第6話 ちょっと待って!
俺と米原さんと係長が地下に潜って、四日が過ぎた。筋肉痛もピークを超えたようで、ある程度身体がついてくる。
「そりゃお前、若いからだよ」
と、係長は言う。四十一歳係長は初日から休憩ばっかり提案するし、昨日から腰痛を訴えだした。普段は頼りになるんだけど。仕方がないなあ。
「高野もタフだと思ってたけど、体力的には加藤のほうが上かもなあ」
「そうですか?」
いちいち高野さんを引き合いに出すのはやめてほしい…。なんか色々思い出しちゃうから。
でも、総務課としてはこの一週間、ほとんどデスクにいることが無い。荷物運びのチームが分かれてしまった高野さんと話す時間も少ないのは俺には良かったし、体力仕事って、余計なこと考えずに済む。帰ってからも疲れてよく眠れる。
他に俺的に良かったのは、米原さんとたくさん話せたこと。普段は席がちょっと離れているし、仕事の内容はだいたい高野さんか係長に聞くから話す機会が無かったのだ。本当に頼れて、好きって言うか、どんどんファンになる感じで好きになる。
彼氏とか、いるかな。
明日は金曜日。本当は明日で作業終了の予定だったが、想定より書類の量が多く、終わりそうになかった。それで月曜日に他のチームも合流して地下の運び出しをするような話になってきている。
それでもまあ、せいぜい迷惑かけないとうに、明日は頑張ろうっと。…節々きしむ身体に鞭打って、自転車にまたがった。さあ帰ろう、としたとき、同期の山本さんと桂さんの女の子二人組みに出くわした。
「あ、加藤くんだ!」
研修の時以来で、ちょっと懐かしい。
「あれ?山本さんたちって、いつも一緒に帰ってんの?」
「ううん、違うよ。今日はご飯食べに行くの。加藤君こそ自転車通勤だったんだ。この近くなの?」
「うん、自転車で十分くらいのところで一人暮らし」
「あれ?一人暮らし?じゃあ一緒にご飯食べに行く?」
お、そんな楽しそうな話しアリ?
「いいの?邪魔じゃない?」
いいのかな。もしかしてハーレムじゃん…って大したことないか、などと思っていたとき、
「加藤、お疲れ〜」
スーツに着替えた高野さんが、俺の肩をポンとたたいて通り過ぎた。
「あ、お疲れ様です」
『サワヤカハンサム』の高野さんを、女子二人が見逃すはずが無かった。
「ねえ、あれ高野さんじゃない?」
と、明らかに好反応でときめいている。
「高野さん知ってるの?」
「有名有名。今会社で一番人気なんだよ!そっか、加藤くん同じ係なんだよね、いいなぁ」
…俺、男だし、そんなにいいことないけど。
それにしても女子の情報網ってなんだかコワいものを感じる。一番人気ってなんだ?誰が決めてんのさ、なんて考えていたら。
「ねえねえ、高野さんも誘えないかな〜」
なんて言ってる。えっ!?と思った瞬間、もう桂さんが走り出していた。
「たかのさ〜ん」
追いかけて呼び止めて話しかけて。…おいおい。
高野さんは、顔を上げてチラリとこちらを見た。俺は「スイマセン…」って顔で頭を下げた。
桂さんの後を、高野さんがフラっとついてきた。
「高野さん、身長何センチあるんですか?」
「百七十八…」
高野さんは微笑みを絶やさず答えている。人数は四人だけど、会話の内容はコンパのノリだ。女の子って身長の話題好きだよな。…なんでだろ。
「加藤くんは?」
おっと、こっちに話をふられた。
「俺?百七十七」
高野さん、女の子達とご飯食べに来て楽しそうな感じではある。本当のところは分からないけど、会社の歓迎会よりはずっとリラックスしてるように見える。おじさんたちが群がることも無いし。
山本さんと桂さんも嬉しそう…。
まあいっか。それならそれで。みんな幸せなら。
それにしても女子二人で高野さんを質問攻め。時々俺にちょっと矢が飛んでくる感じ。大変な状況かなと思ったけど、それもまあ、慣れると面白い。
俺ってば、四方円満な状況ってのがすごく好きなのだ。みんなが楽しそうで、空間が穏やかな様子が。
それを、俺自身はちょっと離れた気持ちで眺めているのが好き、かも知れない。いつも。
おしゃべりは女子に任せて、楽し気な空間を楽しんでいる。高野さん、付き合ったら優しいんだろうな。わがまま全部聞いてくれそう。そういう空気感が人気の秘訣かもね。
俺はダメだな。
「テニスしてたんですか?私も高校の時テニス部だったんです。良かったらまたご一緒しませんか?」
「あはは、もう一年以上やってないから、身体が動かないよ。それで良かったら、また今度ね」
ううん…こないだの吉田先輩とのラリーを見る限り、そんなに腕はおとろえてなかったな。…なんとなく吉田先輩のことを考えてみた。実は俺、吉田先輩のこと、大学入ってすぐの頃ちょっと好きだった。
「加藤の方がうまいよ」
ん?何?
「そうなの?加藤くんがテニスやるって初耳」
ああ、テニスの話ね。
「大学で同じサークルだったんだよ。加藤はうまかったよ。持久力もあるし」
「そうなんだ。じゃあ今度四人で行こうよ!」
って言われた。けど今は無理!身体が痛い!
「今仕事で筋肉痛だから、それ治ったら」
やんわり断ったら山本さんはご不満顔をしている。許してよ。
「加藤、人気あるじゃん」
帰り道、高野さんが俺に言った。
「違いますよ、人気あるのは高野さん。会社で一番人気って言ってましたよ。奴ら」
「ははは。ダマされてら」
高野さんが軽く笑ってそう言った。それから、ポツリと付け足した。
「…騙すつもりは、ないんだけどね…」
なんだか寂しそうで、ハッとなる。俺、モテる人の気持ちって分からないし、考えたこと無い。高野さんには高野さんの苦労があるんだろう。
「もう一軒行きますか?」
考えるともなしに、そんな風に口が勝手に動いていた。
居酒屋。
二人で十一時過ぎまで飲んだ後、近かったんで俺の部屋に来た。この前何にもなかったから、ちょっと安心してるってのもあった。
鍵を開けていたら、高野さんが肩に手を回してきた。
「お、ちゃんと鍵をかけているな。えらいぞ〜」
そういいながら、もう一方の手で頭をぐしゃぐしゃに撫でる。
「も〜、そんなに体重かけたら開けられないでしょ、この酔っ払いが」
そう言いつつ、身体が接していてもあんまり気にならないことにも気が付いた。 なんだ、平気じゃんよ、俺。大丈夫じゃん、俺ら。
しかし、ドアを開いて高野さんを招きいれ、内側から何の気に無しにドアに鍵をかけた瞬間、俺は後ろから抱きすくめられた。
「た、高野さん!?」
…ちょっ、ちょっと待って!
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