ユリノキのせい


 ~ 五月十八日(金) 四時間目

          1分02秒29 ~


   ユリノキの花言葉 見事な美しさ



 幸か不幸か。

 未来の俺が、今の出来事をどちらに感じるのか。


 それが幸ならば、今の俺が幸福な未来を望んで動いた結果に違いなく。

 それが不幸ならば、そうならないよう、今すぐ動くべきである。


 by 俺。



「とはいえ、どう動いたらいいかまるで分らないのですが」

「いいから走れよお前は。ミッドフィルダーだろうが」


 四時間目、体育の授業は。

 先生の都合で一年生との合同授業となり。

 男子はサッカー、女子は応援という、実に男女平等な課題が与えられました。


 しかもそのお相手は、よりにもよって。

 瑞希みずきちゃんと葉月はづきちゃんのいるクラスだったのです。


 俺たちに気を使ってか。

 二人の後輩は、一見、何事もないようにふるまいますが。


 明らかにぎこちなく話し。

 お互いに目も合わせることなく。

 穂咲と渡さんを挟んだ形で体育座り。


 なんだか、気が気でないのです。


「なんとかしないと」

「だったら目いっぱい走れよ」

「そっちじゃなくて」


 0対0のまま迎えたハーフタイム。

 やきもきとする俺の気も知らず。

 体育の授業中は先生より先生らしくなる六本木君が。

 一年生を集めてこう言います。


「お前ら、上手くプレーしようとするな! もっと泥まみれになって走れ! スポーツの目的は、頑張ること、汗と泥にまみれること、そして正々堂々戦って勝つことだ!」

「先輩! 勝つことが目的だったら、負けたら意味がないんですか?」


 一人の一年生が元気に手を挙げて質問すると。

 さわやかに振り返った六本木君が間髪入れずに答えます。


「勝者はいつも一握り。でも、誰だって負けた時に気付くんだ。負けて悔しいと思えるほどに、自分は成長できたんだってことにな!」


 ……なるほど。

 スポーツで人が成長するとはどういうことか。

 今の話でよく分かる。


 勝利を目指した先に敗北があったとして。

 努力した分だけ、それを悔しいと感じるのですね。


 スポーツを通して悔しさを知るから。

 どんなことにも頑張れる人になるんだ。



 まったくこいつは、同い年だというのに。

 学ぶところの多いやつなのです。



 ……まあ、今の口上でにわかに湧き上がった黄色い歓声のせいで。

 恨めしい気持ちを抱いたのでプラマイゼロですが。


「というわけで、お前も少しは頑張って走れよ、メロス」

「やる気を失いますので走れ走れあおらないでください、セリヌンティウス」


 そして後半戦開始を告げるホイッスルに導かれ。

 六本木君と共にピッチに向かいました。



 後半戦は、二年生ボールでキックオフ。

 俺も少しは頑張りますか。

 そう思って全力で走り出したのですが。


「うそでしょ?」


 左サイド、稲妻のようにドリブルで駆けあがる六本木君に。

 追いつくどころか離されるばかり。


 そしてとうとう六本木君がゴールラインぎりぎりで三人の一年生に囲まれると。

 一人かわし、残る二人の狭間を抜いて、マイナス方向へ高いセンタリングを上げたのです。


 さすがサッカー部のエース。

 黄色い歓声を背負って蹴り出したボールは寸分たがわず、運動神経のいい中野君の頭上へ向けて弧を描き。


 キーパーともつれ合うようにしてジャンプした中野君の頭を。

 ……スルーして。


 必死な思いで走って来た俺のもとへ落ちてくるのです。


 ちょ、ちょっと! こんな速いボール、トラップなんてできないよ!

 カチコチに固まる俺が、それでも必死に胸を合わせようと待ち構えると。

 どうやら目測を間違えたようで。


 流星のようなセンタリングが、四時間目のすきっ腹を直撃しました。


「ぐふう」


 うずくまる俺の視界の先。

 トラップを失敗して、ぽてぽてと穂咲のように転がるボールが。


 中野君と共に必死に走るキーパーと、二人のディフェンダーとをあざ笑うかのように転がり続け。



 ……ゴールへ入ったところで停止しました。



「か、かっこわりい!」

「なんかゴメン! ほんとゴメン!」

「今ので点を取られたのか!?」

「ほんとそうですよね! 0.5点でいいです!」

「さっきの話で燃えてたのに、なんか萎えた!」

「そんなこと言わないで! スポーツって素晴らしいよ!?」


 歓声もなく、笑い声と罵声に包まれたゴール前。

 六本木君だけは大真面目な顔をして俺の肩を叩くと。


「かっこ悪いな、お前は」

「すまん。……それより今、ボディーにいいのを貰っちまって足に来てる。誰かと交代させて」

「……かっこ悪いな、お前は」


 情けないことに、嘲笑など浴びながら。

 俺は矢部君と交代して、穂咲たちがいる応援席へ。

 ほうほうのていでたどり着きました。


 すると、半目とため息とで迎える穂咲と渡さんに反して。

 両脇に座った二人は大喜びで俺を迎えてくれるのです。


「秋山先輩、かっこいい! 華麗にゴール決めましたね!」

「ボレーシュートなんて、初めて見ました……。素敵です」

「ウソよ」

「ウソなの」


 穂咲と渡さんの評価が正解。

 とは言え。

 後輩二人に持ち上げられると、悪い気がしないのです。


 それに、詳しい事情は分かりませんが。

 体育祭のせいで仲違いしていた二人が。

 今は俺と輪になるように手を繋いで。

 こんなにも嬉しそうにしているのです。


「形はどうあれ、こんなに喜んでくれて嬉しいです」

「ほんとにかっこよかった! 優しい上にスポーツも出来るなんて!」

「どうしよう、秋山先輩、凄い人なんですね……」

「ないない」

「ないのないの」



 幸か不幸か。

 未来の俺が、今の出来事をどちらに感じるのか。



 俺自身、かっこ悪いと思っているのですけれど。

 二人が一時でも楽しそうに笑っているから。

 きっと明日の俺は、今の出来事を幸福と感じることでしょう。


「それにしてもかっこ悪かったわよ、秋山」

「最悪なの。ぐふうとか声を上げてたの」


 …………今の出来事を、幸福と感じることでしょう。



 とは言うものの。

 一時の仲良しさんではいけないわけで。


 どうして瑞希みずきちゃんは、二人三脚に出てあげないんだろう。

 ……こんなにも楽しそうに、葉月はづきちゃんと手を繋いではしゃいでいるというのに。


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