ボリジのせい
~ 五月二十三日(水) お昼休み 17秒78 ~
ボリジの花言葉 憂いを忘れる
昨日はお姉さんなところを見せて。
すっかり葉月ちゃんに気に入られた
軽い色に染めたゆるふわロング髪を、今日はつむじの辺りにお団子にして。
ボリジの花を一株活けています。
日本では
星形をして、マドンナブルーという淡く清々しい水色をしていて。
大変素敵なお花なのですが、一つ扱いにくい特徴があるのです。
練習の間、こいつを持っていてあげましたけど。
どこを持っても生えている綿毛がチクチク痛かったのです。
なんだか手のひらが、未だにかゆく感じます。
さて、普通。
二人三脚というものは。
リズムを合わせて走るところから。
徐々にペースを上げていくものなのでしょうけど。
この二人はいつだって、せーのからの全力疾走。
ゆえに必ず転び。
なにくそと競うように立ち上がって、また転ぶ。
この、二人三脚案件についてだけはとことん熱血なお二人さん。
転んだ回数がそのままタイムに直結するのですが。
本日、とうとう二回しか転ばずに走り切ったので。
信じがたいタイムが刻まれました。
そのせいで、ストップウォッチを持つ手に力がこもり。
ボリジを持つ手にも力が入り。
……未だに、手のひらがかゆいのです。
手のひらがかゆいのって、お金が入る知らせでしたっけ?
でも、現在はお金よりも。
カロリーが欲しいのです。
「本日は大記録達成のご褒美なのだよロード君!」
「具もない『春雨だけスープ』の、どのあたりがご褒美なのでしょうか、教授」
「私へのご褒美! 頑張ったから、麺が十本前後大盛り!」
「なるほど。だから俺の器の麺が十本前後減っているのですね」
今日も今日とてローカロリー。
体はもうちょっと無理がききそうですが。
そろそろ心が限界なのです。
ダイエットも佳境。
本格的に栄養バランスが心配になってまいりましたけど。
体育祭までにと決めた目標体重。
ひとまずそいつをクリアーすれば、元通りの食事に戻ることでしょう。
俺と教授、仲良く手を合わせていただきますをすると。
教授の隣に腰かけてお茶を飲んでいた渡さんが話しかけてきました。
「穂咲。私もなにか手伝うから、一人で頑張らないでね?」
「……じゃあ、
「いらないわよ」
「この商品棚にお引越しなの」
「撫でないでよ。引っ越しさせないわよ?」
呆れ顔で教授を見つめていた渡さん。
でも、何かに気付いてぎょっとした顔を浮かべました。
彼女の視線を追った先。
俺もあまりのことにびっくりです。
……教授が。
ポロポロと涙をこぼしていたのです。
「え? え? どうした?」
「どうしたのよ穂咲」
「…………なんで?」
教授は、ぽろぽろとビー玉みたいな涙をこぼしながら。
聞き取りにくい涙声でつぶやきました。
「なんでここに何にもついてないの?」
……渡さんのおなかをぺたぺたしながら。
バカなことを言い出しました。
びっくりして損した。
「今すぐあたしのお手伝いをしてほしいの。ロースのあたりもおすすめなの」
「お手伝いするって言ったのはダイエットの話じゃないわよ。瑞希ちゃんの件よ」
そうです、背中のロースをつまみながら、いつものペースでバカな話をしないでください。
今日は葉月ちゃんを交えて三人で朝練していたら。
瑞希ちゃんが偶然通りかかったのです。
そして、必死に練習する葉月ちゃんに向かって。
どれだけ頑張ったってあたしは出ないからと言い残して。
怒ったような、寂しそうな表情で校舎へ行ってしまったのです。
「あれにはへこんだなあ」
「そうね、私もへこんだ」
「なんで二人ともへこむの? なんであたしはへこまないの?」
「面倒ですね。いつまで豚肉の話をしてますか」
一人、未だにぽろぽろ泣き続けていますけど。
君が葉月ちゃんの件を何とかするって言ったのですから。
まじめにやって。
「おかしいの。運動して、ごはんも気にして頑張ってるのに、減らないの」
「気持ちはわかりますけど。それより今日は、お昼休み中に瑞希ちゃんを見つけて話を聞きたいって言ってたじゃないですか。早くローカロリーランチを食べちゃいなさい」
俺のまじめな顔に、教授はようやく頷くと。
ちゅるちゅると、薄味のスープから春雨をすすり始めるのですが。
そんな姿を見た渡さんが、衝撃の事実を口にします。
「……さっきから気になってたんだけど。春雨って、糖質が凄く高いからダイエットに向いてないんじゃなかったっけ?」
え?
まじですか?
一斉に俺たちは箸を止めて。
さらに教授は携帯をたぷたぷし始めたのですが。
「ギャーーーなのーーー!!!」
叫び声をあげると、今度は自分のお腹をたぷたぷして。
「ギャーーーなのーーー!!!」
がっくりうなだれて。
せっかくの、期間限定十本前後大盛り春雨スープを、俺に押し付けてきました。
「残りは道久君が食べるの……」
「いじめですか? 俺だってダイエットしてるのに勘弁して下さい」
「ダイエット? してたの?」
いけね。
つい、言ってしまいました。
「道久君、こんなに貧相なのに?」
「ほんとよね。前よりげっそりしてる気がするけど」
「二人そろって言い方が腹立ちますね。でも、少し重くなったのです」
そう白状した俺の体を、二人してぺたぺた触ってきますけど。
おなかを触っていた教授が、再び飴玉のような涙をこぼします。
「……なんでここになんにもついてないの?」
「もともとこんなもんでしょうが。でも重くなってるってことは絶対どこかにラードがいるんです」
「いえ、もしかして……。秋山、筋肉がついたんじゃないの?」
「なんで? なんでここになんにもないの?」
「邪魔ですね君は。……筋肉なんかつかないよ。だって運動なんかしてないもの」
「毎日何時間も立ってるのに? 十分運動してるわよ」
…………まじか。
「そう言えば、足ががっちりしてきた気がする」
「おかしいの。道久君もかすみちゃんも、おかしいの」
「だったらダイエットどころか、ちゃんと食べなきゃだめよ」
「あたし、おなかぺこぺこなのに。お菓子も食べてないのに」
「ほんとに!? そういうことならがっつり食べよう! いっただっきまーす!」
ここしばらく我慢していた反動もあったのでしょう。
俺は春雨スープをあっという間に平らげると。
さっき押し付けられた教授のスープも、いまさら涙目ですがる手を振りほどいて奪い取って、ぐびぐびずるずる飲み干して。
「教授! お代わり!」
「ぶたひさくんになればいいのーーーーー!!!!!!」
……そして、教授をすっかり怒らせて。
渡さんに厳しい一言を言われました。
「デリカシーを忘れちゃだめじゃない、ぶたひさくん」
「ぶひ」
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