ナスタチウムのせい
~ 五月十一日(金) 三時間目 1分59秒98~
ナスタチウムの花言葉 光の導き
葉月ちゃんの、昨日の様子も心配ですが。
目下、だんとつに心配なのは。
日本記録に並んだと、朝の校庭で大騒ぎをしていた
下三桁が同じなだけだといくら説明しても理解してくれないとか。
こいつのオツムがとっても心配です。
今日は軽い色に染めたゆるふわロング髪を。
驚くなかれ、二人三脚する穂咲と渡さんの姿に結い上げていますけど。
すいません。
巻き込まないであげてください。
朝から渡さんが泣きそうな顔をしたまんまです。
穂咲のオブジェの上に、オレンジのナスタチウムが一つ咲いているのですが。
渡さんのオブジェの上にも咲いており。
彼女の小さな胸に。
殺意が生まれたりしないかと、不安でしかたありません。
さて、ぽかぽかに晴れたお昼前の教室は。
ねじが緩い方に回っている様子。
きゅっと締まっていないものだから。
みんなの頭もゆーらゆら。
とは言え、俺も穂咲も。
毎度の空腹のせいで、すっかり目は冴えています。
だからでしょうか。
こいつのイタズラも、今日はちょっと冴えているのです。
まあ、だからと言って。
褒めるわけにはいかないのですが。
「……やめなさい。うるさいのです」
「静かなの。変な道久君なの」
確かに耳には静かですが。
目にうるさい。
すごくうるさい。
穂咲の手に握られたコンパクト。
その反射光が、うまいこと黒板に書かれた英文を隠すのです。
「つまり、この場合の『at』の意味は……」
光、『at』を真っ白に照らして見えなくさせると。
「カンマの前、全体をくくる『that』にかかるわけだから時間を表し……」
光、カンマの前をくるりと囲った後、『that』に二回アンダーバー。
ゆるめの教室に。
ゆるめのくすくす笑い。
しかも、先生が黒板の方を向くと。
見事なタイミングでその姿を隠すため。
客席からは音もなく安堵のため息が聞こえ。
音もなく拍手が鳴り響くのです。
まったく、このクラスは。
穂咲に甘いったらないのです。
しかも、悪ふざけが好きなやつが沢山いるせいで、こんなことにもなるのです。
「先生、質問です」
「なんだ柿崎」
先生が正面を向くと。
光がまた現れて。
「『that』の前に、カンマが無い場合は意味が変わるんですか?」
光、カンマを消去。
「なるほど、ニュアンスが変わる場合があるな。例を上げると……」
そう言いながら、予想外のタイミングで先生が黒板に向きましたが。
光は間一髪消えて無くなり。
何人かが思わず。
おおと口に出してしまいました。
「…………今の歓声はなんだ?」
「先生、いいから例文を書いて欲しいっしょ」
「ん? ああ、そうだな。例えば……」
そして先生が黒板に向かった瞬間、光が現れたのですが。
手でコンパクトを押さえている間に角度が変わっていたのですね。
よりによって、真っ白な光が。
心もとない先生の後ろ頭から。
髪をすべて消去。
この不意打ちには、さすがに一同爆笑です。
「さっきから何だお前らは! こそこそ何をやっている!」
先生が振り返るのに合わせて、見事に光が消えたものだから。
笑いは一気に沸点に。
そして、クラスでただ二人。
笑い声もあげずにいた俺たちに矢が刺さりました。
しまった、始業式で学んだのに。
笑う顔に矢立たず。
ほんとなのです。
「……またお前らか? どっちが何をやっていた!」
「そう言いながら、なぜ俺の顔だけを見るのです?」
文句を言った俺の手の下に。
穂咲が何かを押し込んできました。
「遊んでいたのは穂咲です。今だって、何かを俺に渡して……」
机の上から手をどけてみれば。
現れたのはコンパクト。
それが奇跡的に傾いて。
先生の前頭をホワイトアウトさせました。
「……それは一体、どういうつもりだ」
「未来予想図?」
上手いこと言ったじゃないですか。
なんで光に負けないほど顔を真っ赤にさせるんです?
「髪が全部抜けるまで、水泳帽をかぶって校庭の真ん中に立ってろ!」
こうして俺は、ぽかぽか陽気に汗だくで。
お昼まで外で過ごしました。
…………その結果。
どこからか調達された水泳帽。
あんまりにも暑いので取ろうとしたら。
汗のせいでくっ付いて。
それを無理やり外したので。
ぞっとするほど、髪の毛が抜け落ちました。
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