エキストラ・ストーリィズ
#Ex.01 止まり木
後から部屋に入ったスヴェトナが立ち止まって息を呑んだ。予想通りの反応だった。
アリサは目を軽く閉じて深呼吸した。それから片手を挙げてひらひらと振りながら云った。
……というわけでさ。セントラーダの街にいる間はここで寝泊まりするから。
アリサ、――お前ほんとうは小金持ちだったんだな。
そうでもないよ。
スヴェトナは部屋のあちこちを歩き回って検分しながら声を弾ませた。
二人で過ごすには充分すぎる広さだ。掃除も行き届いてる。花瓶には瑞々しいラトランの花。時計の針も狂いなく正確。ベッドにはあのおぞましい
アリサは久々に笑顔を浮かべたスヴェトナに対して何も云えないでいた。ツェベックの爺さんが散弾銃で内臓をぐちゃぐちゃにされて亡くなって以来、彼女はずっと塞ぎこんでいた。それが今では羽化したばかりの蝶々のように飛び回って給仕服の裾をひらひらさせていた。返り血の跡がついた腿のアンダーアーマーが服の裾からちらついて見えた。
……どうしたアリサ。スヴェトナが振り返って云った。――まさかこの部屋、私なんかのために無理をして借りたんじゃないよな。
かもしれない。
おいおい。借り賃だって馬鹿にならないだろう。
お金は、そうだな、――お金はあるんだ。いちおう。
普段のモグラみたいに土に汚れた生活からは想像できないな。
いろいろ事情があるんだよ。
ほう。
アリサはブーツを脱いで部屋の隅に荷物と一緒に置いた。そして外套の襟を緩めて口元を露わにするとベッドに腰を落ち着けた。棚に飾られた調度品に見惚れているふりをしつつこちらの様子を窺っているスヴェトナの姿をじっと見ていた。彼女は腰を曲げて両膝に手を置き覗きこむようにして観ていた。そうした姿勢になると身体のラインが浮き出て彼女が痛々しく痩せていることが見てとれた。普段ならそうしたことも分かりにくい服装だ。――健気にも同じ給仕服を身にまとい続ける少女。これはケジメだ、と彼女は以前に云った。私はツェベック様を守ることができなかった。
……スヴェトナ。
なんだ。
あんたこそちゃんと栄養あるもの食ったほうが好いよ。
私よりもお前の方が――。
さっきの話。アリサはスヴェトナの声を遮って云った。……私は確かにお金を持ってる。でも普段はできるだけ手を付けたくないんだ。なぜならそのお金は他のスカベンジャーの連中と同じように額に汗して稼いだものじゃないからだ。それでも今回わざわざ引き出したのは、――そうだな、“二人の前途を祝福して”ってやつだ。街の各所にある防空壕で死体と添い寝するなんてごめんだろ?
スヴェトナはしばらくためらうように調度品とアリサの顔とを交互に見ていたがやがて溜め息をついてうなずいた。
……アリサ。お前が貧乏そうな割に妙にのんびりしてる理由がこれで分かった。再生機を無駄遣いするのも人におせっかいを焼きたがるのもいざという時の蓄えがあるからだな。痩せてる可哀そうな
身も蓋もない云い方をするとそうなるね。
スヴェトナはベッドのそばの椅子に音もなく腰かけた。そして薄く微笑んでみせた。
……そのお金の出所は当然秘密だろう?
アリサはベッドに背中を預けた。そして天井に言葉を投げつけた。
――この街に来たからにはある人に挨拶しなきゃならない。だから謎の絡繰りもそのうち分かるよ。
スヴェトナがうなずいた。――まァそう決まり悪い顔をするな。スカベンジャーとはいえたまの贅沢は許されるはずだ。止まり木で羽を休めるのも時には必要だろう。ただでさえお前は他の禿鷲どもとは違って長くは飛んでいられないだろうからな。
大きなお世話……。
スヴェトナが夕食の支度をしているあいだアリサはベッドに寝転びながら考え事をしていた。天井の染みの数を目で追いながら両足を上げたり下ろしたりして埃を振りまいた。鼻唄まじりに調理を続けているスヴェトナの生活音が子守歌のように
アリサはスヴェトナの鼻唄を聴きながら寝返りを打った。笑顔になれば好いのか。それともしかめっ面になれば好いのか分からなかった。
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ご読了、誠にありがとうございます。
よろしければ今後もお付き合い頂けますと幸いです。
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