ハートカズラのせい
~ 五月十六日(水) 予鈴前 ~
ハートカズラの花言葉 助け合う
ピーナッツの呪いから解放されたというのに。
今度は、絆創膏負けして赤くなった肌を絆創膏で隠すというイタチごっこに陥った、
軽い色に染めたゆるふわロング髪を、頭の上から垂らしたハートカズラに絡まるようにさせて背中へ垂らしていますけど。
ひいき目で見たら、ファンタジーから抜け出してきた森の女神のようで。
でも普通に見たら、妖怪・葉っぱプランプランなのです。
ハートカズラ。
別名、ラブチェーン。
葉っぱの形がハート型になる、ちょっと色っぽい蔓植物も。
こいつの頭に植えられると。
ご家族連れでにぎわうビーチでよく見かける、お化けだぞ~のワカメみたいなのです。
さて、そんな穂咲ですが、今日は朝練がお休みで。
限界までの朝寝坊を堪能し。
おかげで予鈴ギリギリというタイミングでの登校となりました。
電車を降りて、駆け出すみんなを見送りながら。
いつものようにあちらこちらを眺めつつ歩く穂咲にペースを合わせ。
校門をくぐると、渓流のごとき涼しさと激しさを兼ね備えた声に呼び止められました。
「ずいぶんのんびりとした登校ですね、
「げ」
「……あなたは朝の挨拶も知らないのですか? なんと非常識な」
誰あらん。
先日、とても友好的とは言えない別れ方をした生徒会長、
「おはようございます。……遅刻チェックですか?」
「この学校にそんなものがないことは知っているでしょう。妹を待っていたのですが、未だに登校して来ないのです」
「え? あの真面目そうな
「朱に交われば赤くなる、ということでしょうね」
「なんて偏見。穂咲は確かに変な奴ですが、朱とか呼ばないでください。なあ、ほさ…………、いねえ!?」
すぐ隣を歩いていたはずの穂咲が。
跡形もなく消えているのですが。
遅刻もお構いなしで、ネコでも追いかけているのでしょうか?
「すいません。やっぱりあいつは朱でいいです」
「馬鹿を言わないように。藍川穂咲は親切で真面目な生徒です」
「…………は?」
「朱とは、あなたのことを言っているのです。不良と名高い秋山道久」
「はあ!?」
ちょっと待ってください!
そんな誤解ありますか!?
呆気に取られて言葉が出てこない。
でも、生徒会長に誤解されたままだと何か嫌なので。
どうにかしなければとアウアウ言っていると、穂咲がのこのこ校門前に姿を現しました。
「よかった! 穂咲、お前から生徒会長さんに、俺が清廉潔白な聖人君子だと説明して欲し…………? この非常事態に、君は何やってるの?」
助け船にすがってみたら、その船には先客がありまして。
おばあちゃんを背負った穂咲が、ふらふらと歩きながら校門をスルーしていくのです。
ああもう、この際、誤解はどうでもいいです。
どこに行く気なのさ。
それに君が背負ったままでは、おばあちゃんを落っことしてしまいます。
俺が慌てて穂咲に駆け寄って。
空の背負子を背負ったおばあちゃんを下ろしていると。
さらに後ろから、重たそうな荷物を抱えてふらふらと歩く女の子が現れました。
「あれま。葉月ちゃんもおばあちゃんを助けてあげてたんだ」
「秋山先輩! お、おはようございます……」
生徒会長、
大きな荷物の端から目だけを覗かせて挨拶をしてきますけど。
こっちはこっちで危ないなあ。
俺は葉月ちゃんから、大きな荷物を取り上げます。
「さて、こうなっては仕方ないですね。葉月ちゃんは教室に行きなさい。おばあちゃんとこの荷物は、俺と穂咲で運びますから」
「いえ! そういう訳にはいきません!」
「葉月ちゃん、ここは言う事を聞いて下さい。そうしないと、穂咲に交わって赤くなっちゃいますので」
俺が生徒会長の様子を窺いながら言うと。
たいそうご機嫌を損ねた表情で、俺の提案を却下してしまいました。
「手伝うことまかりなりません。全員、即刻校舎へ向かいなさい」
「でも、おばあちゃんのおうち、もちっと先の方なの」
「なりません。親切をしたくば、その時間を見越して早く登校すればいいのです。そのような理由で遅刻が免除されるとでも思っているのですか?」
「遅刻なんか別にいいの。おばあちゃんを送って来るの」
穂咲は困り顔のおばあちゃんの手をギュッと握ったまま。
それに負けないほどの困り顔をして訴えますけれど。
しかし生徒会長さんの言う事こそもっともで。
遅刻をしてまで親切にされたとしても、おばあちゃんは嬉しくなどないでしょう。
親切をしたいなら、時間と心にゆとりを持っている時でないといけないのです。
だというのに、こいつはあくまで逆らいます。
「会長さん。見逃してほしいの」
「…………なるほど。噂に違いませんね、藍川穂咲は。ならば私の取るべき行動は一つです」
生徒会長が、携帯を取り出してどこぞへ電話をかけていますけど。
なにやら大事にされそうな雰囲気です。
ここは涙を呑んで、会長に従う方が得策でしょう。
「すいません! こいつが朱で、ホントにすいません! ……ほら、おばあちゃんもかえって迷惑そうだから、とっとと教室に行くぞ?」
俺が慌てて荷物をおばあちゃんの背負子に乗せようとすると。
生徒会長はその荷物を横取りしながら、冷たい言葉を浴びせてきました。
「……噂通りに優しい藍川穂咲に反して、噂通りの悪人なのですね、秋山道久は」
「ええ!? だって見捨てろって言ったのは会長でしょ?」
「だれがそんなことを言いましたか」
そう言いながら生徒会長が振り向く先。
校舎の方から、学校の用務員さんが来て下さり。
おばあちゃんの荷物をご自宅まで運んで下さることになりました。
…………なんだ。
いい人じゃない。
おばあさんへ軽く手を振り、用務員さんへは、不躾なお願いをしたと低く頭を下げる生徒会長。
涼やかで凛とした、その横顔。
俺はこの人を誤解していたのかも。
……と、思ったのも束の間。
やっぱり厳しい人なのでした。
「予鈴が鳴り始めましたね。全員遅刻です。こちらを担任の先生に提出するように」
「うげえ。まだ本鈴まで時間あるのに」
とは言え、生徒会長から遅刻報告書を手渡されたら逆らう訳にはいきません。
俺も穂咲も、渋々それを受け取りましたが。
会長は、葉月ちゃんへ手渡す段になると。
実に冷たい視線を、実の妹に浴びせるのです。
「……遅刻とは、なんて恥さらしな」
「ご、ごめんなさい、お姉ちゃん……」
「お姉ちゃんではありません。学校では
「…………はい。雛罌粟先輩…………」
兄妹のことですし、赤の他人が口を挟む問題ではありませんが。
ついこんなことを口にしてしまいました。
「ええと、さすがに厳しすぎると思うのです」
俺の言葉に、余計悲しそうな顔でうつむく葉月ちゃん。
そして会長は柳眉を跳ね上げて、朱であると決めた俺をねめつけました。
「こんな不良にうつつを抜かすから恥知らずな真似をするようになるのです!」
「あ、秋山先輩は、不良じゃありません……」
「ならばこの男があなたに益をもたらす者であると証明なさい。期末考査と体育祭、どちらも一位を取らねば、家に帰ってこなくて結構」
うわあ、なんて厳しい。
会長は、めちゃくちゃな事を言い残して。
自分だけさっさと校舎へ向かってしまいました。
かわいそうなのは葉月ちゃん。
すっかり肩を落としてしまいました。
そんな彼女の頭を、穂咲がやさしく撫でてあげます。
「あたしたち、良いことをしたのにしょんぼりなの」
「そうだね、せっかく良いことをしたのに。……どっちも一位なんて大変だろうけど、協力するから頑張ろうね」
俺は葉月ちゃんにやさしく声をかけたのですが。
彼女は暗い顔をさらに伏せてしまいました。
「まあ、試験で一位なんて、確かに無理だろうけど」
「いいえ、その、そちらは頑張りようがあるのですが……」
え?
それはびっくり。
ではなく。
「そちらはってことは、体育祭が心配? 運動、苦手?」
俺が問いかけると、葉月ちゃんは首を左右に振って。
そしてその場にしゃがみこむと。
「…………私、出場できないんです」
そうつぶやいたきり。
泣き崩れてしまいました。
出場できないとはどういうことだろう。
悩む俺をよそに、穂咲が慰めの言葉を葉月ちゃんにかけます。
「ごめんね? ワルの道久君のせいで、お姉ちゃんとケンカすることになって」
そんな朱の一言に。
俺もその場で泣き崩れたくなりました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます