第3話 日曜日

 日曜日。

 集合場所は大学のクラブ棟だった。

 後輩数人が集まっていて、俺の同期も二人来ていた。

「お、加藤じゃん!」

 テニスサークルの部室の扉を開くと、わっと声をかけられた。心がすぐさま学生時代に帰る。

「なんか部屋ん中、小奇麗になってる」

「新人勧誘するためっすよ。今だけ」

 三回生の幸田が答えた。

「なんか加藤先輩、変わってないっすね」

「あたりまえじゃ、まだ1ヶ月も経ってないのに」

 そんな感じで近況を話しながら、俺は高野さんの姿を探していた。今日は…来ないのかな。あれ?吉田先輩もいないや。

「言いだしっぺ吉田先輩は?」

 俺が聞くと、幸田が窓の外を指差した。見ると、誰かがテニスコートにいる。…吉田先輩と…あ…高野さん。

「やってたんだ」

 その言葉をきっかけに、みんな窓際に集まった。吉田先輩も高野さんも、トレーナーにジーンズのラフな格好で、ラリーを続けている。やっぱり、感じの良いカップルに見える。

 ゆるいラリーが続く。ずっと、続いている。なんとなくみんなが黙ってそれを見ていた。


「あの二人、付き合ってんのかな」

 誰かがそんな話を始めた。

「さっき久しぶりに会ったみたいだったよ。違うんじゃない」

「当時もよくわからんかったね。結局」

 俺にも真相がわからない。しかし、もし高野さんが男を好きな側の人だとしたら、あの二人はただの親友関係ということになる。

 高野さんはそうだとしても、吉田先輩はどうだったんだろう。

 

 夕方から飲みに行ったが、やはり吉田先輩と高野さんは隣同士に座って、今まさに付き合っている二人に見えなくもない。学生時代の、あの妙な感じを再現していた。誰も突っ込まない感じ。

 俺はちょっと距離を置いた。離れて座る。久しぶりに会った同期と三人で、仕事の様子など話す。みんな、そこそこ苦労していて、自分だけじゃないとホッとする。

「ねえねえ、加藤ちゃん。高野と職場一緒なんでしょ〜。どうよ、高野の仕事っぷりは」

 ちょっと酔った感じの、吉田先輩の声が飛んできた。

「え?高野さんの仕事っぷりですか…。そうですね、すごいですよ」

 俺が持ち上げると、高野さんは違う違うと手を振った。

「え?なになに?具体的にはどういう?」

「すごいオヤジ受けっぷり。上司にモテモテ」

「ぷっ」

 みんなが笑った。

「コラッ」

 高野さんも笑いながら俺に指導を入れる。

「加藤、俺のことそういうふうに見てたのか」

「ウソウソ、二年目にしてみんなに信頼されてますって。カッコイイですよ。上司以外にもモテてます」

 みんなが『やっぱり』という顔で高野さんを見る。吉田先輩も、

「高野って異様にサワヤカっぽく見えるもんね〜」

と言って、隣に座っている高野さんの鼻をつまんだ。

「こらこら、異様って何」

「無駄に爽やかでしょ。女の子騙して悪い事してるんじゃない?」

「するわけないだろ」

 高野さんが否定する。なんとなく顔が赤い。酔っているのかな。

 仲良いなあ。本当に付き合ってるんじゃないのか?この二人。…だったらいいのにって、俺の願望か。

 …それならなんだか安心できるから。俺、あんまり高野さんのこと、余計なこと考えなくて済むから。


 はっきりしないから、考えることが増える。


 高野さんと吉田先輩の様子とか、チラチラ確認する。

 別に、高野さんは男性オンリーってわけじゃないのかも。

 俺にもああ言ったし、女子にも言うのかも。

 それにしても…。

 俺に言ったあれはなんだったんだ。

 一年も経ってる。何も無かった。俺、勝手に意識し過ぎなんだろうな。

 アプローチ的なものは何も無いしさ。

 でも…。

 俺は何にも悪くないのに、どうしてだか責任みたいなのを感じてる。高野さんを見届けなくてはならないような。

 その思いを振り払おうと、頭を振った。


『なんだって、俺がこんなに色々悩まなイカンのじゃ!だから俺は何にも悪くないって!』


 心の中で、叫んでみた。 

 あああ、この際、本当にこの場で声を出して言ってしまいたいくらいだ。

 何もかもぶちまけてハッキリさせられたら。

 …でも今さら何にも聞けない。

 …ああ、どうすれば。

 そんなことを考えながら飲んでいたら、ちょっと酔った。いつもは吐けば治るけど、吐くほどでもない微妙な酔い。

「加藤酔ってる?珍しい」

とみんなが言う。

「いや、なんか就職してから飲む回数が増えて、却ってどこまで飲んでいいか分からなくなってて。へへへ」

 自分でも、酔いが回ってニヤニヤしているのが分かる。なんか、この場で恥ずかしい気もして、後輩の背中に隠れる。

「何してんすか」

「いや、恥ずいし。みんな見るなって」

 そのまま、座敷に転がって、へたばった。

「おいおい」

「加藤酔ったぞ」

「明日仕事だし、連れて帰るよ」

 高野さんの声がするなぁ。


 気が付くと、タクシーに乗っていた。

 高野さんと一緒だった。

「すいません!吉田先輩送っていかなくて良かったんですか?」

「まだ飲むってさ」

「すみません」

 恐縮して謝ったら、高野さんの手が俺の頭をぐしゃっと触った。

「加藤のそういう酔い方、初めて見た」

 大きくて、温い手だった。…高野さんが俺に直接触るのって、学生の時以来だと思う。…だから、余計に職場でも意識してた。不自然なほどに微妙な距離があったから。

 ああ…。

 やっぱり、高野さんも意識しているのかも知れない。あんなことを言ってしまったから。

 でも、もう今俺の頭に手があるから、もう大丈夫なんじゃないかな。

 高野さんのこと、もう意識するのやめていいんじゃないかな。

 だって、頭に手があるから…。

 なんとなく安心したら、ちょっと眠くなった。俺、毎日気を張ってた。

 ふう…。

「おい、寝るなら住所言ってから寝てくれよ」

 頭の上にのっかっている高野さんの手が、俺の頭をまたぐしゃぐしゃにした。

「あ、はい…すみません、えっと…」

 運転手さんに住所を告げる。もう、いいでしょ。

 ホッとして、高野さんの肩にもたれかかった。

 頭にのっていた手がいつの間にか滑り下りて、俺の肩を抱いて支えてくれた。


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