オトメユリのせい


 ~ 五月二十四日(木) 放課後

           14秒74 ~


   オトメユリの花言葉 私の心の姿



 おおよそ二人三脚とは思えぬ猛ダッシュ。

 おおよそ二人三脚とは思えぬ好タイム。


 日々の特訓が実を結び。

 とうとう一度しか転ばずに走り切ることが出来るようになった藍川あいかわ穂咲ほさき


 相棒の渡さんと一緒に、会心の結果にハイタッチ。

 なんて男らしいのでしょう。


 そして、二人をはらはら見守る俺の手には、穂咲の頭からエスケープさせていた、ピンクの可愛いオトメユリ。

 ……なんて女らしいのでしょう。


 今朝の俺は、すっかりみちこちゃんでした。



 さて、いよいよ本番間近。

 日曜日の体育祭に向けて、今日は一、二年生による準備デーとなっていて。

 俺たちのクラスは、男子は入場ゲート。

 女子は各所に貼るポスターを作っています。


 ですが。

 女子の方は司令塔が何人もいるせいで混乱し。

 男子は逆に司令塔不在なせいで効率の悪い事。


 難航に難航を重ねていましたが。

 渡さんが男子の監督をし始めたことにより。

 ようやく形になってきました。



「ちきしょ、何度やっても曲がっちまうなあ。道久、そっちはどうなんだ?」

「こっちは上手くはまってるけど」

「だったらどこかで歪んじまってるんだ。おい中野! ぼーっと見てねえで手ぇ貸せよ!」


 何となく集まったメンバーでフレームの一部を組み立てているのですけれど。

 それを遠巻きに、見た目も言動も不良な中野君が見下ろしていました。

 なので、中野君と小さな頃から知り合いの六本木君が声をかけたのですが。


「うるせえなあ。運び下ろすときは手伝うから言えよ。その、ちまちましたのは任せた」


 ううむ、アウトローなのです。

 でも中野君、実は凄く優しいヤツなのです。


 そう言えば、サッカーの時には結構真面目にやってましたけど。

 六本木君並みに足が速かったよね。


 何となく気になったので、柱にヤスリ掛けしながら聞いてみました。


「六本木君と中野君って、どっちが速いの?」


 すると、てっきり六本木君が反応するものと思っていたのに。

 意外にも中野君から返事が来るのです。


「今はそいつの方が速いだろうが、小学校の時、二人三脚で競争したことがある」

「え? 二人三脚で競ったら、パートナーの速さで決まっちゃうでしょうに」

「いや、俺たち二人で二人三脚して、そして競争になったんだ」

「足、結んであるのに?」

「ああ」

「競走したの?」

「……ああ」

「バカじゃない?」

「んだと秋山ぁ!」

「ひい!」


 首をすくめる俺に舌打ちなんかして。

 中野君、怖いのです。

 眉に入った傷も手伝って。

 ビジュアル的にもハンパないですし。


 そんなやり取りをニヤニヤしながら聞いていた六本木君が。

 釘をペンチで引っこ抜きながら話に混ざってきました。


「よせよ中野。そういうのは、性根から嫌な奴がやるからかっこいいんだ」

「……どういう意味だよ」

「お前、中途半端に優しいから似合わねえ」

「うるせえ。寝言は寝て言え」


 実は俺も、かつては距離を置いていたのですけど。

 中野君の本当の姿を見て以来、こういった言動が少し微笑ましく見えるのです。


「そうだよね。中野君、ほんとに優しいので」

「てめえもかよ秋山。寝かすぞ」

「だって去年の秋口にさ、電車で赤ちゃんが泣きだした時にさ、サラリーマンのおじさんがお母さんに向かって、うるさいから次の駅で降りろって怒鳴った時、そのおじさんの胸倉掴んで、だったらてめえは赤ん坊の時泣かなかったんだなって…………んでもないです」

「柱の代わりに、お前に釘を打ってやる」


 にらまないでよ、怖いよ中野君。

 何か違う話題で誤魔化さないと、体育祭の間、ずーっと立ってることになる。

 ええと……、あ、そうだ!


「その二人三脚、結局どうなったのさ?」


 俺が六本木君に視線を移して聞いてみると。

 こいつは咥えていた釘を取りながら中野君を指さして。


「こいつの方が速かった」

「へえ! そうなんだ! ……ん?」


 二人三脚で?

 結果が出たの?


「……なあ、秋山。二人三脚で一人が前に出たらどうなると思う?」

「ああ、それならここんとこ毎朝見てるから知ってる。前の人は顔面から『行っ』て、後ろの人は尻もちつくんだ」


 そう答えたら。

 中野君は、きりっといかつい眉を指さして。


「……そん時、『やっ』ちまったのがこのキズだ」

「うげ」


 中野君の眉の傷。

 意外なルーツを知ることになりました。

 その昔話を間近で見ていたはずの六本木君。

 けたけたと笑いながら。


「こいつ、滝のように血が噴出してよ! あんときお前、泣いてなかったか?」

「さあ、覚えてねえな。だが、てめえが今みたいに大笑いしてやがったのはよく覚えてる」

「……最悪です、六本木君」


 お腹を抱えて笑うひとでなしを呆れ顔で見ていたら。

 優しい中野君が何かに気付いて、俺に教えてくれました。


「……藍川がふらふらしてる。行ってやれ」

「ああほんとだ。じゃあ、後は任せたのです」


 俺が立ち上がると、やれやれと言いながらもヤスリを手にした中野君。

 やっぱり優しいヤツなのです。



 さて、そんな彼が教えてくれた通り。

 ふらふらしながら作業をしていた穂咲なのですが。


「どうせ昨日のショックで、何にも食べてないんだろ?」

「うう、図星なの。なのにあたしのショーケースには今日も最高級のお肉が陳列されてるの」

「……早く売れると良いね」


 女子が作るポスターは。

 書道部の三井さんが標語を書いて。

 他の皆がシールを貼って装飾するという手順で完成するのですが。


「秋山。ちょっと穂咲の相手しててくれる?」

「穂咲の作るポスター面白いんだけど、今日の所は迷惑だから」

「はあ。いいけど」


 どうやら、ふらふら穂咲は作業の邪魔になっているようですね。

 一体どんなシールを貼っているのやら。

 こいつの手元に散らばっているのは……。



 『時には獣のごとく!』

 というポスターに『ナマケモノ』のシール。



「ぷっ! ……た、確かにこれは酷い」


 面白いけどさ。

 ええと、他には。


 『全力一杯!』

 に、『30%OFF』のシール。


 『あのゴールへ飛び込め!』

 に、クモの巣のシール。


 『輝く青春の汗!』

 に、洗濯機。


「…………よし。今夜このゲームやろう」

「なにがなの? せめて、このお肉がお見切り品ならすぐ無くなるのに」


 ああ、忘れてました。

 今のこいつは、精肉店の売上の事しか考えられないふらふら穂咲だったのです。


「だったら、俺が手伝います」

「どうするの?」


 もちろん俺は。

 『30%OFF』のシールを穂咲のお腹に貼り付けました。


 すると店長。



 泣き出しました。



 ……皆さん、違うのです。

 店長がお見切り品にしたいと言ったのです。


 でも、そんな意見も通用しなさそうな無言の圧力。

 仕方がないので。

 俺は泣いた子供の手を引いて、車両から外に出て行きました。

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