#04 教会の戦い

 依頼してきた少女が戦前に暮らしていたという教会はまだ健在だった。墓地には処理しきれなかった死体が山積みになって放置されておりまるで収穫を終えた穀物の藁を束にして取り置いてあるかのように見えた。砲弾はこのような場所にまで降り注いでいていくつかの墓を掘り返していた。熱で変色した四肢やあばらの骨が散乱しており蛆すらたかることなく干からびている。掘り出された棺桶の蓋が叩き割られており中の遺品を漁った跡があった。雨風にさらされ砂塵にまみれた遺骨の群れ。アリサの隣で弟のスカベンジャーが息を吞んだ。一行は黙って教会に入った。


 長椅子や説教台は落下してきた天井で半ばが潰れていた。それらを乗り越えて脇の扉を抜けたところで兄が声を上げた。

 こりゃもう何も残ってないだろ。漁るだけ無駄だ。

 別に私は付いてこいなんて云ってない。何処へでも行けば好いだろ。

 爺さんが俺たちと来てくれるってんならいつでも独りにしてやるよ。

 いいよそれで。

 そうもいかんだろ。老スカベンジャーが煙草の煙を吐き出しながら云う。それでお嬢さんが死んだら誰が遺品を回収する?


 地下室の探索は兄弟に任せてアリサは教区長の部屋に入り机にもたれかかるように死んでいる遺体を眼にした。腐敗液が椅子や机に染みこんで黒ずんでおり壁にはこれまた黒く変色した血痕がこびりついていた。床には護身用の拳銃が転がっている。アリサは腰のポーチから再生機を取り出して魔晶体を遺体の顔にかざした。そして少女から受け取った父親の写真と死体の生前の面影とを見比べた。似ても似つかない。小さな溜め息が漏れた。

 男が書いていた日記が机に広げられていたが染みこんだ腐敗液のためにところどころ読めない。それでも何とか最期の日付から読み取れたのはただひと言。人間にあれほど残酷なことができるなんて。


 老人が少女の肩越しに日記を覗きこんで云った。――なんだ探し人か。この教会にきた本当の目的もそれかね。

 おい勝手に見るなよ。

 直接契約かい。あまり感心はせんな。どうせ組合を通してないだろう。

 アリサは日記を閉じて机に置いた。そして再生機の電源を落とした。

 ……一文無しの孤児がどうやって組合の亡者たちから話を聞いてもらえるってんだ。身体でも売れってか。

 間違っちゃいない。どちらにしろ金は必要だからな。――今の時代、お前さんくらい図太く生きられないのなら独りぼっちの子供にできることなど知れているというものだ。

 老人は煙草の火を踏み消した。埃と共に散らされた灰が割れた窓から差しこむ陽に照らされて光っていた。

 ま、――お前さんが規則を破ろうが私は構わんがね。告げ口などせんよ。

 どうだか。

 信じられんか。一夜を共にした仲じゃないか。

 気色悪い云い方をするんじゃないよクソじじい。


 弟の声がして別の部屋に向かうと兄が地下倉庫の入り口を覗きこんでいた。顔をしかめながら煙草を口の端で噛みつぶしている。先ほどの店とは違い扉はすでに破壊されていた。アリサは明かりに照らされた先を眼にして一度だけうなずいた。兄が再生機のダイヤルをセットする。そして映像が出力される。


 最初は地下への入り口は閉ざされており偽装のためにカーペットで覆われていた。外から別の国の兵士たちの一隊が教会のホールになだれこんでくるのが見えた。地下室から幼い子供のくぐもった泣き声が聴こえてきた。男たちの慌てるような声。黙らせろ。それから鈍い音が扉から漏れたと思うと泣き声はぴたりと止んだ。

 兵士たちがホールから部屋に入ってきた。彼らもまた小型の再生機を持っていて地下への入り口はあっけなく発見された。下士官が部下に合図する。一人がうなずいて工具を手にした。蝶番を破壊し扉を持ち上げたがその瞬間に発砲音がして彼は左肩を撃たれ後ろに倒れこんだ。それからひと続きの銃声がスズメバチのようにぶうんと唸って地下から飛び出し天井の漆喰に弾丸が喰いこんだ。下士官は舌打ちして腰のベルトから魔鉱石を取り出すと地下の入り口に放りこんで術式を唱えた。鉱石は言葉に反応して力を解放する。赤い光がぱっと花開いたかと思うと業火が入り口から吹き上がった。悲鳴や絶叫さえもが炎の勢いに飲まれて途絶えてしまい後には黒い煙以外に地下から立ち昇ってくるものは何もなかった。兵士たちが負傷者に肩を貸して歩き始めたところで兄のスカベンジャーは再生を止めた。


 アリサは地下に続く階段に足をかけた。兄が一歩だけ踏み出す。

 おいおい正気かよ。

 何か使えるものが残ってるかもしれないだろ。少女は嘘をついた。あんたたちはホールで待ってて。

 云われなくてもこんな呪われちまいそうな場所に誰が行くか。

 老人は云った。私が行こう。


 兄弟を残してアリサは地下室に降りた。年月が経っても煤の臭いはまだ残っていた。マスクで口と鼻を覆い手袋に包んだ手で炭化した死体の顔を持ち上げた。そして再生機で一人ひとりの生前の顔を確認していった。焼かれる寸前の恐怖でひきつり怯えきった表情。再生機を切るとそれはただの黒い塊となって目の前に横たわる。部屋の隅には生焼けの遺体もありそうした者は酸欠で死ぬまでに永い時間が必要なはずだった。アリサは途中で限界がきてマスクを外し胃の中のものを死体の山に向けて吐き出した。咳きこみながら口元を拭っていると老人が背中をさすってきたので身体を揺らして振り払った。


 彼は首を振った。……まったく酷いものだ。

 いちいち云わなくていいっつの。

 探し人は見つからないか。

 ああ。

 地下に逃げこんだ相手の処理には私の部隊も散々苦労させられたよ。

 云わなくていいって云ってんだろ。


 アリサが胃液混じりの唾液を吐き出したとき地上から銃声が飛びこんできた。次いで兄のスカベンジャーの叫び声も。二人は弾かれたように階段を駆け上がって部屋から飛び出した。弟がホールの床でもがいていた。腹を撃たれている。兄が教会の外に向けて散弾槍を何発か撃ち返しアリサも掩護した。老人が弟を引きずって先ほどの部屋に連れこむのを横目で見届けると少女は崩落した天井の瓦礫の後ろに隠れた。乾いた銃声が際限なく降り注いで残り少ない窓枠をもぎ取ってから長椅子に着弾し木片を飛び散らせた。


 兄がこぶしで瓦礫を叩きながら喚いた。

 あいつらやりやがった畜生!

 アリサは叫ぶように云った。落ち着いて。敵の武器は。

 案の定だ。自作品じゃねえ。爺さんが云ってた連発できる正規品だよ。あのすかした野郎うそをつきやがって。後で絶対に殺してやる。


 アリサは瓦礫から一瞬だけ顔を出した。連中が用いている銃はこれまでにも何度か見覚えがあった。水道管に引き金と弾倉とストックを取りつけて塗装したような見た目だが人を殺すには充分だ。彼らは噴水の影や生け垣を遮蔽物にしてこちらを取り囲んでいた。――五人、いや六人。老人が弟を連れこんだ部屋から顔だけを出して様子を窺っているのが見えた。アリサは手を振り指差して合図した。彼がうなずいて振り向き散弾槍を腰だめに構えて一発撃った。幾百もの子弾が銃口から放たれ回りこんで奇襲をかけようと試みていた男の上半身を窓枠ごと吹き飛ばした。


 少女は兄に向かって叫んだ。

 煙幕っ。

 分かってるよクソが。

 兄が散弾槍を持ち替え下部に取りつけられた補助用のバレルから教会の前面に煙幕弾を放った。少しの間銃撃が激しさを増した。アリサはゴーグルをはめタイミングを見計らって手近な窓から飛び出すと瓦礫の後ろに滑りこんだ。そして散弾槍の弾丸を榴弾に換装して二脚を立て瓦礫の上に固定すると記憶を頼りに相手の位置を目測し煙の向こうに撃ちこんだ。発射の衝撃で煙が渦を巻き肩に衝撃が伝わった。相手は崩れかけた生け垣に隠れていたが榴弾はその遮蔽物ごと彼の左肩から胸にかけての上半身を粉々にして宙に舞い上げた。首が皮一枚で繋がっている状態で落下し割れた水風船のように内臓が大地にまき散らされた。即死だった。


 相手がひるんだ瞬間を逃さずアリサは次の物陰に隠れ兄もその後に続く。彼は散弾槍の先台を引いて排莢すると足に体重をかけてレバーを下ろし銃の機関を変換した。そして腰のベルトから弾倉を抜き出して散弾槍に叩きこみ先台を戻してから撃ち始めた。機関銃のように弾丸が間断なく飛び出し反撃を試みようとしていた相手は再び頭を隠した。

 その間にアリサは散弾槍の二脚を手前に引いて折りたたまれていたストックの側面を広げ底盤にした。底盤と二脚で散弾槍を地面に固定すると新たな榴弾を薬室に叩き入れた。そしてストックの横に取りつけられている目盛で大体の位置を調整してから引き金を引いた。榴弾が迫撃砲のように大きな弧を描いて飛んでいき不気味な飛来音を発しながら噴水の反対側に着弾した。敵の一人が慌てて姿勢を上げて移動しようとしたが兄のスカベンジャーの銃弾がその首を容赦なく刈り取る。少女は休むことなく再度榴弾を装填し斜角を調整して撃った。今度はほぼ直撃だった。枯れた噴水の向こうで肉片と共に赤い血しぶきが噴き上がるのが見えた。


 四人が斃され残る二人が撤退を開始した。うち一人の背中に兄の銃弾が喰いこんだ。残る一人はさらに遠くへと逃げていき建物の影に消える。

 兄が吠えた。あいつだ。あいつが弟を撃ったんだ。逃がすかよ。

 ちょっと待てっての。アリサは彼の肩をつかんで云った。怒りに任せて付いていってまんまと誘いこまれたらどうするんだよ。それに大切な弟さんを放っていくわけ?

 ちくしょう!

 青年のスカベンジャーは最後に斃された者のそばまで走っていった。彼はまだかろうじて息があった。唇を動かしていたが弾丸は肺を貫通しており漏れてくるのは呻き声と鮮血ばかりだった。兄があばらに何度も蹴りを入れると彼は苦悶の声を上げて身体を丸めた。アリサは黙って見ていた。兄が腰からマチェットを抜いてしゃがみ込み男の首に刃を当てるのが見えた。アリサは眼を背けた。


   ◇


 二人は急いで教会の一室に戻った。老スカベンジャーが少年の応急処置を続けていたが出血がひどすぎた。兄の姿を認めると弟はうなずくように首を動かした。血の混じった咳と荒い息づかい。やがて痙攣が始まり青ざめた顔色は灰色に近づき始めた。兄が弟の頬に手で触れたときすでに少年の瞳は光を失っていた。兄は服の裾をつかんで立ち上がりその場を歩き回っては長椅子の残骸を蹴り飛ばした。

 教会の前にはすでに禿鷲が集まり始めていた。兄は猛禽たちに散弾槍を向けて撃った。そして叫んだ。

 ――お前らにこいつはやらねえ。どっかに行きやがれ死喰いども。

 禿鷲が飛び立ってからも彼は延々と叫び続けた。

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