リビングストンデージーのせい


~ 五月七日(月) 四時間目  準備運動 ~


  リビングストンデージーの花言葉 気前よく与える



 こいつのことが、好きなのか嫌いなのか。

 俺は考えるのをやめた。


 お隣りの家に、同じ日に生まれた幼馴染。

 彼女の名前は藍川あいかわ穂咲ほさき


 いつも一緒にいたせいで。

 好きになったり、嫌いになったり。

 卓球台を行ったり来たりするピンポン玉でいるのが面倒になった俺は。


 こいつのことが、好きなのか嫌いなのか。

 考えるのをやめたのです。



 学校でも隣の席に座るこいつは。

 ご覧の通り、可愛い子なのです。


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を。

 今日はボリューミーなツインテールにしておりまして。

 高校二年生になってから。

 ヘアアレンジも、ぐっと大人っぽくなりました。


 だというのに。

 ご覧の通り、変な子でもあります。


 赤紫の、真ん丸に咲くお花。

 リビングストンデージーが一輪、頭の上に揺れておりまして。

 高校二年生になってから。

 このお花姿も、ぐっとバカっぽくなりました。



 さて、そんな穂咲はダイエット中。

 朝ごはんも抜いてきたらしく。

 四時間目となった今、見えない敵と戦い始めているようですが。


 実は、こいつに内緒なのですが。

 俺もダイエット中で。

 朝ごはんを抜いてきたせいでクラクラするので。

 逆に、腹ペコ怪獣が目に見え始めました。



「うう、お腹空いたの」

「お昼まであとちょっとです。頑張りなさいな。……でも、反動で食べ過ぎないようにしなさい」


 俺もね。


「食べ過ぎても平気なの。今日のお昼は、ダイエットの、こころぶとい味方なの」

「そんな日本語ありません。何持って来たの?」

「だから、言ったの」

「言ってません」

「こころぶといなの」


 …………ああ、なるほど。

 それは心太ところてんと読むのですが。


「確かにこころぶとい味方ですね」

「もちろん道久君の分も作ってあげるの」

「いつも助かります。お昼、楽しみですね」


 囁き声での会話とはいえ、そろそろ先生がこちらを気にし始めました。

 あの目は、執行猶予。

 おしゃべりはお開きにして授業に集中です。


 でも、俺が板書された慣用句をノートに写し始めたその時。



 ぐう



 お隣りさんから、大きなお腹の音が鳴りました。


「……今の妙な音は藍川か? 廊下に立ってろ」


 いやいや先生。

 それはないでしょう。


 女子のお腹が鳴ったのを指摘するのも。

 お腹が鳴ったくらいで立たせるのもダメです。


 しょうがない。


「俺の腹が鳴りました」

「また秋山か。じゃあ、いつものように廊下に行け」


 先生の指示に従って席を立ちましたが。

 上着の裾を穂咲が引きます。


「……心細いの」

「いいから、ばれないようになんか食べておきなさい」


 グミかなんかを食べておけばしばらくもつでしょう。

 あとは見つからないことを祈るのみ。


 そう思いながら教卓前まで来たところで。

 何かが聞こえました。



 すこん



 ……うそでしょ?

 なにその手が込んだ早弁。


「今の妙な音は藍川か?」


 やれやれ。

 これは庇えません。


 だって机の上にガラスの器を置いて。

 心太を四角い筒からすこんと押し出しているのですから。


 現行犯逮捕です。


「…………それは、どういうつもりだ、藍川?」

「こころぶといの」

「授業に関係があるとは思えんが」

「だって、先生のお腹の音が鳴ったの」


 穂咲は妙な事を言いながら。

 器を持って先生に渡していますけど。


 ……収賄罪が追加です。


 しかし先生は、器を手に。

 

「別に腹など鳴っていない。本当に何の真似だ?」

「そうなの? お腹が鳴ったことを指摘されると恥ずかしいものなの。きっと先生は内緒にしてるの」

「腹が鳴るのは仕方がないだろう。別に隠してなどない」

「そうなの。お腹が鳴るのは仕方のない事なの」


 穂咲が何を言いたかったのか。

 俺は先生と同時に納得がいきました。


 お腹が鳴ることは仕方がない。

 見事、先生にそれを認めさせましたね。


「なるほど、これは俺が悪かった」

「あと、あたし達にとってはお腹が鳴るのは恥ずかしいの」

「デリカシーと言う奴だな。今後は気を付けるようにしよう。……秋山。お前を助けてくれた藍川に感謝しろよ?」

「しまった、ばれてしまったの。実は道久君がお腹が鳴ったのを庇ってあげたの」


 ワザとらしく口に両手を当てて。

 俺に向けて、ぺろっと舌を出したりする穂咲ですが。


 ……おい。

 ちょっと待て。


「秋山、お前も藍川を見習ってだな……」

「いやいや! 俺のお腹が鳴ったわけじゃなくて、もともと穂咲のお腹が鳴ったんですよ!」


 さすがに真実を告げると。

 先生と穂咲、そろって眉根を寄せるのです。


「……デリカシーが無いの」

「おいこら」

「立っとれ」

「おいこら」


 今日は、心底納得のいかないまま廊下へ連行されました。


 ……その間。

 まるで俺の犯行だったと裏付けるかのように。

 教室に聞こえるほど、俺のお腹は鳴り続けているのでした。



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