サンダーソニアのせい


~ 五月十五日(火) 一時間目

        1分21秒53 ~


   サンダーソニアの花言葉 福音



 思い、思われ、ふり、ふられ。


 本日、首から上がお祭り騒ぎとなっている子、藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪に、数十本もの小さな三つ編みを作って。

 一房に一輪の、サンダーソニアをぶら下げているのですが。

 黄色いベルのような、ほおずきのようなサンダーソニアが揺れに揺れて。

 当然、音が鳴るはずはないのですが。

 じゃらんじゃらんとうるさく感じます。


 でも、今日はそんな髪型より、お花より。

 顔の表面が大変なことになっていて。


 思い、思われ、ふり、ふられ。


 昨日、ピーナッツを食べすぎたことによる呪いでしょう。

 これでもかと顔を出したニキビ、ニキビ、ニキビ。


 そんな若さの象徴を隠すために。

 顔中、絆創膏だらけになっているのです。


 俺の顔にもいくつかニキビができてはいますけど。

 君はどんだけピーナッツに弱いのさ。



「…………あ、ここにもあったの」


 授業前。

 来週の課外授業、その行き先を決めている間。

 朝からずっとおともだちになっているコンパクトに話しかけつつ。

 またも一か所、絆創膏を増やしている穂咲です。


 気持ちは分かるのですけど。

 どっちが変かと問われれば。

 赤いぽつぽつより、大量に張り付けられた絆創膏の方が断然変です。


 今の君は。

 ちょっとお茶目に絆創膏で顔を繋いでみたフランケンちゃんなのです。


 そんな穂咲の様子を見つけた先生が。

 まだ授業は始まっていないので、いつもより抑えたテンションで声をかけます。


「……藍川。さっきから遊んでいるようだが、ちゃんと聞いていたのか?」

「もちろん聞いてたの。工場見学なんて何が面白いのかよく分からないけど、古戦場とか見るよかましなの」


 ニキビ対策に夢中だからなのか、それともただのいつも通りか。

 身もふたもない言葉で返す穂咲です。


 もちろん、こんな返事を許容するはずもなく。

 先生は反撃に、厳しい課題を出してきました。


「……秋山。工場見学の間、そいつがちゃんと将来役に立つ何かを見つけるように見張っていろ」

「なんでこっちに飛び火しました? 穂咲を見張っていることで、俺にとって将来役に立つ何かがみつかるとでも言うのでしょうか」

「ひうっ!?」


 …………俺と先生の押し問答を断ち切る、この聞き慣れた悲鳴。

 それはクラスの全員に見つめられて、顔を覆ってしまった女性が発したもので。


「……神尾。今のはなんだ?」

「い、いえ、その、秋山君が藍川さんの面倒を見るのが、将来役に立つとかあの、えっと……、ド、ドキドキします!」

「しどろもどろに、なんてことを言いやがりました!?」


 神尾さんのとんでも発言に。

 途端に湧き上がる黄色い歓声と冷やかしの声。


「そういえば、道久の顔に思いニキビができてなかったか?」

「ひうっ!?」

「何言ってるのよ。秋山の顔にできてるのは思われニキビよ」

「ひうっ!?」


 妄想力豊かな神尾さんのせいで、いい迷惑なのです。


 でもみなさん、これ以上盛り上がるのはやめてください。

 俺が恥ずかしくなって掘った穴に。

 神尾さんが先に飛び込んで、思う存分悶えてしまっていますので。


「ひうっ!?」


 ……しかしそんな騒ぎも。

 寛容と対極に位置する先生が許すはずはありません。


「静かにしろ! まったくばかばかしいことで浮かれおって」


 ほんとうですね。

 たまには先生もいいことを言うのです。


「大騒ぎをするな、結末は見えている。秋山のほほにあるのは、ふられニキビだ」

「たまに頭の中で褒めたらこれだよ! 返せ! 数行前の俺の言葉を返せ!」


 どんだけ味方がいないのさ。

 ふてくされる俺の肩を、ちょんちょんと叩く人がいます。


 ……いや、今は人じゃなくて。

 フランケンちゃんでしたね。


「……なんです?」

「ちょっと気になってたんだけど、道久君、右のほっぺを見せてほしいの」

「面倒です」

「いいから見せるの」

「ですからめんどうくけっ!?」


 いでででで!

 首を無理やり百二十度も回さないでください!


 俺の首からごきりと音が鳴ったことも気にしていない穂咲さん。

 右のほほをまじまじと確認して、ぽつりと言いました。


「やっぱり、ふりニキビができてるの」

「そんなのを確認するために殺人未遂を犯したんですか?」


 ぶつぶつとつぶやいた俺の文句。

 それが、クラス中から上がった悲鳴によって掻き消されました。


「なんだとーーーーー!?」

「お前が相手を選べる立場だと思ってるのか!?」

「穂咲ちゃん、かわいそう!」

「道久! 一生廊下に立ってろ!」


 あっという間に俺。

 人類の敵。


 たかがニキビ一つでなんなのさ。


 しかし大騒ぎが過ぎます。

 周りに迷惑なのです。


「…………先生。こいつらを全員廊下に立たせるべきでは?」

「うむ、そうだな。では秋山を除いた全員、教科書を持って廊下に出ろ」


 おお、大胆なお裁き。

 そしてみんなの後を追って廊下に出る先生。


 ……なんと今日は、そのまま廊下で授業が行われました。



 一人取り残された俺は。


 仕方がないので、教室内で立っていました。

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