アゲラタムのせい
~ 五月十日(木) お昼休み 2分34秒18~
アゲラタムの花言葉 独立
本日からは二人三脚の朝練なるものを開始して。
当然のように俺を付き合わせるのは、
渡さんが体中にスケボ用のプロテクターを巻いて来たのに対して。
穂咲はタイムを縮めたい一心で、肘も膝も丸出しで挑んだため。
転ぶたびに、そこいらじゅうを赤くさせていました。
その軽量化の一端。
毛先を二ミリだけ切ったゆるふわロング髪を、本日はつむじのあたりにお団子にして。
アゲラタムにしては珍しい、ピンクの小花でそれを埋め尽くしています。
さて、そんな穂咲とともに。
お昼休みになるとすぐに、ご飯も食べずに駆け足で購買へ。
その理由さんが。
相変わらずのヤンキーっぽいニヤリ顔で俺たちを出迎えるのです。
「よく来たな! バカ穂咲だけでいいや、早く売店の中に入れ!」
「わかったの」
「じゃあなんで俺まで呼んだのさ、カンナさん。俺に何をしていろと?」
「いつも言ってるだろう、仕事は自分で見つけるのが社会人だ」
「……じゃあ、ここに立って客引きしてます」
返事を聞くのもそこそこに、新商品を棚に並べ始めているのは。
俺たちのバイト先、ワンコ・バーガーの先輩、カンナさん。
この学校へ商品を卸しているのですけど。
どうやら売り場が拡大されることになったらしく。
新商品の選定のため、こうして足を運んできたという訳なのです。
でも、あっという間に生徒でごった返す購買で。
客引きもなにも無いと判断した俺が。
売り場から脱出も出来ずにうろうろしていたら。
すぐそばから渓流を思わせる、美しさを湛えつつも厳しい声が響きました。
「花を挿したまま売り手側に入らないように! 衛生的に非常識です!」
「おっとと、こりゃまずった! バカ穂咲はすぐに外に出ろ!」
これは仰る通り。
俺もカンナさんも、お店で見慣れてしまったせいで常識が欠如していました。
棚と柱で作られた狭い隙間をカニ歩きで出てきた穂咲を。
腕組みのままに迎える麗人。
もちろん、俺たちは彼女を知っています。
「どなたなの?」
…………もちろん、俺だけは知っています。
この渓流の美しさを纏う美女こそ、我らが生徒会長。
「この非常識に至った経緯をご説明なさい、
「すごいの! あたしの名前、知ってるの!」
まあ、君は学園一の問題児ですから。
生徒会長が知っていてもなんら不思議はありません。
でもこちらが知らないのに名前を知っていてもらえたということが、穂咲にはたいそう嬉しかったようで。
ニコニコとしながら、身振り手振りも大げさに事情を説明しているのですが。
そのまま売店を囲む人込みの外縁まで移動したところで。
生徒会長は渓流の冷ややかさを絶やすことなく言いました。
「……なるほど、理解できました。しかし、手伝うなら常識の範囲になさい」
「そうするの。じゃあ、お客さんを一列に並べるの」
「却下です」
即答されたのですが。
穂咲のアイデア、なかなか面白いように俺には聞こえましたけど。
こいつらしい、ちゃんと順番に並びましょうという意見を。
ばっさりと切り捨てた会長さんが理由を話してくれるのですが。
それは俺と穂咲を、しょんぼりとさせるようなものでした。
「このような買い方をする場所は他にもあります。身をもって覚えるのです」
「早い者勝ちをですか? それこそ非常識な」
「いいえ、これは常識です。どんなことでも積極的に機会を掴みに行かねばなりません」
「でもね? 慣れてない一年生が困ってるの」
そう言いながら、穂咲が泣きそうな顔で振り返る先には。
「あれ? 葉月ちゃん?」
臆病な小鹿が、穂咲に負けず劣らずの泣きそうな顔で。
人込みを遠巻きに見つめていたのです。
「こ、こんにちは……」
「ここに買いに来たのか。抵抗ありますよね」
「あたしには不可能なの」
俺たちが心中を察してあげると。
葉月ちゃんは苦笑いで頷きます。
……でも、その表情は曇ったままで。
なにがそんなに不安なのでしょう?
「会長さん、やっぱりかわいそうなの」
「だめです。消極的なままでは、将来チャンスを逃すことになります」
「言いたいことは俺もわかるんですけど、これで学べというのはちょっと乱暴な気がするのです」
「高校とは、社会に出る心構えを学ぶ場所。あのようにおどおどとしていては、生き抜くことなど到底できません」
会長さんだというのに。
一年生に、そんな言い方しなくてもいいじゃないさ。
言い返したいけど、言葉が見つからない。
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか。
この、優しさに関しては世界中の科学者が束になっても敵う事のない天才が。
飄々と難問を解決してしまうのです。
「こんなので訓練しなくても、ちゃんと頑張らなきゃいけない時は頑張れるの。葉月ちゃん、欲しいのは何なの?」
「え、ええと……、カニコロバーガーとトマトブリトーを、に、二個ずつ……」
おお、なんたる人気商品の双璧。
正攻法で挑んでいては間に合うまい。
今も戦場ではこの有様ですし。
「お姉さん! バーガー二個とカニコロ二個!」
「綺麗なお姉さん! トマトブリトーとアップルパイ!」
……なるほど、会長さんの言うことにちょっと納得。
欲しいものを手にするため、上手い言い方をするものです。
でも、カンナさんはそんなお世辞にとらわれることなく。
声のかかった順に正確にさばいていくのですが。
それも、このルールブレーカーには通用しません。
なんと穂咲は、この外縁部と言う最悪の位置から。
欲しい品をあっという間に手に入れました。
「カニコロバーガーとトマトブリトー二個ずつ頂戴! おばちゃん!」
「おばちゃんとはなんだ! こんのバカ穂咲!!!」
カンナさんのがなり声に、ほんの一瞬生まれた静寂。
そのしじまを引き裂く、雷鳴のようなバーガー音。
いや、そんな日本語はないですね。
俺と穂咲の顔面にぶち当てられたハンバーガーの放った、ばふんという音。
合計四つ。
……俺は関係なかろうに。
「おまたせなの。顔にぶつけたバーガーだから、ちっといやかもだけど」
「あ、あたしのために……。先日に続き、なんとお礼を申し上げたらよいのやら」
すっかり恐縮して、余計に涙目となってしまった葉月ちゃんですが。
もちろん、心から嬉しそうなのです。
とはいえこんなトンチ解決。
この清流美女には不服だったようで。
「今のは不正です。この子は、藍川穂咲の手を借りたにすぎません」
そんなことを言いますが。
さすがにこれには反論できます。
「それはどうでしょう。ここで一人分注文してる人、何人いるとお思いですか?」
パン屋で、自分の分だけ買う人は半分もいないでしょう。
大抵二人分、もしくは三、四人分買っていきます。
世の中に、じゃんけんというものがある限り。
これはなくならないのです。
生徒会長さんは、煌めく滝のような目元を細めて。
顎をくいっと上げて、俺を見下ろすようになさいますが。
怖いことはもちろん怖いのですけど。
似合いすぎて拍手を送りたい気持ちです。
「減らず口を。藍川穂咲はともかく、この子は戦えないでしょう」
「いえ? 自分のために遠慮することができる子は、誰かのために戦えますよ?」
これは間違いない。
だから、ちょっと騙すことになっちゃうけど。
「葉月ちゃん、実は穂咲がメロンパン買ってくるように他人から頼まれてたんだけど、代わりに買ってきてくれる? もうあと、三個くらいしか残ってないけど。……あ、また一個売れた」
俺の意地悪を、葉月ちゃんは真に受けて。
あっという間に人込みに飛び込むと、ほうほうのていになりながらも、高々と人気商品を掲げて帰ってきました。
「か、買ってきました!」
「ありがと。…………これでも戦えないと?」
ちょっと反撃が意地悪だったでしょうか。
会長さんは、悔しそうに歯ぎしりなどなさっています。
「ごめんなさい。そこまでのお話をしているわけじゃなくて、このカオス状態に意味はないから列で並びましょうよと言っているわけで」
俺は穏便に、そう言ったつもりなのですが。
「……覚えておきなさい、秋山道久」
生徒会長は冷たく言い放つと、髪を靡かせて後ろへ振り向き。
そして。
「……葉月。私に恥をかかせないで頂戴」
どういうことでしょう。
面識のない俺の名を知っていたばかりか。
葉月ちゃんの名まで呟きながら、廊下へ消えていきました。
「…………俺はともかく、一年生になんてことを」
心配になって振り返ると。
葉月ちゃんは寂しそうな顔を半分だけメロンパンで隠しながら。
上目遣いに、衝撃の事実を教えてくれたのです。
「いえ、いいんです。……私の、お姉ちゃんなんです」
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