第7章 麗しき姫君‐2

 ガラン!

「らっしゃーい!」

「カラーへようこそ~!!」

 ハルはカラーの扉を開けた。外部の光を一切遮断する構造で、昼間なのに夜の賑わいだ。店員達の明るい声で、カラーの中は更に活気付く。

「今、新しい契約が入ったよ~。獣のレベルはC´だ。宝玉の色は、スカイブルー! レベルの割に、報酬が高いお勧め案件だよ。早いもん勝ちだ。さ~見て行きな!!」

 店の親父が契約書を大きく振った。声に反応した数組のエンダ達が群がるように集まっていく。その人混みを避けてハルは中央に進んだ。

「注文をどうぞ」

「ミックスジュース」

「かしこまりました。十五ギラです」

 手渡された飲み物を片手に店内をグルリと見渡した。昼間から酒盛りをしているパーティも居れば、武器防具を丹念に整備しているエンダも居る。元々エンダが集まる場所ではあるが、町の熱気に充てられているのか、他のカラーのそれではない。

『カラーはこの世界に居場所がない、エンダの安息の場だ。それが王国のカラーともなれば、所狭しとエンダが集まって来るのも無理はない、か。ふん、ここの情報は、この地の全てのカラーで引き出す事が出来る。だとすると、こいつらは買物ツアーか、おのぼりさんというところだな』

 そう思うのに自分がこの場所にいる事が可笑しくて、ハルは少し笑った。元が契約していなければ立ち寄らなかった国だ。

『確かに情報量は多いだろうが、欲しい情報は何もない。 全く、あいつは何が目的なんだか。……しかし、たまには良いのかもしれない。こんな時間も』

 肩のタロを撫でながら、カウンターに移ると、置かれているリストに手を伸ばした。誰も気にしていないのだろう。うっすらと埃が溜まっている。ハルは、リストをパラパラと捲った。

 このリストは、エンダの情報誌みたいなものだ。総エンダ数八九五名と書かれている。

『一時期は千名単位にもなったらしいが……悲劇の王国「ダリア・アイ」の影響か。しかし、エンダがエンダとして死した数が把握出来るのは何故なんだ。……自分がエンダになった瞬間も、ここに名が上がったのだろうか』

 リストにそっと掌を重ねた。今正に、エンダが生まれた記憶と、死した記憶が浮かび上がっている。

『我々の行動は監視されているのだろうか……。いや、そうとすれば、あの骸骨が私を殺しにきても不思議はない。それとも興味が失せているのか……どちらにしても気味の悪い限りだ』

 

「換金でございますか?」

 顔に張り付いた笑顔を浮かべる店員にハルは袋から宝玉を取り出す。カウンターには、色彩豊かな宝玉がゴロリと転がった。

「ほほほぉ、随分と狩りをしたようだな。十個か……全部A以上か、やるねぇ。お、いやCもいるか、間違っちまったのか? ガハハ!」

 このカラーを切り盛りしている親父がでかい腹を揺らして声を掛けて来た。兄弟・従兄弟で経営しているのか、カラーの親父はみな同じ顔だ。鼻下に蓄えた髭を擦りながら、ハルの宝玉を覗き込んでいる。

「見た所、ヒーシャのようだが。おいおい〜それに子供じゃないか、仲間がいるのかい?」

 ハルは親父の言葉に、小さく「ふん」と鼻を鳴らす。

「……エンダが、見た目通りの人間な訳がないだろう」

「そりゃそーだ。姿形は子供でも、中身は大人ってね」

 遠慮のない言葉だ。親父は大きな腹を抱えて笑った。 エンダの事情に詳しいのか、流石はカラーの運営者だ。他の民とは一線を期す。

「でも、ヒーシャだろう? 武器でも使わない限り、獣を狩るのは無理だ」

 ハルは女性からキャッシュを受け取ると、二人のカードに均等に入金した。この報酬がエンダの生活費になるのだ。この世界の通貨は単一で、殆どの町や村でこのキャッシュが使用出来る。

 元もハルも物欲に支配されておらず、必要最小限の買い物しかしない。その為、主な使い道は宿代と食事位だ(とはいえ、二人とギヴソンの食費は、結構な金額になった)。横から見ていた親父が感心するように明細書を覗き込んでいる。

「ほほーすげぇな。町一個買えそうな位貯めてんじゃねぇか。武器やら防具やら魔石やらで、何だかんだ金がかかる生活なのに、これはすごいな。何か買いたい物があるのかい? 良かったら、知り合いの武器屋を紹介するぜ。名のある職人の作品を置いてるぞ」

「結構。杖は持たない主義だ」

 親父の言葉をバサリと切り捨てた。ハルは、機動性を重視する戦い方に重きを置く為、魔力の効果を多少上げる程度の杖は所持していない。

「魔石はどうだい? うちにもいくつか置いてるよ」

「それも必要が無い。魔石を身につけると、体がそれに慣れてしまうからな」

 ボソリと呟くハルに、親父は「体が慣れる~?」そんな表情を浮かべている。

「でもお嬢ちゃん、耳のそれ、魔石だろ? ん? 随分とちゃっちぃ石だね~この地で見ないぞ。何の効力があるんだい?」

 しつこく聞いて来る親父に溜息を吐きながら、ハルはピアスに手を掛けた。魔石は申し訳ない程の大きさで、透明度の高い白色を湛えている。

「……これは、お守りだ。金は老後の資金用だ」

 そうはっきり答える姿に、ぽかんとした表情のまま親父は言葉を復唱した。

「老後……」

「冗談だ」

「……は、はは」

 エンダが老後を心配するか? ハルの本気とも冗談とも取れない言葉に、親父は愛想笑いで場を誤魔化す。

『……エンダは早死にするって思っているな。ま、当然の発想だ。エンダの寿命は驚くほど短い。戦いで死ぬ確率が圧倒的に高いからな。しかしそれ以外にも突然相当数のエンダが死亡リストに上がる事があるらしい。原因は不明……か』

 仲間らしき人間が周りに居ないハルに、親父は未だ心配そうだ。

「しかし、嬢ちゃん一人かい? 仲間と逸れたか? ま、この地まで来ると良くある話さ。何なら、どこかのパーティを紹介するかい? ほら、あそこに強そうなパーティがいるだろう? あんな大所帯だ。ヒーシャの一人や二人、受け入れてくれる。もし実力があるなら、現ヒーシャの座を奪っても……」

 カラーは、獣の情報の他にエンダの出会いの場としても使われている。仲間と逸れたエンダが別の仲間を探したり、より良いパーティを探して現存のパーティと離れたり、またスカウトしたりと、結構生々しい事が行われていた。エンダは獣を倒す名目だけで、自身のスキルを向上させている訳ではない。厳しい現実とも向き合っているのだ。

「パーティから外すって、何だよそれ!!」

 店の奥から男の声が響き渡った。店の親父が「お、早速始まったか」そうニンマリ笑う。

「だってよぉ、もっと魔法を使えるエンダが見つかったんだ。お前、中々スキル上がらねぇじゃん? これから獣も強くなってくるしさぁ、正直お前じゃ辛いなぁって仲間と話した結果っていうか」

「ちょ、ちょっと待ってくれよ。スキルがって、もう少し待ってくれ。ドでかい魔法の原理は感じているんだ。もう少しなんだ……!」

 この世界において単独の狩りは無謀だ。パーティに所属出来なければ、野垂れ死にしてしまう。男の懇願に別の仲間の声が笑い声と共に響く。

「もうちょっと、もうちょっとって、一体何時まで掛かってんだよ。そう言ってこのパーティに入ってきた癖に、ホント期待外れだったよな」

 

 仲間を外したり入れたりと、カラーでは日常的に行われる光景に、周りのエンダ達の関心はない。

『新しいメンバーは、利点もあるだろうがリスクも高い。安易になりつつあるパーティ編成替えは、由々しき問題だな』

 パーティから外される危機に面している男の嘆きを聞きながら、ハルはそんな事を考えていた。押し黙るハルに、親父は返事を待つまでもなく、どんどん話を進めて、終いには指差したパーティまで引っ張っていきそうだ。ハルは親父に掌を向け言葉を繋ぐ。

 

「結構だ。連れがいる。別の依頼で城に行っている」

「ほほー」

 親父は驚いた表情を浮かべた。しかし視線はパーティから外された男の動向を追っている。万が一、自暴自棄になって暴れられては困るからだ。

「城? まさかあれかい? この王国のお姫様を護衛ってあれかい? まだ受ける「馬鹿」がいるんだなぁ。がははっ、おっと~失礼」

「やはり、いわくつきか」

 そうだろうな、とハルは納得して頷く。いくら王国の依頼とはいえ、破格の契約内容だった。そんな契約には必ずといって裏がある。

「いわくつきも、大いわくつきの物件だぜ。大体あの懸賞金……あり得ないだろう。通常相場の倍ときたもんだ。しかも内容といえば、お姫さんの護衛だけっていうからな。告知されている内容もこれだけ。怪しいったら、このうえ無いね」

 ここで親父はカウンターの女性に声を掛けて、ゴツイ瓶に入った飲み物を持って来させた。それを豪快に半分飲んだところで、大きく「プハー!!」と息を吐く。

「それこそ始めは、応募が殺到したけどな。今では情報が伝わっていない「おのぼりさん」だけさ、この依頼を受けんのは」

「ほぅ……馬鹿でおのぼりさん、ね」

 ハルはグビリとジュースを飲むと、能天気に笑う元の顔が脳裏に浮かんだ。

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