信頼に値する方なのでしょうか?」

「う~ん、かなり胡散臭い、かもしれねぇなぁ。でもなぁ」

 そうブツブツ言葉を落としながら嫌な空気を全身で感じつつ、手に馴染む剣の感触を確かめた。まるで自分用にあつらえられたようなしっくり感だ。精巧な造りに、思わず溜息が出てしまう。

「結論を出す前に、剣を受け取ってどうする。交渉が成立したとみなされるぞ」

 呆れる声に、フェルディナンドは驚きの表情のまま、元の手の中にある剣を食い入るように見た。場の空気が途端に冷え込むのを、元は顔を真っ赤に染めて顔の前で掌を振る。

「いやいや、だって無理矢理これを押しつけて、あっと言う間に居なくなっちまって。武器屋の親父も厄介事は勘弁だって、預かってくれねぇし。一週間後に武器屋に来るからって……」

「一週間後……?」

 計画通りに出発できないのが余程気に食わないのだろう。ハルは、本をパタリと閉じると深々と溜息を吐いた。これにビクリと体を揺らしたのは元だ。「だって押しつけられちゃったんだもん」小さな声で言葉を落としている。ハルはハルで無言のまま、そんな姿を見据えたままだ。見かねたフェルディナンドが助け船を出した。

「ハル殿、リドルとは……どんな鉱石かご存じでしょうか?」

「あぁ、あまり詳しくないが……希少価値で言えば、全土で類を見ない代物だ。黒石も相当な強度だが、黒石は密度が高すぎて武器や防具には不向きだからな。

 細工はかなり技術を要するらしく、扱える職人は少ない。武器になれば、光系の戦士のスキルを底上げするという。存在が確認されなくなって久しくて、どこまで信憑性があるか分からないが、所有者の成長に合わせて武器も進化するとの話もある位だ」

 詳しくないと言いながら、つらつらと出る情報に元が脳内で反復する。そう言葉を締めくくると、小さく溜息を吐いた。その後暫し続いた重たい沈黙の中で、

「そこまでとはいかなくても、この剣もいいよなぁ」

 元は諦めがつかない声を落とす。戦士でありながら、いつ折れるかもしれない武器に命を預けているのだ。その心情は分からない訳ではない。

「ハル殿、依頼主の事は懸念するところではありますが、剣も受け取ってしまっておりますし、調査だけでも。もし危険な依頼であれば、改めて交渉をしても宜しいのではありませんか?」

 フェルディナンドの言葉に、元の表情が途端に明るくなった。正直のところ、剣に愛着が湧いていた。前の剣も素晴らしかったが、この手中の剣の精度は比べものにならない。全財産を投げうってでも手に入れたい……初めてそう思える武器に出会えた。

「仕方がない。私も武器屋に同席するぞ。相手は民だ。用心に越したことはない」

 顔を高揚させ、嬉しそうに頷く元の姿に、ハルは小さく視線を下げた。

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