エキザカムのせい


 ~ 五月十七日(木) 一時間目

          2分03秒41 ~


   エキザカムの花言葉 強い正義感



 昨日、葉月はづきちゃんから聞かされた話は。

 にわかに信じることができず。


 朝からどれだけ会議をしても。

 上手い解決策が見つかりません。


 ですので授業は始まっているというのに。

 六本木君と渡さん、二人と手紙でやり取りをしているのですが。


 もう、何通目でしょうか。

 斜め後ろに座る近藤君から、驚くことにバラの形に折られた手紙が届くのです。


 ……これ、開くのもったいないですよ、渡さん。

 そんな気持ちと共に、こっそり机の下で手紙を読むと。


 『瑞希みずきちゃんがどうして二人三脚の相手を断ったのか、その理由がわかるまでは何もできないわよ』


 実に渡さんらしい整った字が。

 実に渡さんらしい正論を唱えます。


 そして、お隣りの席の子にその手紙を回しましたけど。

 これだけ分かりやすい文章なのに、彼女は眉根を寄せてしまうのでした。


 読解力も理解力も、対戦相手が活字というだけで小学生レベルに落ちるこいつは藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、今日は久々に鉢植え型に結い上げて。

 そこに紫の小花がわんさかと開いたエキザカムを、一株まるっと植えているのですが。


 そんな頭だから、今日はタイムが縮まらなかったのです。



 ……さて、電車の中で子供に泣かれたびっくり頭をした穂咲が。

 渡さんからの手紙に返事を書きますが。


 それが何人かの手を渡って後ろの席まで届くと。

 今度は不思議な現象を伴って手紙が返ってきました。


 クスクスと、笑い声と共に近付いてきた手紙は。

 一折りすらされておらず。

 駄々洩れになった、その文面はというと。



 『道久の靴下、かかとに穴が開いてる』



 あのやろう!



 慌てて足を確認すると、手紙の進路上にいたみんなが苦しそうに笑いをこらえている声が聞こえて。

 しかも、靴下に穴なんか開いていませんでした。



 あのやろう!



 六本木君にしてやられましたけど。

 そもそも、穂咲の手紙に対しての返事だったわけで。

 君は一体、六本木君にどんな手紙を書いたのさ。


 さすがは脈略ブレーカー。

 とは言えこれはいけません。


 『葉月ちゃんが悩んでいるんだから、ちゃんとしなさい』


 俺は穂咲に抗議の手紙を書くと。

 お隣り同士で、手紙の応酬が始まりました。


 『でも、葉月ちゃんが瑞希ちゃんとコンビで二人三脚に出るって勝手に登録しちゃったのはいけないことなの』


 『ふりだしに戻り過ぎです。今は、口もきいてくれないほど怒る理由が分からないというターンです』


 『道久君が怒ってるの? カルシウムが足りてないの』


 『今まで怒っていませんでしたが、君のバカっぷりに怒りが湧いてきました』


 この手紙には返信が届かず。

 代わりにドッヂボールみたいに膨れた顔が俺をにらみつけているのですが。


 そんなポストに入りきらない小包に対して。

 矢継ぎ早にお手紙です。


 『なんで君は活字になると読む気が失せるのさ』


 『ちゃんと本とか読みなさいよ』


 『でないと留年どころか、小学生からやり直しです』


 『もっともそこからやり直した方が適切。ぜひそうしなさい』


 『明日から穂咲は、ランドセルで登校です』


 この攻撃に、穂咲はぷるぷると肩を震わせてしまいましたが。

 怒りに任せて反撃をしてくるかと思いきや。

 意外なことに、手紙を一通、後ろに座る神尾さんに手渡したのです。


 ……えっと。

 今、君が後ろに回したの。

 俺が書いた手紙じゃないですか?


 どういう訳かその手紙が、人から人へ、みんなの手に渡っていきますが。


 意味が解らず首をひねっていると。

 俺の席に、次々と手紙が届き始めました。


 その内容は。


 『ひどいセクハラ!』


 『この変態!』


 『ロリコンおやじ!』


 『穂咲ちゃんになんてことを命令するんだ貴様は!』



 …………は?



 いったいこれはどういうこと!?


 俺が書いた手紙を一つ一つ思い浮かべて原因を探ると。

 最後に書いた一文にたどり着きました。




 『明日から穂咲は、ランドセルで登校です』


 



 ちがーーーーーう!





 みなさん勘違いしないで!

 これは、小学校に行きなさいという話であって!

 決してそういうアレを強要しているわけじゃなくて!


 声にならない悲鳴と共に、慌てて教室中を見渡しましたが。


 視界内の全てが。

 犯罪者を見る人の目になっていました。



 その間にも次々と届く抗議文。

 あっという間に俺の机に山を築き上げ。

 とうとう雪崩れて床に落ち始めていますけど。


 宇佐美さんストップストップ!

 岸谷君もこれ以上置かないで!


「…………秋山。お前の席は何なのだ」


 怒りというよりも、呆れた表情の先生に指摘され。

 俺は、最も的確にこの状態を現す言葉で返事をしました。


「炎上中です」

「立っとれ」


 ……そして、アドレスを変えたにもかかわらず。

 抗議の手紙は廊下にまで届くのでした。


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