第9話 それは近道なのか
腕に酔っ払いの米原さんを巻きつけたまま、店に戻る。
「同期会って、どこですか?」
「奥、そこのつきあたりの部屋だよぉ」
個室か。…入りづらいなあ。先輩ばっかりでしょ。でも仕方が無い。障子の仕切りをトントンとノックして、米原さんを連れて入った。男女六人がワッと盛り上がった。
「ヨネちゃん、男釣ってきたの?すげぇ」
「いや、違います違います」
俺は違う違うと手を振った。
「この人、加藤ちゃん。総務の今年の新人!」
米原さんが、俺を紹介した。
「へー、総務いいね。毎年新人が入るじゃん。去年高野くんでしょ?」
奥の女の人がそう言って、俺にぺこっと頭を下げた。
「加藤くんっていうの?こんばんわ」
「こんばんわ、加藤です。じゃあ米原さん置いてきますんで。さようなら」
ペコペコおじぎをしながら、その場を去ろうとしたが
「ちょっと座っていきなさいって」
と、米原さんに引き止められた。
しかも、まあ米原さんだけだったら多分振り払って帰れたんだけど、
「加藤くん、他に用がないんだったら一緒に飲もうよ」
と、『顔見たことないけど先輩にあたるうえ、全く酔っ払っていない人』にいわれてしまった。う…断れない…。
ま、いいか。
「じゃあ、…遠慮なく」
「やったぁ」
はしゃいでいる米原さんを『はいはい』と座らせて、俺もその横に座った。早速空いているグラスにビールが注がれる。
「あ、俺あんまり強くないんで…」
もうこれ、就職してから口癖みたいに言ってるな。
「そうなの?飲めそうだけど。じゃ、あんまり無理しないで」
俺に一緒に飲もうよ、と言った人は、親切そうだった。
「俺、営業の田端っていうんだ。コイツは秘書室の青山。女の子は左から順に伊藤、田中、森本。みんなヨネさんの同期」
全員の紹介も手早くやってくれた。
「食べるものも、なんでも頼んでよ。奢るからさ」
「ありがとうございます」
「どう?仕事慣れた?」
「そうですね…まだ仕事に慣れるってところまで行きませんけど…総務の雰囲気には慣れたかな」
こんな堅苦しい話してていいのかなぁ。
「そう、なんか加藤くんは噂通りしっかりしてる感じだね」
「いや…別に。見かけ倒しですよ。老けて見えるみたいだから」
そういうと田端さんはハハハと笑った。
「老けて見えるのは男の武器」
はあ、なるほど。まあ確かに。
「加藤くん、ちょっと営業に欲しいなぁ」
なんて言いながら、田端さん、肩を組んできた。
…ほら、あたりまえだけど、ドキドキしない。
これが高野さんだったら、多分ちょっとドキッとする。
俺…。
「ちょっとそこ、何いい雰囲気作ってんのよ。私の加藤ちゃんを返してってば」
酔っ払い米原さんが割って入ってきた。
「ハイハイ、ヨネさんは加藤くんお気に入りだね。返します返します」
田端さんが俺の肩を米原さんの方へ向ける。米原さんがニッコリ笑った。
「ありがとう。でもまぁ、ちょっとだけなら田端っちに貸してあげる」
なんかまた田端さんの方へ押し返された。
俺、今完全に『物品』扱いだ。
自分が話の中心になるのは苦手だけど、今日はやたら六人に質問された。出身地とか、なんでこの会社にしたの?とか、彼女は?とか。
みんな、そこそこ酔っているので適当に対応しつつ、米原さんが酔って倒れないかな、なんてヒヤヒヤして見守っていた。
…いたが、あれ?
米原さん、実は酔ってないな。
十時過ぎまでご一緒し、同期会の解散までお付き合いすることとなった。最後は自転車を押して、米原さんと駅まで歩いた。
「家まで送りましょうか」
「いやいや。本当はそんなに酔ってないし」
やっぱり。
「ごめんね、青ちゃんと伊藤ちゃん、こないだまで付き合っててさ、最近別れちゃって。同期会の日が決まってたから集まったけど、やっぱ雰囲気最悪」
「…そうだったんですか」
「そう。で、そこへ現れたのが、我らが救世主の加藤くんだったってわけよ」
俺もすごいところへ顔を出したもんだ。
「…ごめん。本当に予定無かった?」
「なんにもありませんでしたよ。あったらちゃんと断ってますから」
「そうよね、加藤くんってそういうのがちゃんとしてるよね。先輩だろうが上司だろうが流されないっていうか…。そういうところ尊敬だな」
「ちゃんとしてませんって。…就職してから、なんか流されまくりで」
流されてるのか、自ら流れていってるのか。
駅で別れる時、米原さんが教えてくれた。
「加藤くんちって、会社のほうだよね。それならここ右に曲がって、真っ直ぐ抜けたら、確か近道だよ」
「あ、そうなんですか?じゃあ行ってみようかな」
そう答えると、米原さんは意味深にニヤッと笑った。
「途中でホテル街だけど」
俺も笑い返した。
「一人で休憩…しませんよ!」
「あはは」
「じゃあ、また月曜日に」
「またね。今日は本当にありがとう」
踵を返して去っていた米原さんは、やっぱりかわいくて、しかもしっかりしていて、今までの感じでいくと俺の好みのドストライク…なのに。
…なのに、今俺が考えているのは、高野さんのことなんだ。
流されていってるのか、自ら流れているのか。
よく、分からないけど会いたいな。高野さんに会いたい。
初めて、そんな気持ちになった。人に囲まれて時間を過ごせば過ごすほど、そこに高野さんがいない寂しさを感じた。
高野さん、どうしてるかな。
好きとか、そういうのまだよくわからないけど、それを確かめるためにも会いたい…そういうことなのかな。
高野さんが俺を好きでも、もう好きでなくても、俺は高野さんといるのが心地良い。とりあえずその感情を認めようと思う。
スマホを取り出した。高野さんの番号に、カーソルを合わせた。
いや、やっぱダメだな。
友達みたいに、遊びたいから電話して誘うとか、そういう間柄でもないから。
先輩だし。
会いたいからって、電話できないな。
高野さんから連絡あったらいいけど、無いな。絶対。
ため息をついた。
スマホを、パーカーのポケットに突っ込んだ。吉田先輩のライターとぶつかってガチャガチャ言うので、右と左に分けて入れたりして。
ビール飲んだら自転車って乗っちゃいけなかったっけ。今、気持ちが落ち着かないからこのまま押して帰ればいいか。
そんなことを考えながら、そのまま自転車を押して歩いた。
米原さんに教えてもらった近道は使わなかった。遠回りでも、ちょっと夜風に当たりたかった。
遠回り。
自転車を押しながら歩く。
ああ、確かにここホテル街に繋がってて、さっきの場所から一直線だな。…ん?まてよ。なんで米原さんはそんなこと詳しいんだよ。
とかなんとか、住み始めた街の、見慣れない道をキョロキョロと確認しながら歩いていた時だった。
『近道』のホテル街から、高野さんがひょいっと現れた。
女の子と一緒だった。
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