ピレスラムのせい


~ 五月十四日(月) お昼休み 1分31秒02 ~


   ピレスラムの花言葉 忍ぶ恋



 まずはゆっくりペースで転ばないように。

 そんな俺のアドバイスが、熱血トリオに受け入れられるはずもなく。

 オールオアナッシングまっしぐらという練習により。

 体中の絆創膏と引き換えに、タイムを劇的に縮めた藍川あいかわ穂咲ほさき


 今日は軽い色に染めたゆるふわロング髪をエビにして、そこに紅白のピレスラムの花をちりばめていますけど。

 転びすぎたせいで、早朝に見た数より明らかに減っています。


 そんな絆創膏だらけ。

 見ているだけで痛さが伝染しそうな穂咲ではありますが。


 練習の間と、そしてこの時間だけは元気いっぱいなのです。



「藍川。お前はいつも元気だなあ」

「当然なのだよ六本木君監督! ロード君と一緒に食べて行くかね?」

「いや、飯ならもう食ったよ。それにしても、昼飯これだけか?」

「量ではないのだよ六本木君監督! 問題は、美味しいかどうかなのだよ!」


 量ではなく美味しさ。

 俺も内緒でダイエット中だから、それには賛成です。


 でもね。


「教授。お皿いっぱいのピーナッツだけでは、さすがに栄養バランスが心配です」

「うむ! そう思ってこいつをトッピングだ!」


 教授はそう言いながら、俺の皿に目玉焼きを乗せるのですが。

 

「これで整うのですか? バランス」


 そんな馬鹿なとは思いますが。

 もちろん文句などございません。


 両手を合わせた後、教授が差し出してきたお箸をスルー。

 スプーンを手にして、白身部分と共にピーナッツを口にすると。


 プルンとした舌触りとコリコリとした歯ごたえ、そして香ばしい香り。

 このハーモニー、悪くはありません。

 悪くはないのですが。

 ご飯を食べている感じがしません。


 なので。


「どんどん元気が下がっていくのです」

「それは良くない! さあ、もっと食べるのだ!」


 そう言いながら、教授はピーナッツをお箸でつまんで差し出してきましたけど。

 途中でUターンして自分で食べたら意味無いです。


「おい」

「だって、量が少ないから貴重なの。……それより、六本木君監督は何か御用?」


 朝から元気が無かった六本木君。

 改めて教授が声をかけると。

 ため息交じりにこんな返事をしてきました。


「妹が、先週から元気ないんだ」

瑞希みずきちゃんが? なんでなの?」


 教授は心配そうな表情を浮かべながらも、ピーナッツをポリポリかじり続けているので。

 いまいち本気で心配しているのか判断しかねます。


「理由なんか知らねえ。なあ道久、あいつが元気になるよう、サインでも書いてやってくれ」

「いやです」

「藍川からも頼んでくれ」

「いいけど、でも、サインなんてかっこよくないとダメなの。道久君じゃあに書くだけなの」

「え? どっちなんだよそれ?」

「え?」

「え?」

「え?」

「え?」


 …………二人して、しりとりの応酬ですが。

 絵、柄、江、衣。

 そろそろネタが尽きそうなので、助け船をだしましょう。


「教授、それを言うなら『おざなり』です。『なおざり』は、何にもしない時の言葉です」

「そんなことないの。一緒なの」


 いやいやいや、違う言葉ですって。

 そんな真顔できょとんとされましても。


「……間違いを正しいと言い切るね、藍川は」

「そうなのです。他にも似てる物をたくさん勘違いしたまんまなのです」

「まあしょうがないんじゃないか? 藍川、日本に来て、たったの十六年だろ?」

「確かに。日本でずーっと暮らしてきた俺たちと比べちゃかわいそうなのです」

「むーーーーーーー!」

「男子二人で女子をいじめるなんて。情けない」


 怒って膨れ上がった教授をフォローする声。

 お昼を食べ終えてこちらへやって来た渡さんが、教授の肩へ手をかけます。


香澄かすみちゃん! この二人が酷いの!」

「君の勘違いの方が酷いです」

「そんなこと無いもん!」

「だって、ピラフとチャーハンが同じものだと言ってきかないじゃありませんか」


 炊いた米を炒めるのと炒めた生米を炊くのとでは違うでしょうに。

 でも、何度説明したところでこいつは。


「一緒なの」


 これなのです。


 せっかく、文字通り肩を持ってくれた渡さんも。

 半目になって教授を見下ろします。


「『二期作』と『二毛作』の違いは?」

「一緒なの」

「トリートメントとコンディショナーの違いは?」

「一緒なの」


 俺の間違い探しクイズに、真顔で即答する教授。

 さすがに頭を抱えてしまった渡さんが、肩から手を離してしまいました。


「分かりましたか渡さん。いちいち説明するの、面倒なのです」

「そこは了解。でも、二人でイジメないように」


 む。

 それはごもっとも。


 ちょっと反省モードで六本木君と共に頭を下げますが。

 教授は膨れたまま、ピーナッツをぽりぽりかじるのです。


「……ねえ穂咲。あなた、ダイエットしてるんじゃなかったっけ?」

「そうなの」


 ポリポリ。

 ポリポリ。


「ピーナッツはまずいんじゃないの?」

「そんなこと無いの。脂肪を分解する食べ物なの」


 ポリポリ。

 ポリポリ。


 …………なるほど。

 なんでこんなお昼ご飯だったのか、ようやく合点がいきました。


「……教授。脂肪を分解するのはアーモンドです」

「そうなの?」

「そして今、君がかじっているものはピーナッツ」


 ポリポリ。

 ポリポリ。


「一緒なの」


 ポリポリ。

 ポリポリ。

 ポリポ…………。


「「「違います!!!」」」


 俺たちの同時突っ込みにびっくりした教授は。

 慌てて残りのピーナッツを俺の皿にぶちまけました。



 ……明日のニキビが、大変心配です。



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