第21話 プロポーズ



 他の人から見ると決して爽やかじゃない状況でも、本人にはサッパリした気分の時があると思う。

 ソファで目を覚まして、なんとも言えない充実した気持ちが湧き上がった。

 俺のベッドは、米原さんが占領している。あの後うちに来てさんざん田端さんの愚痴を言って、そのまま眠ってしまったのだ。仕方がないので、俺はいつも高野さんが寝ているソファで寝てみた。

 酔っ払いの米原さんから、誰かを好きになるっていうことの嬉しい部分も、パワーも、悲しみとかも…全部聞いて、俺は何度も高野さんのことを思い出して、そして何故だか強く好きだと思った。

 米原さんの、田端さんへの想い。

 いろんな所で、俺の高野さんへの気持ちと重なった。

 米原さんは、田端さんにぶつかっていけばいいと思う。

 そして俺は、この気持ちをこれまでみたいに邪険にしないで、次第に薄れるまででもいいから、もっと大事にしようと決めた。



「あ…加藤くん、私、寝ちゃってた?」

 米原さんが、目を覚ました。

「おはようございます…俺、なんにもしてませんよ」

 そう言うと、米原さんがフフッと笑った

「魅力無し?」

「いえいえ、相当の我慢を要しましたよ」

 そう言い合いながら、お互いにそんなつもりが全く無いのがわかっている。こんな女友達、生まれて初めてできた。

「あはは。…ありがとう」

「いいえ、いつでも話、聞きますよ」

 米原さんの視線が、ふとテレビの上で止まる。

「ライター、まだ返してないんだね…本当は好きなんでしょ」

 俺は首を横に振って、それからライターを手にした。

「違いますよ。彼女は違います。送ろうと思って忘れてただけで…」

 吉田先輩のライター。高野さんに三度告白して振られた勇気ある先輩のライター。

「そっか、…でも、なにか思い出があるのね」

「…多少は」

 俺には勇気はなかったけど、ちょっと励まされた。この気持ちを忘れようとする時に、なんとなく見ていた気がする。



「今日は私、仕事休むね。風邪引いたことにする。昨日と同じ服装じゃ行けないし」

「そうですね。…今日はゆっくりしてください」

「本当にありがとう、お世話になりました」

 米原さんはぺこりとお辞儀をして、部屋を出て行った。

 それから俺も、出勤の準備を始めた。

 田端さんも罪な奴だ。まあ、その田端さんも誰かにフラれたばかりなんだけど。

 みんな、なかなかうまくいかないな。

 うまくいかないな。



「おはよう」

「あ、おはようございます」

 高野さんが、先にデスクで仕事を始めていた。…っていうか、今仕事を始めたばかりには見えず…。

「何時から来てたんですか?」

「いや、三十分くらい前だよ。俺、そんなに愛社精神ないし、社畜でもないって」

「ははは、でも今めちゃくちゃ会社に振り回されてますからね、気をつけてください」

「うん。ありがと。昨夜思い出した仕事、どうしても気になって先に片付けに来たんだ。あ、さっき米原さんから電話あって、風邪で休むって」

 そっか、もう電話してきたんだ。



 その日も、高野さんと二人だけ残って仕事をした。引継ぎは待っていた書類が午前中に届いたことで順調に進み、7時過ぎにはキリ良く終わった。

「じゃあ今日は終わろうか」

「はい、書類、早く届いて良かったですね」

 そんなことを言いながら、デスクを片付ける。

「営業の引継ぎも、ほとんど終わったそうですね」

「え?ああ…田端さんから聞いたの?」

「はい、昨日」

 そんな話をしていた時、誰かが入ってくる音がした。

「お疲れ様~」

 米原さんだった。

「あれ?米原さん、風邪じゃ…」

 高野さんが驚いている。

「うん、もうだいぶ良くなったの。あれ?もう仕事終わり?」

「あ、はい。今日は早く片付いたんです」

と俺が答えると、米原さんはちょっと残念そうな顔をした。

「遅かったか。これ、差し入れ」

 渡されたのは缶コーヒー。

「あ、ありがとうございます。…って、どうしたんですか?こんな時間に」

「へへへちょっと寄ったの。ねえ、加藤くん、私、今から行ってくる」

 は?どこへ?

「田端んち。今、営業行ったら、今日はもう帰ったみたい」

 お、攻め入るつもりだな。勇気ある。男前だな。 

「田端さんち…ですか?」

と、高野さんが呟いたとき、米原さんは俺も知らないビックリ情報を告げた。

「この前、付き合っても無いのにいきなりプロポーズされてさ。でも九州には行けないなと思って、一度断っちゃった。でも、やっぱ、好きだから」



 は?!じゃ、じゃあ、田端さんが告ったって…。

 っていうか、付き合っても無いのにいきなりプロポーズ、する?

 田端さん…!

 それ、出来る男のやり方じゃありませんって!

 …馬鹿なんですか?って、目の前にいたら言うよ。

 笑いがこみあげてきた。


「九州、行くんですか?」

「あ、加藤くん、安心してよ。そのあたりどうするか、今何も考えてないし、もしそういうことになっても仕事はキリの良い所まで勤め上げるから」

 米原さんは、そう言って俺の肩をポンと叩いた。そして

「やっぱ、自分の気持ちには正直にならないと。ストレス溜まる」

と、言った。

「自分の気持ちに正直に…」

 高野さんが、復唱している。

「誰か好きになるのって、結構難しいから。だから、ダメでも、ダメじゃなくても、手は尽くした方が良いような気がしてきた。加藤くん、話聞いてくれてありがとうね」

 じゃあね、と米原さんが去っていく。



「今の、何?」

 米原さんが出て行った後も、しばらく高野さんは固まっていた。

「…そういうことらしいですよ」

「そういうことって…」

「米原さんは、田端さんが好きなんです」

 俺がそう言うと、しばらく間があった。

「か、加藤は…知ってたのか?」

「…最近ですけど」

「田端さんが、米原さんにプロポーズしたっていうのは」

「それは聞いてませんでした」

 これはホントに、ビックリ。

「加藤、米原さんが好きなんじゃなかったの?」

「違いますよ」

 高野さんが好きなので。



 米原さんの言葉が、頭の中でぐるぐるしている。

 誰か好きになるのって、確かに、結構難しいかも知れない。

 手は…尽くした方が良いかも知れない。

 そうだね…。

 俺が大事に思う二人、高野さんも、米原さんも、どちらも勇気があって、相手に想いを伝えて、そういうところがまた好きだと思う。

 俺も、ちょっとだけ勇気をもらったら、二人に近付けるのかな。

「…あの、高野さん」

「ん?」

 呆然としている高野さんに話しかけてみた。

「俺…高野さんが好きです」

「…ん」

「好きです」

「ん?」


 高野さんが、俺の顔を二度見して、それからじっと見た。

「え!?」

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