第11話 たぶん好きです


 気分、悪い。

 火曜日の係の打ち上げ&歓迎会。俺は飲みまくった。

 しかし例の通り気持ちよく酔うことなどできず、そ〜っとトイレで吐くこと数回。そしてすぐに素面に戻ってしまう。

 それでも、ちょっと酔ったフリをした。

 総務係は九人しかいない。この人数では、高野さんから遠ざかることは物理的に無理、というわけで、酒に逃げてみたのだ。

 俺の歓迎会でもあるので、どんどん勧められる。特に一週間一緒に地下に潜って親しくなった係長と米原さんが俺を取り囲み、グラスが空になるのを許さない。

 いつもなら困る状況も、今は助かる。


 高野さんが気になりだした、というか気になっていることを自覚したその日に、当の高野さんが女の子とホテル街から歩いて出てくるのを見てしまった。

 その日もショックはあったけど、日増しにダメージが増してくる。高野さんが何か話しかけようとするのを避けながらこの二日間を過ごした。

 元はと言えば高野さんから俺に告白してきたくせに…。

 …断ったんだけどさ…。

 そうだよな〜、断ったんだよな。断られたら、フツーは次に行くわな。前に進むよな。

 …俺も前に進まねば。


 トイレで吐くこと本日三回目。

 …また素面に戻ってしまった。

 洗面台でうがいをしていたら、ドアが開いた。

 …高野さん!

 高野さんが、珍しく怖い顔をしてこちらに来た。

「おい、加藤、お前飲みすぎだぞ」

 肩に手をかけられてビクッとしてしまった。ぎこちない空気が広がり、高野さんは、俺の肩からそっと手を離した。

「…大丈夫ですから」

 平静を保って、そう言うのがやっとだ。

「大丈夫じゃないだろ、…もう、やめとけよ」

 後半の、本当に心配している感じ。キツイよ。

 優しくするなって。マジで辛くなるから。

 …やっぱ俺…。

 下を向いたら、頭も痛くなってきた。両手で頭を抱え込む。

「加藤、大丈夫か?」

 触れるのをためらってる手。さっき、俺がビクついたから意識してるんだろう。その腕に、倒れこんだ。

「え!ちょっと、加藤!」

「大丈夫です…ちょっとだけ…」

 本当に頭痛が酷い。

「ちょっとだけ、いいですか…頭、痛くて」

「あ…うん」

 頭上で、高野さんの深呼吸が聞こえた。それからしばらく、高野さんは黙って俺の身体を支えてくれていた。温かくて、気持ちが良い。

「すみません」

「いいよ。送ろうか?」

「いえ、落ち着いたら戻ります」

「無理しなくていいから」

 …今、突然『好きです』って言ったら、どうなるんだろう。

「なんか、あった?」

 いろいろ、あったよ。

「…高野さんって…」

 まて、俺、何を言おうとしているんだ。

「ん?」

 整った顔が少し近づいた。

「あの、高野さんって、今…」

 口が、頭で考えるのを無視して勝手に動く。顔をあげた。すぐそばにある高野さんの顔。胸がキュッと痛い。

「高野さんって、今、誰か付き合ってますか?」

「え?」

 高野さんの目が少し大きくなった。綺麗だと思う。

「いや、誰とも」

 その言葉に、俺は大きく深呼吸をした。

 本当?

「高野さん…俺…」

「ん?」

 じっと見つめ合った。胸に何かがこみあげる。

「もう一回、吐いてきます」

 個室に走った。


 恥ずかしいぞ、俺。

 気分が悪くなって高野さんにもたれかかって甘えた挙句、吐くところを聞かれてしまった。

 うがい、再び。

「ありがとうございました。これでホントに大丈夫」

「お前、吐くと元に戻るよな」

「なんか、そういう体質みたいです。すいません」

「いいよ。ちょっと外で風に当たって来いよ」

「いえ、もう戻ります」

「無理するなよ」

 高野さんはそう言って、俺の頭をぐしゃっと撫でた。ああ、もう!なんでそんなに優しくする!バカタカノ!その調子でみんなに優しくしてきたんだな!吉田先輩にも、桂さんにも!バカ!

 そりゃ、モテるよな…。顔も性格もいいんだから。

 高野さんを見た。心配そうに俺を見ていた。俺は無理して笑って見せた。

「大丈夫。大丈夫です」

 高野さんも、心配そうな歪んだ作り笑顔を見せた。

「あの、加藤」

「ん?」

「俺、ホントに誰とも付き合ってないから。桂さんとも。彼女、フリーだから」

「……!?」


 ああ、なるほど。

 俺が荒れてるの、桂さんのことが好きだからと思っているのか。

 そっか、そりゃそっか。

 あの場面以来高野さんを避け、今日も荒れて飲みまくってみるところからして、そう思われても仕方がないか。まさか、俺が高野さんのことを意識しているとは思わないか。

 …とりあえず、誤解は解いておこう。

「あの、高野さん…」

「ん?」

「それ、違います。別に俺、桂さんのことはただの同期と思っているんで」

 そう言ったら、高野さんはちょっとだけ困ったみたいな顔をして言った。

「うーん…。じゃあ、米原さんと何かあった?」

 え?なんでそうなる。

「土曜日、繁華街で腕組んで歩いてたよね」

 …確かに!

 あちゃ~。なんでそんなに見られちゃってんの、俺。

「いや、それは」

 そこまで言った時、係長の声が近づいてきた。

「加藤くん、大丈夫?」

 おっと、今めっちゃ高野さんに寄りかかっているぞ。…酔ってるってことで、まあいいか。もう少し、甘えたい。

 そっと身を寄せたら、高野さんの、俺の背中にあった手に少し力が入った気がした。

 洗面ブースに、係長が現れた。

「お、顔色悪いな」

「すみません、飲み過ぎました」

「高野くん、介抱すまんな。俺飲ませすぎた」

 三人で、ちょっと会話して、俺が『もう大丈夫です』って、切り上げた。



 その後、小一時間で会はお開きになった。高野さんが送ろうかと言ってくれたが、俺は断った。二人きりになりたくない。

「加藤くん、自転車乗っちゃダメだよ〜!自転車って飲酒運転の罰金高いらしいよ!」

 米原さんが、アドバイスをくれた。

「はーい。押して帰ります!」

「気ィつけてな〜!」

「また木曜日〜!」

 みんなが口々に言って、店の前で解散した。

 ぼんやり自転車を押しながら歩く。もう5月になろうというのに、夜風が冷たかった。

 高野さんは高野さんで、俺のこと色々誤解してくれちゃってたな。桂さんが好きだと思ってたり、米原さんと腕組んでるの見ていたり。

 米原さんの件、弁解しそびれたな。米原さんにも悪いから、いつかちゃんと言おう。




 部屋に戻って、スーツだけ脱いでベッドに倒れこんだ。

 …好き、なんだろうな。

 いつの間にか、眠ってしまっていた。


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