第7章 麗しき姫君

第7章 麗しき姫君‐1

 一行は新たな依頼の為に、遥か千キロ先の王国ハッテン・ボルクを目指していた。元が珍しく依頼を決めて契約を交わした……というよりも、先に依頼を見つけ、手続きを完了してしまったのだ。



 カラーで青白く光る契約書に手を伸ばし、意気揚々と契約内容を読み上げ始めた。

「えっと、どれどれ契約内容はっと」

「……」

 獣のリストのページに指を掛けたまま、ハルが無言で見上げてくる。その視線を痛い程感じつつも、元はゴホンと咳払いを一つ落とす。契約の決め手は「場所」だけだったらしく、「ほほぉ、王国での護衛かぁ」今更そんな事を呟く始末だ。

「……」


「何故、この依頼なんだ」

 王国にギヴソンを走らせている途中だった。冷やかな目線を向けてハルが問うた。元は強引に推し進めた事に多少の罪悪感を感じているものの、ハッテン・ボルグに向かう気持ちの高揚感に鼻歌まで出てしまう。

「何でって。どうして、この依頼の素晴らしさが分かんねぇかなぁ。こんな条件の良い依頼なんてあるか? 報酬が通常相場の倍だなんて、もう最高じゃねーか。おまー知ってるか? ハッテン・ボルクって国は、豊富な資源と気候がいーって事で、多くの人が行きかう王国だ。通常聞けないような情報だってゲット出来るかもしれねぇじゃん。

 し・か・も・依頼主は王国だなんて、受けない方がどうかって話だろ?」

 鼻の穴を広げて捲し立てながら、ズラズラとリストで読んだ情報を並び立てている。

「すげぇだろ? 一般人が城内に入るには、様々な制限があるしさ。この依頼を受けりゃー、そこに大手を振って入れるんだ。受けなきゃ勿体ねぇじゃん」

 ハルは何一つ響かない情報に、更なる冷やかな視線を投げ掛けているだけだ。その無言のプレッシャーに押し潰されそうな感覚に陥りながら、ブクッと頬を膨らませた。

「……何だよ! お前だって俺の助言を完全無視して、強引に依頼受けまくってるじゃん。百の内、一回位は俺が受けてもいいじゃん!! 今回は俺一人でも、なんてことない依頼なんだからさっ。自分は休んでいればいいじゃん! フン!!」

 子供みたいに首を振る元を見て、「そんな簡単な依頼か?」そう呟くハルの言葉も、浮かれる耳には届きはしなかった。

 

 しかしそんな気持ちとは裏腹に、ハッテン・ボルグまでの道中は、決して楽なものではなかった。移動距離が長かったせいもあり、休む間もない狩りの連続に、元の体は悲鳴を上げた。しかし元の苦難は、何も狩りの回数だけではない。ハッテン・ボルグまで、ハルの反対魔法を禁止した事が大きい。

「今回の依頼を受けたのは俺だ。だったらこの期間は俺の言う事を聞け。反対魔法は絶対禁止。倒れたお前を気遣いながら、自分の依頼を達成するなんて無理。もしそんな事態になったら、俺はお前を恨むからな!!」

「……いいだろう」

 別段元の脅しも契約も興味が無いが、様々な思考の結果、その申し出を受け入れた。

『いや、勿論、はなからハルの反対魔法に頼るつもりはねぇんだけど』

 しかしその常識外の力に、不本意ながら助けられていた事を再確認させられる結果となった。元来、このパーティに戦士は一人だ。そんな当たり前の事が、当たり前でなくなっていたことに、ボリボリと頭を掻く。

『随分、楽していたんだな……。てか、どれだけ獣を倒したっけ』

 元は指折って、この道中に倒した獣を数えたが、7を数えたところで数えるのを止めた。苦しい狩りの連続だったが、「風凪」「響」を次々と会得し、ようやく狩りが楽に成った事だけは救いといえる。

 ハッテン・ボルグを目前にした頃には、ゲッソリと疲労が色濃く出た。しかし逸る気持ちは、留まる所をしらない。こけた頬をグッと上げてニカリと笑う。

「全然、平気!! 俺、絶対この契約成し遂げてみせるぜ」

「……見えたぞ、ハッテン・ボルグだ」

 ハルの言葉通り視線の先には、彼方に城の屋根の部分が微かに見えてきている。

 

「うっひゃぁー、すげー」

 王国を象徴する赤布に黄金獅子の旗が、至る場所にはためいている。当然の様に元のテンションは、今や最高潮に達していた。元の興奮も無理はなく、降り立った城下町は活気に溢れている。多くの人々が、行き交う巨大都市だ。今までも大きな町は見てきたが、これ程の賑わいは初めてである。建物一つとっても相当な規模であり、多くの民が生活しているのが伺い知れた。

「こんな世界があんだなぁー」

 そんな感嘆の言葉にも、ハルは相変わらず感情が読めない表情を浮かべるだけだ。しかしハルもまた、世界の大きさと広さに感慨深いものを感じていた。

『今は世界を回っているからかもしれないが、様々な世界や生き方があることを知った。人は思っているよりも、ずっと自由なのかもしれない。……お母さんは、海外はおろか国内すら。……私が居なかったら、もっと自由だった』

 ハルはそこまで考えて小さく笑う。

『母の事を想うと、ネガティブになるのは悪い癖だな。仮の話をしても仕方がない』

 そこで思考を止めると、暫し間、城下町の音に耳を傾けるのだった。

 

「これからどうするんだ」

 ハルの問いに、元は城に目線を向けた。城下町から小高い崖に位置する城は、まだかなりの距離がある。ここから見ても相当の大きさだ。城は威厳と高貴さを象徴するかの様に、静かに厳かに佇んでいる。

「あぁ、今から城に行ってエントリーしてくっから。全く、お前が狩りを沢山契約すっから、期日がギリギリになっちまったじゃねぇか。この依頼に沢山のエンダが登録しているらしいからな、早く行かねぇと。ハルはどうする?」

 その能天気な言葉に、失笑を浮かべカラーを指差した。

「沢山ね、まぁいい。先ずはカラーで、狩りで得た宝玉を換金してくる。その後は図書館か。今回は依頼が終わるまで、別行動になるな」

 元はグィと背伸びをしながら、

「オッケー。んじゃ、はぐれた際のルール適用って事で。別れた場所から一番近いカラーで一ヶ月後な。もしそれまでに落ち合わなかったら別行動だ」

 淡々とルールを伝える声に、ハルは呟きを返す。こんな広い世界だ。万が一、逸れたら二度と出会えない。「元」ハルが言葉を繋げた。

「エンダが死んだら、カラーに情報が流れるのは、知っているな?」

 向けられた言葉に、一瞬キョトンとした表情を浮かべた元だったが、その意味を理解したらしく憮然と答える。

「どーゆー意味だって。こんな依頼内容で死ぬかよ。ただの護衛だぜ? ちゃっちゃっと終わらせて来るからさ」

「……ちゃっちゃっ、とね」

 ハルは城を振り返ると、はためく赤い旗に瞳を細めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る