第8章 二人の少年−7

 ハルの言葉が凶器となって少年達に襲い掛かる。震える腕を必死に押える二人の姿に、元はシャツの胸元を握りしめていた。心の奥底に『助けなくていいのか』そんな感情が溢れて来る。しかしその気持ちとは裏腹に、仲間を見捨てた二人を許す事も出来ない。

「ま……待って!!」

 遠ざかるハルに向かって、ロッテが声を振り絞り叫んだ。その震える声は、悲壮感を含み、何事かと屋台の民が顔を出す。

「本当に助けてくれるんですか!?」

 ロッテの問いに、ハルは冷やかな視線を浮かべたまま振り返った。刺すような視線を反らしたい感情を必死に抑え、ロッテはジョッシュの手を握り締めた。

「助ける訳ではない。手を貸すだけだ。この世界で生き残れるかどうかは自分次第だ」

「僕達はDクラスさえ倒せません。どうやって……」

「どうやって? 勿論獣を倒し、地力を上げるしかない。我々エンダにとって生きる術はこれしかない」

 手っ取り早い方法があるのかもしれない……そう期待したロッテは落胆の表情を浮かべた。しかし直ぐに真剣な表情に戻すと、真っ直ぐな眼差しを向ける。

「僕はジョッシュを死なせたくない」

 絞り出される様な言葉に、ハルは不快感を露わにして、吐き捨てる様に言葉を放つ。

「命は自分のものだ。いい加減、誰かの為などという綺麗事は止めろ。そんな状況ではない筈だ」

 突き放すような厳しい言葉に、ロッテは小さなショックを受けながら前を見据えた。

「……僕達が生きていける術があるならば、教えて下さい! お願いします。どんなことでもします。こんなところで終わりたくないんです!」

「ロッテ……」

「お前はどうする」

 今度はハルの鋭い視線がジョッシュを貫く。様々な想いが巡り、全てを投げ出したい気持ちがあるのは正直なところだ。しかしロッテの強い視線を感じ、諦めて大きな溜息を一つ吐く。

「僕も死にたくはないよ」 


 続けざまハルは元に目を向けた。その視線を感じ、元はブスリとした表情を浮かべている。

「そういう訳だ。一ヶ月間、私はこいつらに付き合う。今回はお前の力が必要だ。協力して欲しい」

「……協力、だぁ? どうせ、もう決定なんだろ? 俺が反対した所で、状況が変わる訳無いくせに聞くなよ」

 面と向かって必要だとハルに言われれば、正直悪い気はしない。しかし複雑な気持ちが先走りして、ぶっきら棒に頬を膨らませた。

「私達はパーティだからな。勝手に決めていい問題ではない」

「はぁ、どの口が? ……たく、仕方が無ねぇな。……で? どうすんの」

「こいつらの力を、Cクラスまで引き上げる」

「……どうやって?」

 ハルは風で顔にかかる髪の毛を耳に掛けた。

「言っただろう? 勿論、狩りをして、だ。喜べ、安全な獣に限定して狩りが出来るぞ」

「は!? どういう意味? ちょ、こいつらと一緒に狩りなんて、冗談じゃねぇ。自分達しか大事じゃねぇのに、背中なんて預けられっかよ!」

 もう元の言葉など半分以上耳に入っていない。既に視線は少年二人に向いていて、今後の動向について思考を張り巡らせている様だった。「聞いてんの!?」ギャーギャーと騒ぐ元の事など意識の先にもない。

「DクラスとCクラスに限定した安全な狩りに、使えないおまけがついているだけだ。何の問題もない」

「いや、だからぁ問題大有りだっての! お願いだから俺の話を聞いてくれ! 俺はこいつらと一緒に狩りに出るのが嫌なの。しかもDって……俺には必要なくねぇ。たく、ヤダよ。用心棒みたいな真似……ってこれって、前にも……」

 一緒に旅を始めた頃を思い出し、元は小さく唸った。結局押し切られて今がある事を思えば、この後の結果など容易に想像がついてしまう。

「お前は最後に獣を倒せばいい。お前が望んだ狩りだ。今更文句を言うな」

「今更? どんな思考回路……えぇ、またこのパターン? 何なの、もう!!」

 

 元の叫びは虚しく空気に消える。ロッテとジョッシュは既に身体に力が入らないのか、ぐったりと項垂れたままだ。

「報酬の分け前は、狩りへの貢献度で決めよう。狩りに入ったら、私が獣の体力を測定する魔法を発動する。

 獣の体力を百とするならば、体力を十%ごとに奪う度に、割合に応じた報酬を与える。十%未満であれば報酬はなしだ。二人が命の危険に晒された時点で元が獣を狩る。

 しかし我々も暇ではない。二十体だ。それまでにCクラスを二人で倒せるようになれ。

 五体倒すたびに、一日の休暇を与える。それまではほぼ毎日狩りに携わっていると思え。効率よく体力、精神力を回復させなければ死ぬぞ」

 ここまで一気に言葉にすると、最後にピシャリと締め括る。

「いいか? 私は言葉を撤回するような真似も、仲間同士で傷を舐めあい、助け合う真似もしない。きっちり二十体だ。結果、お前達の能力が望むレベルまで達せなくても、私達は旅に出発する」

 少年二人はゴクリと息を飲んだ。元は「マジでぇ?? 一ヶ月もこいつらと? たく、冗談じゃねぇよ」などとブツブツ呟いているが、何を言っても無駄だと悟っているのか、面と向かって反論はしない。

「そんな無茶苦茶な」

 そう言い掛けるジョッシュの手をロッテが制した。

「ジョッシュ……僕のせいで、君を死なせたくない。お願いだから、ここはこの人の言う通りにしよう」

 その言葉にジョッシュは言葉を飲み込む。二人の様子に目を向け、ハルは腰に掛けた袋から金貨を出すと、

「三千五百ギラを前渡しで渡す」

 小さな革袋に詰めて、ロッテに向かって投げた。ロッテは受け取った金貨の重みに、泣きそうになるのをグッと堪えて、胸にギュッと抱きかかえる。

「金は大事に使え。無くなっても追加しない。狩りで生計を立てるのが先か、路銀が尽きて体勢を整えられずに死ぬか。ふむ、面白いな。自分達では体験出来ない、貴重なデータが取れるだろう」

 そう振り向き際、ニヤリと笑う姿に、三人はゾクリと背筋が凍った。


「一ヶ月で三千五百ギラ? 宿代半月分位しかないじゃん。飯だって食わなきゃいけないのに、少なくねぇ?」

 元が思わず口にした。一晩素泊まりでも、最低二百ギラは必要な世界だ(雑魚寝の大部屋の場合、百五十ギラ程度になる)。半月もしない内に生活費は底をつくだろう。

「半月分で十分だ。一回も狩りを成功させないつもりか? 当面の獣で、千ギラの報酬が見込まれる。Cクラスになると一万ギラ、ちなみにBクラスだと三万ギラ以上だ。二人であれば三カ月は暮らせる額になる。そこまではいかなくても、Cクラスを定期的に狩れる様になれば、この世界で生きていける。

 最初の五体は我々が契約を結ぶ。その狩りに参加していれば、お前達も制限が取れて、再度契約が出来る様になるだろう。それからは自分達で契約を結べ」

 ハルはそう言うと、店仕舞いを進めていた屋台に赴き、肉と野菜、そして果物を腕一杯に抱えて戻ってきた。ポカンとした表情を浮かべる元の前を横切り、座り込む二人の前にドサリと置く。数週間ぶりの食事を前にして、二人はごくりと唾を飲んだ。

「これは恵んでやる。明日、明け方に町の入口に集合だ。遅れるなよ」

「施しなんて……!」

 受けた屈辱に表情を厳しくするジョッシュに向かって、ハルは小さく鼻を鳴らした。加えて感情のない低い声で、淡々と言葉を繋ぐ。

「食べ物をたかるのとどう違うんだ? 今は食べなければ生きていけない。高尚な御託を並べるのは、現状を打破出来てから言え」

 それだけを伝えると、ハルは広場を後にした。全ての質問を拒絶する後姿に、残された二人は押し黙るしかない。そんな姿を一瞥し元はボリボリと頭を掻いていたが、結局無言でハルを追った。


 ロッテは瑞々しい果物を一つ手に取る。

「ロッテ……こんな屈辱を受けてまで、生き延びる意味があるの? 僕は……」

 ジョッシュは悔しさで拳を膝の上で震わせた。こんな世界に来なければ、こんな屈辱など味わう必要もなかったのに……そう眉間に深い皺を寄せる。

「……ジョッシュ、お願いだから食べて。……今は生きる為に必要なんだ」

 ロッテは、小さく笑うと果物にかぶり付く。

「ロッテ……」

 その瞳からはボロボロと涙がこぼれ落ちていた。生きる為に食べ物を口にする仲間に、ジョッシュはもう何も言わない。口一杯に食べ物を頬張る姿に、何度も頷きを返す。そしてジョッシュは肉に手を伸ばした。 

 

「恵んでやるだなんて……ちょっと言い方ひどくねぇ?」

 先程まで二人に怒りを抱いていた人間の言葉とは思えず、ハルはフッと小さく笑った。表向きは沈静化した町は、夕飯の準備に取り掛かっているのか、周囲に温かな香りが漂っている。そんな町に目を向けて、小さく呟く。

「プライドを無くしては、エンダとして生きてはいけない。二度とこんな屈辱を受けるものかと、魂に刻んでもらわないとな」

 よもやの二人を思っての発言だった事に、元は驚きの言葉を上げて、そして不器用な仲間に目を落とす。

「それであの言い方? ホントにお前って……」


「おい」

 宿を前にして、元はハルを呼び止めた。

「……あの、えっと……さっきは、止めてくれてサンキュウな」

 階段の手すりに手を掛けていたハルはクルリと振り返った。その真っ直ぐな視線を反らす事が出来ず、元はその表情に見入ってしまう。表情の奥に何かを感じるが、それが何かは分からない。

「お前を助けたのは、私の為だ。お前に抜けられては困るからな。しかし次は止めない。やりたいようにやれ」

 そう言うと、スタスタと宿に入っていく。その後ろ姿を見守りながら、頭を垂れ足元に視線を落とした。


【信念を貫くのはいいが、それ相当の責任を負うのも事実】


 ハルが以前、ミディに放った言葉だ。

「俺、協会は駄目なんだよ……。はぁ。まだ責められた方が楽」

 元はそう呟くと、肩を落として顔だけを空に向けた。すっかり陽は落ち、町に灯りが灯る。町に着いた時の高揚が嘘の様に、今はぐったりと疲れていた。

『ハルの制止が無かったら、俺の旅は終わっていた。それこそ何も残せずに……』

 協会の有無を言わせない存在感を思い出し、全身に鳥肌が立つのを感じる。こんな状態で刃向おうとした自分の無謀さを思うと、情けなさを通り越して、激しい嫌悪感に襲われる。「くそ……!」立ち尽くす元の影が、街角に長く伸びた。

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