第10話 各種症状と混乱


 好きなのかな


と、自覚したとたんに失恋するつもりか、俺は。

 いやいや、つもりとかそんなのないけど、こんなことってない。

 サイテーなことに高野さんと目が合ってしまった気がする。もっと最悪なことに連れてた女子が俺の同期の桂さんで、彼女とも目が合ったと思う。

 これ、俺の感情抜きにしても見なかったことにして逃げるヤツじゃん。

 気が付いたら自転車を漕いでいた。


 なんなんだ、なんなんだ、なんなんだ、ありゃ。

 あれってやっぱりあれだよな、ホテル街から出てきたんだからそうだよな。

 いや、待てよ。他の所から出てきたのかも知れないぞ。

 通り道にしただけかも知れないし。

 いやいや、夜だぞ、場所も場所だが、そんな時間に二人で歩いているだけでも十分じゃないか。

 でもさ、木曜に知り合ったばかりだってのにさ、二人ともさ、そんなに手の早いことってある?     

 まてまて、落ち着け、落ち着けよ、自分。結果オーライだぞ。高野さんのこともしかして好きかな?の流れから、うっかり告って恥をかかずに済んだんだから、これで良しとするんだ。そういやさっき、高野さんに電話しようとしてたじゃん!

 あああ、電話しなくて良かった!

 これで道を踏み外しかけてたところから軌道修正できるということだから。なんなら出くわしたことに感謝すべきだ!

 あ〜!!!好きかも、とか思いかけてた自分がハズカシイ!高野さん、ノーマルじゃん!

 部屋に戻って、冷蔵庫の中のビール五本全部開けてガンガン飲んだ。即効気分が悪くなってトイレで吐き、すぐに素面に戻ってしまって。

「そうだ、俺、酔えないんだったわ」

 ばっかでねーの、俺。

 あ〜、頭いてぇ。

 泣ける。自分が情けなくて。

 失恋?した時に話を聞いてもらう友達がいない。

 マジでサイテーだ。

 こんな状況なのに、やっぱ顔が見たいなんて。


 翌日の日曜日も土曜日以上に無駄に過ごした。テレビつけっ放しでベッドの中で一日転がって。あああって何回も声に出してみて、いろんなことを思い出さないようにしようとした。

 今日は、いいんだ。今日はぐちゃぐちゃでいいんだ。とにかく、月曜日には元に戻って仕事をしなくちゃならないんだから、今日は狂ったままでいいんだ。

 でもさ、高野さんさ、俺、本当はさ。

 恥ずかしくても道を踏み外してもいいから、時間が欲しかったよ。考える時間がもっと欲しかったよ。

 ポケットから、キラキラの付いたライターが転がり落ちた。

 拾い上げて、テレビの上に乗せた。

 吉田さん、三回も振られたんだ。スゲー勇気あるな。

 俺はダメ。好きって気付くのにも時間がかかるうえ、自覚したところで何にも言えないまま終わると思います。意気地なしと責めないでください。高野さんは男だし、高野さんの方向性も分からないし、俺の方向性もよく分からないっていう、特殊な状況なので許してください。

 でも…。

 そっか、その特殊な状況で高野さんは告白してきたんだ。

 生まれて初めて人に告白されてパニックになったけど、俺ちゃんと返事ができてただろうか。

 俺、あのとき、高野さんを極力傷付けずにいただろうか。



「おはよ〜!って、加藤ちゃん、顔色悪いんじゃない?」

 チェックマン米原さんから、早速指摘を受ける。

「いや〜、ちょっと土日に昼夜逆転しちゃって…。でも大丈夫ですから」

「了解。今日が体力仕事は最後だと思うから、しんどいけど…頑張ってね!」

 笑顔と励ましがまぶしい。米原さんのことだけ好きでいられたら良かったのに。 しみじみとそう考えていたら、米原さんがサッと俺のそばに近づいた。

「土曜日サンキュー」

 なんて、耳元で言う。

「え?ああ…はい」

 土曜日、米原さんの同期会に参加したのが遠い昔のことのよう。しかし、俺はなんとか笑顔を作って頷いた。

「こちらこそ、ご馳走さまでした」

「いえいえ」

 ちょっと秘密の空気感で二人でふふふと笑って「じゃあまた」と別れたところで、高野さんが現れた。

「おはようございます」

 ん?ちょっと不機嫌?それとも疲れてる?

 なんか、いつもの爽やか成分がちょっと足りない。

「お、おはようございます…」

 なんとなく、目を合わせづらい。

「あの、加藤」

 高野さんが俺に話しかけたが、

「加藤く〜ん!」

 米原さんが俺を呼んだのが同時だった。迷わず米原さんの方を振り向いた。

「はい!」

「金曜日のチェック表、どこにしまったっかなぁ」

 仕事のことだ。優先順位高いから高野さんのこと気付かないフリして…いいよね。

「あ、はい、俺持ってます!」

 慌ててその場を離れた。


 今日は全員で地下の倉庫を片付ける日だった。総務係9人がごったがえして作業をしたので、高野さんと二人っきりにならずに済んだ。

 高野さんも、朝の暗そうな雰囲気は気のせいだったようで、いつもどおりに仕事をしていた。

 …高野さんと桂さんか…。

 似合わなくはないな。吉田先輩の方がベターな気もするけど。でも高野さんの彼女を俺の好みじゃ決められないし。

 どのみち俺とどうにかなるよりかはマシだ。

 どうにか…?

 どうにかっていうのは、無茶だな、俺も考えられん!

 俺の高野さんに対する気持ちって、やっぱりまだまだ「会って話がしたいなぁ」程度だわ。『どうにか』は無理。

 じゃあ…現状ってベストだな。高野さんには彼女ができて俺も悩むことないし。うんうん、プラス思考っての?いい方に考えよう。そうしよう。


 荷物運びがとうとう終わって、みんなお互いに『お疲れさま~』って声をかけながらロッカールームへ。作業着からスーツに着替え直して、残りの勤務時間はデスクワーク。

 隣の席の高野さんをチラッと見た。

 真剣な表情。ペンを持った手で考え事をするようにこめかみを押さえている。

 作業後だからか、ネクタイを締めているものの少しゆるい。首元が、やや締まりのない感じで、それが妙に色っぽく見える。


 …考えるの、やめよう。

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