第3話

「それでは開演します!」


主催者の声が劇場に響く。

その声を聞いた芸人は舞台上でネタ合わせ、客席で喋ってる芸人はゆっくりと楽屋に移動する。


会場のドアを開け、客を劇場に入れる。

入る客は年増のおばさん、ハゲた親父、会社帰りのOLから大学生くらいの若い2人など

格好も年齢も様々。


特に山崎達が出るライブはそういった客がよく集まる。


若い子や可愛いなどはテレビに出てる芸人が出演するライブ、有名芸人を何人も輩出してる事務所のライブに集まる。

ましてや、山崎達が出る誰も売れてない事務所に入ってない芸人もいるようなライブに足を運ぶわけがない。


来る客は主催者の知り合いだったり、ニッチなお笑いマニア、無理やり芸人に呼ばれた友達、すぐ離れるであろう一時的なエセファン

だから皆んなバラバラなのだ。


そんなライブもピンからキリまであり

客が集まるライブ、テレビ局の関係者が見にくるライブ、主催者にエントリーの希望をしてエントリー代を払えば素人でも出れるライブ。


山崎達が出るライブは三番目だ。


主催者はアンケートやライブ情報のチラシを客に配り開演まで客席の電気を薄く照らし、客入れの曲をリラックス出来るバラード調の曲を流す。


客の人数は10人、劇場の席数は60席。

こんな状況でリラックス出来るわけがない、すでに客席からカオスな空気が蔓延する。


舞台袖から客席を見てる芸人が言う

「10人か‥まあまあかな」

彼らにとってはこれが普通なのだ。


客席の電気がゆっくりと消え、劇場に流れる曲が激しいロック調に変わる。


曲がフェイドアウトし、舞台に明かりが広がる。


「どうもー!!今日MCやりますザ・スクランブルです!よろしくお願いします!!」


下手から勢い良く北条と山崎が飛び出す。


まばらな拍手、大事なものを失ったかのような客の表情、誰も彼らに期待を向ける人はいない。


「僕が山崎でこいつが北条。じゃあ右から一人一人自己紹介しましょうか?」


「必要ねーよ!確かに自己紹介したら何人か覚えられそうだけどさ」


当たり障りの無いボケをする山崎

客席からは枯れた笑いすら起きない。


「さあこのライブはですねー!お客様のアンケートで1番面白い芸人が金一封が貰えます!」


「区役所から?」


「国が管理してねーよこのライブ」


ザ・スクランブルの声だけが劇場を響かせる。動揺を全くしない。

スベってるウケるの問題じゃなくこれが普通なのだ。


この地獄から抜け出すのは賞レースで勝ち続ける事か、売れる事しかない。


山崎達もそれを知っている。

ザ・スクランブルはその為に組んだ。

もう負けない為に、売れる為。


だが負け続けた訳でもなく、売れてる訳でもない。

中途半端だからまだここにいる。


だがライブの進行を進める半端な二人の笑顔だけは、作られた物とは分からない完璧な仕上がりだった。


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泥の青春 藤村唯斗 @daigot

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