第2話 少女
「あなたは、誰?」
突然の声に、ワタシは驚きのあまり飛び退き、噴水につまずいてよろけた。
その拍子に、手から鍵が滑り落ちる。
声なんて、聞こえるはずはないのに。
でも、いる。
ジッと疑い深い目で、ワタシを見ている。
それは、一人の少女だった。
私も、よく知っている子。
「これ、落としたよ」
少女が、近くに落ちた鍵を拾う。
すると、鍵と鍵穴が虹色に光り出した。
突然の事に、少女は鍵から手を離す。
彼女は申し訳なさそうにしたが、もうその鍵に触れようとはしない。
「アリッサ、でしょう?」
ワタシの問いかけに、少女は頷いた。
そうか、いつも水面の景色と同じものを見ていた子が、目の前にいるんだ。
冷えた体に、ポッと灯りがついたみたいだった。どうして彼女がここにいるのかも、わかった気がする。
先ほど少女―アリッサに誰かと聞かれたことを思い出し、続けた。
「ワタシは〈記憶の管理人〉。あなたの記憶を守っているの。だからここはあなたの中」
「自分の中にいる……?」
「多分……。あなたは今、気を失っていて、迷い込んできてしまったんだと思うの」
「どうしたら帰れる?」
ああ、そうだよね。ここにいても、楽しいわけない。
少し、ガッカリした。
けれど、アリッサが不安でいっぱいなのをわかっていたから、ワタシは自分の気持ちを押し殺す。
「ここでするべきことをすれば、きっと」
「なにか、あたしにしてほしいことがあるってこと?」
「ええ。鍵を使って、噴水を助けてほしいの。ワタシには出来なかったから」
あんな風に光るということは、上手くいくに違いない。
でもアリッサは首を横に振った。
「ごめんなさい」
「どうして?!」
「あの鍵に触った瞬間、とても嫌なものが流れて来たから。自転車に乗っていたら、車がやって来て、ぶつかる夢……鍵を使って仕舞えば、現実になりそうで、怖い」
夢じゃない。現実だよ。
そうわかっていながら、ワタシは彼女に教えなかった。
それを知ったらアリッサは、居なくなってしまう気がしたから。
その代わりに、ワタシは言う。
「アリッサ、お願い。それを使わないと、ここが消えてしまうのよ! ここが消えたら、あなたの記憶は全てなくなってしまう。今なら間に合うかもしれないから。きっとここが消えてしまえば、あなたは、あなたで無くなるわ」
アリッサに、どれほど理解できたのかはわからないが、必死さが伝わったのか、彼女は再び鍵を手に取った。
鍵と鍵穴が、輝き出す。
しかし、それと同時に、アリッサの顔から血の気が引いていった。
「視える……。足を怪我しているあたしが!」
「アリッサ、あなたがあなたでいれば、きっとうまくいく! 辛いことだって、いつも乗り越えてきたじゃない!」
「嫌、嫌、嫌!! もう歩けないし、走れない……!! そんな世界になんて、行きたくない!」
「アリッサ!!」
走る彼女の後を、ワタシは追いかけなかった。
追いかけることが、できなかった。
「アリッサ、逃げちゃダメだよ」
小さくなっていく彼女の背中に、ワタシは呟いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます