第6章 重なり合う道‐16
乗り出すミディに気圧されつつも、ララは申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「ハルさんの言う通りよ。発動した魔力をコントロール出来なくなったの。狩りの最中に魔力の使い方を教わったんだけど、身体に蓄積された魔力が膨れすぎてしまって。抑えきれなくなったの」
恥ずかしげに落とされる声にナツメが「おお!」と感嘆の声を上げた。大袈裟に両手を広げカッと瞳を見開く。
「あの狩りの最中に? すっげえじゃん。コツみたいなやつ? いいじゃん、ミディも教えて貰えよ~」
はぁ? そうミディが眉間に皺を寄せ鋭く睨む姿に、ナツメはおどけて肩をすぼめてみせる。オプトは拒絶を露わにする様子に視線を向けると、ニッコリと微笑んだ。
「まぁ、それはミディの好きなようにすればいいさ。あ、ララ。ハルさんが「ララの魔法はセンスがいい」って褒めていたよ。反対に……ゴホン、いや何でもない」
「……反対にって何? もしかして私のことじゃないでしょうね?」
ミディがソファーに体を沈め、ジッと睨み付けてくる。狩りさながらの殺気にララは慌てた。
「ハルが、何?」
「あ……いや、いいよ」
「いいよって何? ……オプト?」
「う~ん?」
歯切れの悪い態度に、ミディが無表情で頷いている。その迫力に観念して、渋々オプトは口を開いた。
「えぇっと、何て言っていたかな? 確か、【このままだと、近い将来ミディが一番お前達のお荷物になる。その日が来たら早く見切りを付けて、他のマジッカーを探した方がいい】なんて言ってた……?」
そう大きく首を捻りながら、ナツメに同意を求めた。
「お荷物」だの「見切り」だの失礼極まりない単語の羅列に、ミディの眉がピクリと動いた。自身の能力の高さは自他共に認めるところだ。他のマジッカー達と比べても使える魔法は群を抜き、殺傷力は言わずと知れた。その自分がパーティの足手纏いになると言われたのだ。勿論、心中穏やかではない。
「へぇぇぇ? 私が一番の足手纏いって?」
凄むミディに、ナツメがやんわりと補足を入れた。
「勿論、俺達はそんな事思っていないけど、ハルさんが言うにはさぁ、【ララは己の秘めたる力に気付かず、コンプレックスで魔力に力が伝わっていなかった。コツさえ掴めれば、これから飛躍的に成長する。しかしミディは違う。確かに魔力は強いが原理も何もあったものではない。あれでは魔力の無駄遣いだ。潜在能力の高さから魔法原理を意識しなくても、何となく使いこなせてきたのだろう。そんな事では、近い将来成長が止まる】ってさ。あ、俺はそんな事、思っちゃいないけどね」
ナツメの言葉に、今度はオプトが頷く。全くフォローになっていない。二人のらしくない強引な展開に(わざとらしさに)、ララが目を白黒させて交互に見入る中、ミディがスクッと立ち上がった。
「ミディ……?」
「私……いつかまた、あの二人と会う様な気がするわ。会ったら、あの女に「お荷物」って勘違いでした、ごめんなさいって言わせるわ、絶対。ララ、体調が戻ったら、そのコツってやつ、教えて!」
そう低い声を落とすと、もう振り返る事なく広間を後にした。
「ミ……」
後を追いかけようと、腰を浮かせたララを、オプトが静かに制止する。
「二人とも、言いすぎよ!」
向けられた非難に、オプトが苦笑いを浮かべ、ナツメが両手を上げた。ミディには言えないが、実はハルからある使命が下っていたのだ。
【ミディに、ララから魔力の扱い方のコツを聞く様に仕向けろ。私が伝えても、素直に聞くタイプではない】
「俺達には、魔法が何たるかなんて分からないから。ハルさんの言葉には説得力があったし」
「そーそー、あの鉄仮面で【ミディの為を思うなら】って言われてみ? 確かにあいつは素直に聞くタイプじゃないし。ま、ちょっと強引だったケドネ。あ、そういえば俺、最後の最後まで名前呼ばれなかった。どういう事?
……そうそう、こんな事も言ってたっけ。【そこそこの獣を相手にするのなら、今まで通りでいいだろう。しかし命をかけなければ倒せない獣が出現した時、パーティを存続させたかったら考えて行動するんだな】ってさ」
ララの心臓がトクリと跳ねた。ララが己の能力の低さを悲観し、パーティを離脱する可能性をハルは気が付いていたのだ。
ナツメがハルの言い方を真似る隣で、オプトは苦笑いを浮かべていたが、ふと意を決したように二人を見据えた。
「俺さ、本気で仲間になってほしくて、実際二人が出発する前にも声を掛けたんだ。ハルさんがリーダーだったら、このパーティをより良い方向に導いてくれるだろう。それ程客観的で冷静だ。今回の狩りで自分の甘さが身に染みたよ」
オプトの突然の告白に、二人は言葉を無くした。ハルをリーダーにと願う想いの深さに驚いたのだ。ナツメが顎髭を擦りながら、真剣な眼差しで問う。
「で?」
「断られた」
「何て言われたの?」
「お前達レベルの人間とつるむ気はないってさ」
その言葉に、ナツメがブゥ~と噴き出し、頭を掻きながら笑った。
「たく、ハルさんらしいよな」
悔しいが納得もしてしまう。今回の旅は、全てハルの掌で踊らされていた様なものだ。終始キツネに包まれた様で、一体何が本当だったのか今でも分からず仕舞いだ。
「そんな人に大丈夫って言われたんだ。ララ、自信持っていいよ」
オプトが白い歯を見せて笑う言葉に、ララはポカンとした表情を浮かべている。ナツメが元の声色を真似て、言葉を繋げた。
「元も言ってたぜ。【ハルにしては珍しく他人に係ってんな~。珍しい。こいつさ、自分以外の事には本~当に興味が無い奴だから、言葉はきついけど、ララに期待してんだと思うよ……多分な】ってさ」
ナツメの言葉に二人はプッと噴き出した。元とハルを思い浮かべながら、ララがボソリと呟く。
「また会えるかな」
「俺は……また会えそうな気がするよ」
「今度こそ「ナツメ」って呼ばせてみせるからな」
本気とも取れる意気込みに、オプトとララは、その時の二人を想像し笑った。
「もう少しゆっくりしてから」
そんなララを残し、オプト達は広間を後にした。真剣な表情を崩さないオプトを横目に、ナツメが大きく上半身を伸ばしながら問う。
「て言うかさぁ、オプト~良かったのか? 一緒に旅に出たかったんだろ」
「まぁね。俺にあんな狩りは、到底出来ない。皆に申し訳ないよ……」
肩をすぼめ視線を落とす姿に、頭を軽く叩くと、ナツメは腕を肩に廻す。
「おいおい。リーダーがそんな弱気じゃ~困んぜ? 元も言ってたじゃん、全ては経験だって。そうやって選択肢を沢山増やしていくんだってさ。俺達はもっともっと強くなるよ。俺が言いたいのはさ……」
声のトーンを落としたナツメに、オプトが耳を傾けている。
「いや……いっか」
そう言うと、オプトの肩を組み笑った。その笑いにつられ微笑みながら、あっという間に過ぎた一カ月をオプトは思い返してみる。ミディと元の接点がなければ出会う事のない恐らく出会うことはなかっただろう。にも係わらず、ここまで印象深いパーティと出会えたことに不思議な感銘を覚える。
【オプト……我々はエンダとなり、人外な力を手に入れた。しかし人である事には違いがない。それを忘れるな】
ハルから最後に向けられた言葉と、真っすぐ見据えるその視線に、オプトは何も言えなかった。
『どんな想いが込められていたのかな……今度会ったら聞いてみたい』
皆が居なくなった広間で、ララはクッションをギュッと抱きしめた。
『私のコンプレックスを読み当てて、そこから解放してくれた。……そうか、私、お礼を言いたかったんだ……』
ぼんやりとそんな事を考えていた。結局何一つ、ハルの事は分からずじまいで、とても惜しいような気持ちになる。同じヒーシャとして、もっと話してみたかった。
【ララは己の秘めたる力に気付かず、コンプレックスで魔力に力が伝わっていなかった。コツさえ掴めれば、これから飛躍的に成長する】
そんな言葉を思い出し、ララはクッションの中に顔を埋めた。嬉しさで顔が紅くなり、胸が熱くなる。
『今度会える時が来たら、もっと成長した自分を見てもらいたい。その時は、もっと語り合う事が出来るのかな……』
元達は果てしない草原をギヴソンで駆け抜けていた。オプト達が滞在する町は、もう遥か彼方だ。
「一ヶ月ってあっという間だったなぁ。こんな広い世界だもんな。もう会えないよな。この一カ月、狩って、バカやって、笑って……ホント、楽しかったなぁ」
元は考える事に集中をすると、脳と口が直結してしまう。付き合いが長いタロは、クワワァと大欠伸を向けた。ハルはハルで特に反応もせず前を見据えているだけだ。
「あんな馬鹿やって、沢山話したのってエンダに成った時以来だな」
当初元達が目指していた町までは、まだ数十キロある。地平線の彼方に目を走らせる元は、手綱を操りながら目を細めた。
「そうそう、あの蛾の成虫が……」
その思考が思い出話まで広がりを見せた為、ハルが一度視線を落とした。独り言にしては、些か大きい呟きに業を煮やした結果だった。
「奴らと旅をしたいのなら、今からお前だけ戻ればいい」
ハルの言葉は嫌みでも牽制でもない。あくまで言葉の通りの意味だが、元はビクリと身体を揺らした。加えて自身に、独り言の自覚がないのだろう。ワタワタと焦りながら、一際大きな声を上げた。
「はぁ? 何言ってんのお前。お、俺よりも、お前の方が、あいつらと一緒に旅した方が良かったんじゃないのか? 一緒だったら絶対に強くなるぜ」
その言葉に『気づいていたか』そんな事を思いながら、ハルはポツリと応えた。
「強くなるかは分からないが、あのエンダ達が常軌を逸している点は同感だ。事を成す人間というのは、奴らの様な人間を言うのだろう。格が違いすぎる」
『お前達レベルの人間とつるむ気が無いって、そう言う意味か』
「だったら、お前も狩りについてくれば良かったのに。一ヶ月もさぁ……」
何日も会えなかった時間を思い出し、元はプクリと頬を膨らませた。しかしそんな様子をよそに、ハルは淡々と言葉を繋ぐ。
「魔法は見て学べるものではない。己の中にある力と向き合う他に、成長する方法は無いからな。まぁ、力が及ばないのは悔しいが、奴らとは違う方向で生きて行けばいい」
「え……」
ハルの口から「悔しい」などと人間臭い言葉が出た事実に、元は耳を疑った。誰よりも状況を把握し、高みから見下すハルこそ、常軌を逸した人間だと思っているからだ。そして、それを自負する人間だと思っていた。
「及ばないって、全然違うじゃん。おめぇが、あいつらの何に劣ってるって言うんだよ」
「今はそうだろう。しかし、いずれ簡単に抜かれる。例えば魔力を使う者にとって、一番重要なのは魔法が要求する魔力をどれだけ保持しているかに尽きる。ミディとララは、こんこんと湧き出る泉の様に、枯れない源泉を持った能力者だ。魔法は一つの元素から限りない可能性を持っているが、複雑に成る程、使用する魔力は膨大になる。魔力が枯れれば術士の命から代償を払わねばならない。あの二人は魔法の果てなき要求に、難なく応える事が出来る。……ま、あのエンダ達の可能性は、それだけではないが」
ハルが呟く言葉に、元は思わず口を噤んでいた。狩りの最中に同じ感覚に陥った事を思い出す。
『俺もオプトに同じ事を感じていた。同じ戦士として、あいつの戦闘のセンスは、もうチート要素って言うか。近い将来、絶対に抜かれるっていう、嫌な確信をヒシヒシと感じるんだ』
一狩りを重ねるごとに、オプトの一太刀は鋭さを増し、その成長は目を見張るものがある。技に見惚れたのは、一度や二度どころではない。
「ララや、オプト、あと何気にミディにまで、指導してたくせに」
「あんな奴らは、それこそ極限まで強く成ってもらわなければ。個々のエンダの成長は、この世界にとって最重要課題だ。その一石になるのも一興だろう」
「ふぅ……ん。あ、ナツメは?」
「あの男は、ポケットから手を出せばいいんじゃないか?」
スタイルで狩りをするナツメに興味がないのだろう。元は苦笑いを浮かべたが、次には自身に言い聞かせるように言葉にした。
「でも俺、ただで抜かれてやる気はねぇから」
「無論だ。我々が生き延びていれば、また会う機会もあるだろう。その時まで精進あるまでだ」
鼻息を荒くする元とは反して、ハルの声は乾いた土地に溶けてしまいそうな程 小さかった。しかし今まで見せなかった一面を垣間見れた気がして、元は何故だか胸が熱くなる。
『あいつらと会えて良かった。色んな意味で、いい刺激になったな。俺には才能なんてねぇし、努力に勝る才能は無いなんて、そんな青臭い事は言わねぇ。あいつらは才能に努力を重ねて来る。……でも、自分に恥じないように、後悔しないように生きて行くんだ』
渇いた風が鼻先をくすぐる。ここ一帯も穏やかな気候らしい。眼の前に広がる色鮮やかな草原に、眼を細め元は声を発した。
「俺らエンダってさ、狩りだけじゃ、ねぇんだな。友達とか仲間とかさ、悩んだり、喧嘩したり笑ったりして、ちゃんと人として生きてる……俺達もそうだよな」
元の声は消え入りそうに小さく、当然にしてハルに応える気配は無い。
『聞こえなかったか』
そうホッとした反面、仮に聞こえていたら何て答えるのだろうか……そんな事をぼんやりと考えていた。
「…………そうだな」
「え?」
元はハルが返事をした気がして、グルリと顔を向けた。しかし不動のまま、ハルに動く気配はない。真っすぐ同じ姿勢と表情で、前を見据えたままだ。
『あれ? 空耳? ……ま、いっか』
元は緩む口元に「だよな」そう呟きを返していた。
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