フリージアのせい


~ 五月八日(火) 放課後  計測開始 ~


  フリージアの花言葉 信頼



 俺は頑張っているというのに。

 昨日の夜、「ロールケーキなのー!」なる叫び声が上がったお隣さん。


 そこに暮らす一人娘、藍川あいかわ穂咲ほさき


 腹が立ちますが、俺もダイエット中ということは内緒にしていますので。

 文句は言えません。


 そんな、ダイエット中だということをすぐに忘れる穂咲さん。

 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、今日は頭のてっぺんでお団子にして。

 黄色からピンクにグラデーションする美しいフリージアを一株、そこに突き立てていますけど。


 蝶々が二匹、穂咲の頭の上を旋回している光景も。

 朝からずーっと見ているうちに、普通の事に感じるから不思議です。



 さて、今は放課後。

 だというのにクラスの全員がこうして居残りしている理由。

 それは。


「それでは、体育祭では以上の競技に参加してください。各競技ごとの練習スケジュールは後日お知らせします」


 今年も委員長となった、みんなのお母さん。

 もとい。

 みんなのお姉ちゃん、神尾さんが締めくくると。

 それを合図に一斉に席を立ち。

 同じ競技の出場者同士が顔合わせとコミュニケーションツールの確認などし始めます。


 そんな俺たちの席に、学園ナンバーワンカップル、才色兼備のわたりさんと、スポーツ万能イケメンの六本木ろっぽんぎ君がやって来ました。


「穂咲、二人三脚、頑張りましょうね!」

「もちろんなの、香澄かすみちゃん」

道久みちひさ、足を引っ張るなよ?」

「それは無茶な相談です、六本木君」


 サッカー部のエース、六本木君が上に乗るのは明白なので。

 俺たち騎馬は、君の足を持つのが仕事です。

 時には引っ張っちゃいますよ?


 一見、やる気の無さそうな返事に対して。

 六本木君はムッとしていますけど。


 ご安心ください。

 当日まで、頑張って走り込みを続けますとも。


 ……痩せるために。


「お前はなんでいっつもそうなんだよ。瑞希みずきもなんでか応援してるから、ちょっとはやる気出せ」

「やる気は満々なんだけど。瑞希ってだれ?」

「あれ? 会ったこと無かったっけ?」


 知りませんけど。

 どなた?


 眉根を寄せる俺に、渡さんが答えを教えてくれました。


隼人はやとの妹さんよ。この間、穂咲と秋山の事を楽しそうに話していたから、てっきり知り合いだと思ってた」


 えっと。

 会ったことは無いと思うのですが。


 穂咲と顔を見合わせても、同時に同じ方へ首を傾げたので。

 間違いないでしょう。


「ああ、それじゃあ知らずに会話したんだな? 入学してすぐ、上履きを取り違えた所を助けてもらったらしいんだが、覚えてないか?」

「それなら覚えてる。あのおとなしい子か」

「あいつがおとなしいだあ?」


 六本木君、これでもかって程に顔をしかめましたけど。

 お兄ちゃんってやつはどうしてそうなのでしょうか。


 ……いや、待てよ?


「それなら、最初に上履きを間違えちゃった子の方か」

「そうそう。藍川に強引に上履きを履き替えさせられたって言ってた」

「言われてみたら、どことなく六本木君と似たような顔だったの」

「あいつがおれと似てるだあ?」


 面倒ですね。

 お兄ちゃんってやつはどうしてそうなのでしょうか。


「瑞希ちゃんも応援してくれてるんだから、秋山も頑張りなさいね!」


 渡さんが厳しい目を俺に向けながらそんなことを言いますけど。

 穂咲ならともかく、そんなに印象に残ったのかね、俺が。


「……あの子が応援してくれるなら、あたしも頑張るの」

「そうね、私も頑張らなきゃ」


 女子二人、やる気満々。

 ですが。


「穂咲じゃ期待できないのです。ルールも知ら無さそう」

「だな」


 男子揃って軽口を言うと。

 女子コンビは見る間にふくれっ面になって。


「穂咲! この二人に、あたし達の息が合っているところを見せるわよ!」

「ほいきたがってんなの!」


 早速練習なのと、穂咲が鞄からタオルを二本出します。


 そして渡さんの右足と自分の左足を結んで。

 さらに自分の右足と渡さんの左足を結んで。


 ……しまった。

 まさか本当にルールを知らなかったとは。


「藍川。お前はダンスでもする気か?」

「ほんとです。二人二脚になってます」

「穂咲。……まさか、そこから教えなきゃいけないの?」


 渡さんの手を取って、踊る気満々の穂咲が首をかしげていますけど。

 先が思いやられます。


 そんな面倒な子にも、懇切丁寧。

 渡さんが二人三脚について教えると。


「なんだか簡単そうなの」


 その自信はどこから来るのやら。

 穂咲は勝ったも同然と言う顔を俺に向けるのですが。


「じゃあ、試しに歩いてごらんなさい」

「簡単なの。せーの、いーち」



 べちゃ



「…………君は構いませんが、渡さんを巻き込むのはやめなさい」


 なんたる予想通り。

 六本木君は顔を逸らして笑いをこらえていますが。

 俺は呆れた顔で、立ち上がる二人を見つめます。


「し、信じがたいほど難しいの。これは高校生の手に負えるものじゃないの」

「小学生でもできるわよ! ……まあいいわ、ゆっくり行きましょう。穂咲は右足からね?」

「分かったの。いーち」



 べちゃ



 ……いやいや。

 さすがにそれを間違えますか?


 頭を抱え始めた渡さんと、とうとううずくまって笑いをこらえる六本木君を捨て置いて。

 どう見ても混乱し始めた穂咲にアドバイスです。


「こんなタオルひとつで、まったく自由に歩けなくなったの! どういう仕組みなの?」

「落ち着きなさい。まずは自分の不器用を認めるところから始めなさい」

「失礼なの。この、世界で二番目に器用なあたしをつかまえて」

「随分でかく出ましたね。一位はどなた?」

「ルパン」


 また、ずいぶんな大物と戦ってますね君は。


「じゃあ、器用な穂咲さん。右足からスタートしてくださいね? いーち」



 べちゃ



「…………不器用ですね」

「失礼なの。器用なの」

「呆れたやつです。右足はどっちの足?」

「えっと、お箸持つ方の足なの」


 …………どうやって持つのです?

 とうとう、六本木君がのたうち回って笑い出しました。


 そして渡さんも笑い始めたので。

 いまさら気付いた穂咲が真っ赤になってしゃがみ込みました。


「…………ずいぶん器用ですね?」

「不器用でいいの」



 しかし、こんなことで大丈夫なのでしょうか。

 体育祭に向けて、大きな不安の種が出来ました。

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