第14話 家飲み




「何から話していいか分からないけど、本当にごめんな。加藤には、ずっと謝りたいと思ってた」

 いきなりのことで、どうしていいか分からない。この話が二人の間で出てくる日がくるとは、思ってもみなかった。

「謝るって…何をですか?」

 とても慎重になる。傷つけたくない。傷つきたくない。

 俺が微妙に白を切ったことに、高野さんは口の端を歪ませて笑った。

「あんまりこの話、したくないとは思うけど。…俺が大学出るとき、お前に言ったこと、覚えてるだろ?」

「……」

 緊張が体の中を走りぬける。俺は、あのとき…断った。

「ごめんな。…軽はずみなことをしたって反省してる。まさか加藤と同じ会社で働くことになるとは思わなかったんだ。もう会うこともないと決めつけて、よく考えもしないで馬鹿なことをしたと思ってる」

 馬鹿なこと…。高野さんがそう言ったのを聞いて、ちょっと現実に引き戻された感じがした。

 そっか、馬鹿なこと、だよな。

「入社したら俺がいてビックリしただろ。俺も加藤が入ってくるって分かった時、めちゃくちゃ驚いて。それでも何とかなるかと思ってた。でも…」

「…でも?」

「…仕事中も、お前が俺にビクビクしてるの見てたら本当に申し訳なくって…」

「ビクビクなんか…」

 してたっけ。ははは。

 なんとなく目を見合わせた。どんどん、どんどん胸が苦しくなる。

 高野さんが、また新しい缶ビールを一つ開けて、一気に飲んだ。

「あの、加藤、安心してもらいたいんだけど、俺、あの…ゲイとかじゃないから。今、お前のこと何とも思ってないから」

「……」

 ああ…。

 俺は、うつむいた。

 そっか、何とも思ってないのか。

 うん。…分かってましたよ。でもはっきり言われると、しんどいな。

「ちょっとあの頃いろいろあって、弱ってて。お前のこと、後輩だけどすごく尊敬してたし、気持ちちょっと頼ってた。相談したらいつも冷静に答えをくれて。まあ、それは今も同じだけど」

「……」

「ごめんな、もっと早く話しておけば良かった。でも、改まってするのも難しい話だと思ってて、今まで言えずにいたんだ。桂さんにも迷惑かけた」

「…桂さんに?」

「加藤に、俺がもうそういうつもりが無いってことを分かってもらいたくて、誘われたらなんとなくメシ食いにいったりしてたんだ」

 え、それは…。

「もちろん、何もしてないけどさ、酷い奴だろ、俺。平気なんだ。誰かが泣いてたって、困ってたって、俺、平気なんだよ」

 話だけ聞くと、本当に酷いと思う。でも、目の前の高野さんは苦しそうに俯いている。平気だったわけじゃないんだ。それだけどうしていいか分からなくなっていたってことだ。もちろん、だからといって桂さんの気持ちを利用していい理由にはならないが。

「高野さん、俺…」

 高野さんの悪いところを聞いて、でも、話してくれた正直さにもっと魅かれてしまう。

 あ…。やばい。

 今、部屋に二人きりだ。二人の間を隔てるものも無い。

 ベッドから立ち上がって…抱きしめてしまえる。それはとても簡単にできてしまうだろう。俺が抱きしめたら、目の前の高野さんは抵抗しないだろう。

 床に直接置いていた新しいビールに手を伸ばした。プルトップを引いて、一気に飲んだ。

「高野さん、俺…」

 好きです。



 でも、この人は俺のことを、もう何とも思っていない。

 そんな人を抱きしめたって、虚しくなるだけだ。



「高野さん、俺…高野さんが北海道に就職したと、思ってました」

 急に場違いな話を始めた俺に、高野さんが『え?』と顔をあげた。

「…誰から聞いたの、そんな話」

「高野さんの卒業式の日。その日、吉田先輩に『高野は北海道に行った』って言われたんで、ずっと誤解してたんです」

 高野さんが少し笑った。

「それ、研修。お前も三月に北海道行かなかった?」

 …あ、行った。

「加藤って、時々抜けてる」


 

 気が付くと床で寝ていた。…高野さんはソファで寝ている。

 立ち上がろうとして、ひどい頭痛に気付いた。

「痛ッ」

 これが二日酔いかな。今までいつも『吐いたら元通り』だったから、これほど翌日まで引きずったことが無かったのだ。昨日は自分の部屋で吐かずに飲んで、そのまま寝てしまったから。

 高野さんを起こさないようにそっと立ち上がって、台所で水を飲んだ。

 今日は土曜日。もう少し寝てようかな。

 ソファで眠っている高野さんを、なんとなく眺めた。

 昨日は、入社以来気になっていたことの答えが出て、少し良かった。…できればもう少し早く分かっていれば、失恋せずに済んだのに。


 失恋、ってのも変か。いや、でも他にぴったりくる言葉もない。


 高野さんって、やっぱり寝ているときも高野さんだなぁ…。整然と寝てる。右手がソファから落ちて、ユラリと垂れ下がっている。優雅だった。

 なんでこの人、こんなに色気があるんだろ。

 いや、もうそういう目で見てはいけないんだ。

 雑念を払おうと、頭をブンッと振ったら、二日酔いの頭がガンッと痛んだ。

「痛…」

 頭を抱えてしゃがみ込む。目の前に綺麗な右手があった。



 神様、見ることと、想像することは許してくれませんか?

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