第8章 二人の少年‐6

 二人は、へなへなとその場に座り込んだ。全身が気怠く力が入らない。元は不思議そうに頭を捻った。

「……金が無い?」

 たどたどしく問う姿に、ハルは失笑を浮かべて小さく鼻を鳴らした。この落ちぶれ方は尋常ではない。肉付きの良かった頬は痩せこけ、全体が薄汚れており、それは周囲に異臭を放つレベルだ。生活に困窮して居るのは、誰の目から見ても明らかだった。

『全く、お前の鈍感さは称賛に値するな』

 元はそんな声が聞こえたような気がした。改めて食い入るように視線を向けると、今更ながらにその風貌の異常さに目を疑う。

『言われてみれば……。確かに狩りに臨めるような状態ではなさそうかも……? え、でも金は返せるって言ってたじゃん?』

 そう混乱する頭を捻りハルを見た。詳細を話せと言わんばかりに、睨みつける視線を正面から受け止め、ハルは言葉を繋ぐ。

「この様相から見ると、恐らくDクラスの狩りでさえ果たせていない。私は体験した事がない獣だが、出現頻度は高いと聞く。その狩りやすさから、契約すら結ばずに移動途中で狩る事も多い獣だろう? 報償金もカラーからお情けで出る程度。

 それでもDクラスに特化すれば、贅沢こそは出来なくても、それなりに生活は出来る。誰も積極的に狩らないからな。地道に続けて行けば、スキルを上げることも可能だ。獣のレベルに困ったらDクラスを……は、エンダの常識だ。しかしこいつらは、それさえも出来ていない。察するに狩りを成功させる事が出来ず、契約破棄を繰り返して来たのだろう。終いにはどの契約も結ぶ事が出来なくなり、後は負の連鎖で今の生活を虐げられている。ま、端的に言えば、こいつらは、海を越えるのが早かったのさ」

「Dって……そんなレベルで海を?」

 有り得ないと元が驚きの声を上げた。通常、獣のランクはSクラスからCクラスが共通認識だ。Dクラスは、元であれば素手でも倒せるレベルで、移動スピードは遅く、町の防壁すら突破出来ない獣である。

「そうだ。この土地でDクラスといえば、一つ前の土地で楽に倒せるBクラス程度。特段、規定がある訳ではないが、海を越える基準は、最低でもAクラスを倒せなければ次の土地は難しい……と言われている」

 元は口をあんぐりと開けて、少年達に目を落とす。その視線を避ける様に、二人はバツが悪そうな表情を浮かべている。

 元達も海を渡る事を決めた時から、狩りをSクラスに絞ってきた。Aクラス以上の狩りでも、難なく倒せるようになって、海を渡ったのだ。しかしこの土地に来れば、Bクラスの獣でさえ命の危険を感じる事もある。だからこそエンダ達は用心を重ねて、満を持して海を渡るのだ。


 周辺に暫しの沈黙が流れると、重苦しい空気に、元はキョロキョロと居場所が悪そうに三人を見た。

 その沈黙を最初に破ったのは、ジョッシュだ。醜く眉を吊り上げ、吐き捨てる様に言葉を放つ。

「……そうさ。この土地に来て、一匹も倒す事が出来なくなった。

 あのさぁ、もう放っておいてくれないかな。何が託されただよ。勝手に盛り上がらないでよ」

 ジョッシュはそう言葉を繋ぎながら、自虐的に肩をすぼめ、禍々しく吐き捨てる。

「はいはい、僕らは落ちこぼれです。狩りが出来ないエンダなんて、生きている価値なんて無いんデショ。たく、さっきだって、あんな場面に僕らを突き出したりして、何なの!?」

 ジョッシュが嫌悪感を露わに、ハルをジロリと睨みつけた。その言葉にロッテが小さく唇を噛む。元は話の展開に付いていけず、三人を交互に見ると頭を捻った。

『えっと何々? あの時二人が飛び出したのは、人ごみに押された訳ではなく~、ましてや人ごみに弾き出された訳でもなく~ハルに突き出されたって事?』

 元は小さく頷くと、合点がいった。仲間を蔑(ないがしろ)にする二人が、何故あの場面で出てきたのか、不思議で仕方無かったのだ。ハルはハルで、当然の行為だと言わんばかりに、冷やかな視線を落としたままだ。その時、元の腹が大きく鳴った。

「で? ……どうすんの? お前さ、何か考えがあるんだろ? もったいぶらずにさ、早くしてくれよ」

 今までの経験から、ハルの思惑通りに事が進まなかった事は無い。口を尖らす元の声に、ハルも頷く。

「そうだな。迷惑だと言われて、尚お節介を焼くほどお人よしでもないか。

 よし、確認しよう。お前達、エンダとして生き長らえるか、このまま死ぬか決めろ。エンダとして生きていくのであれば、手を貸す」

 言葉とは裏腹に、一片の感情すら見いだせない声に、元は頭を捻った。二人の生死に関心がないのは明らかで、何故手を貸すなどと言うのか、元には全く理解が出来ない。

 重たい選択をさらりと迫られた二人は、互いの顔を見合せ言葉に詰まった。


 そこから、どれ程の時間が流れただろうか。ハルは微動だにせず、不動のように二人に目を落としていた。そんな空気に居心地の悪さを感じながら、元は空腹に腹を抱え、胡座をかいて座り込んでいる。当の二人は、視線を落とし膝に置いた手を見つめたままだ。

 変わらない状況に、ハルが小さな溜め息を吐いた。

「ま、それも良いだろう。元、行くぞ」

 そう短く言葉を発し途端に踵を返す。迷いを一切感じさせない後姿に、焦ったのは元だ。迷いなく歩みを進める後ろ姿に向かって、咄嗟に腕を伸ばしていた。

「え、ちょ。……このままだったら」

 制止を促す元の声に、ロッテが様々な感情が入り乱れたような表情を浮かべ見上げた。そんな中、ハルの無情な声が広場に響く。

「あぁ。死ぬだろうな。生死を問われて即答出来ないのは、是が非でも生きたい訳ではないのだろう。そんな輩だ。一度体勢を整えても同じ事を繰り返す。手を貸すだけ無駄だ」

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