コスプレの闇とかなんとかを抱きしめながら_序章_04

「モモ、待って!!」


慌てて引きはがそうとするが腕でガッチリ掴まれ離れない。


そして困った事に感触がいい。


背中に回された腕が、接触する胸が、俺の胸に押し付けられるモモの頭が、そして髪から漂ってくる甘い匂いふぁ。


『ふぁ』じゃない、匂いが。


心地良すぎる。


まずい、このままでもいいかなー、なんて思い始めている。


「もしかしてまだ酔ってるの?」


「酔ってない!」


ガバっと顔をあげるモモ。


うん、まだアルコールの匂いがする。


顔も赤い。


「いや、酔ってる。打ち上げで結構飲んできたんだろう? あ、おまえ、ひじりさんに飲ませたりしてないだろうな?」


「未成年には飲ませない!!」


「そか」


「でも、すぐに寝落ちしてたから帰らせた」


「そうなの?」


「うん、エクスが車だからって、一緒に送ってきたんだよ」


「そっか……ありがとうな」


「なんでカオルがお礼するの!?」


「え、いや、ひじりさんを徹夜させちゃったのは俺だし……」


モモがまた俺の胸に頭を押し付け、ギュウっと力をいれてきた。


「な!?」


「計って」


「へ?」


「あたしのサイズ、計って」


「なんの!?」


「あたしには作ってくれないの?」


「いや、何を!?」


「鎧。あたしには作ってくれた事ないのに……」


「だってモモは自分で作れるじゃん!」


「そういう事じゃない……」


「どういう事なんだ!?」


さらにギュウギュウと身体を押し付けてくる。


そして近い。


とにかく近い。


「ま、待て。話が見えない!」


「計れカオル!!」


計ったな、じゃないところがまたアレだ。


「とにかく離れて、な、話合おう!!」


「ダメ!」


「なんでダメなんだよ!」


「ダメだからダメ!」


「意味が解んないよ!」


「あたしもわかんない!」


マジで何なんだ。


とにかく、離さなければ。


いくら勘違いしないようにと心がけている俺でも、こんなにギュウギュされたら、こう、息子が起きてしまう。


下品ですまん。


「頼む、な、離れよう。な、冷静に」


「ダメ……冷静になったら、こんなの……恥ずかしすぎる……」


ホントウ ニ ナニヲ イッテルンデスカ。


正直なところ、これだけ否定しているにも関わらず心地が良い。


体温が、感触が気持ち良い。


間近に感じる、人の呼吸が愛おしい。


昔、アレだけ痛い目にあったのにまた良からぬ気持になってしまう。


本当に性欲は恐ろしい。


「何なんだよ……そういう事されると勘違いしちゃうだろ」


「勘違い?」


しまった、つい口から本音が出てしまった。


「いや、その……なんでもない」


「なんでもある! 何を勘違いするの!?」


「いや、その……こ、好意があるのかとか」


好意ってなんだよ。


俺は何時の時代の生まれだよ。


「……勘違いなの?」


モモが顔をあげ、俺の顔に迫ってくる。


「え?」


「勘違いかどうか、た……試してみたら?」


その言葉と共に甘い吐息が俺の顔にかかる。


「え、あ、え?」


「もっと……ギュって……」


「だ、ダメだって、本気で言ってるのか?」


「……」


顔を真っ赤にし、笑う。


だけどその笑顔には不安が見えて、なのに笑おうとしている。


可愛い。


可愛すぎた。


可愛すぎるから、やめてくれ。


やめろ、そんな風に笑わないでくれ。


やめろ。


やめろ、こんなの判断できる訳ないだろ。


先程までの心地良さがウソのように引いていく。


俺の過去が鎌首をもたげ始める。


昔、勘違いして玉砕した記憶。


俺の脳裏に媚びれついている記憶が蘇る。


一度目は学生の時。


部活で仲良くしていた後輩の女の子。


共通の話題が多く、部活の集まりで一緒に出掛ける事が多く、勘違いしてしまった。


彼女は俺と仲が良かった先輩が好きだったのだ。


どおりでいつも一緒に出掛けたがった訳だ。


俺じゃない。


先輩が目当てだったのだ。


先輩と彼女は付き合い、俺はあきらかに邪魔者になってしまった。


その時は部活を辞める事で間を置き、幸いにも学校を卒業する事で離れる事ができた。


二度目は社会人になってからだ。


二度目は特に酷かった。


あの子は、普段から良く話してくれるし、飲み会になるとやたらスキンシップの多い女の子だった。


しかも可愛い。


愛嬌のある顔つきと小動物的な可愛さ、そりゃ勘違いもする。


社内には彼女の事が気になると言っていた奴もいたくらいだし、映画に誘ったけど断られた奴もいるって聞いた。


人気があったんだと思う。


実際に俺も何度か『この子は俺に気があるのでは?』と勘違いした。


だけど、学生の時の事を忘れるなと何度も自分に注意をし、自制する。


それでも、あまりにも仲良くしてきた。


だから少しづつ色々試してみた。


もしかしたら本当に好意があるのでは?


そう思う事を試してみた。


共通の話題、オタク的な話が通じるのか。


酒の席でワザと離れてみるが、近寄ってくるのか。


普段でもお昼とか仕事帰りにメシに誘われるのか。


ことごとくヒットしたように感じた。


だから、自分の中で賭けをしてみた。


デートに誘う。


そう、二人で映画にいかないかと誘ってみる。


当時社会現象にもなっていたアニメの映画。


話題になっているとはいえ、いくらなんでもアニメの映画にはついてこないのではと考えていた。


他の人が映画に誘って断られたのを知っていたし、もし俺も断られたとしてもどうしても見たい映画だったのでと、苦し紛れな言い訳を用意していた。


いや、それが断られた時の言い訳になると思っていた時点で冷静ではなかったのかもしれない。


そんな想いで映画に誘った。


そして……


来てくれた。


映画は最高で、見終わった後も二人で飲みながら盛り上がった。


また行きましょうという話にもなった。


だからOKだと思ってしまった。


学生の時の失敗を克服すらできたと思っていた。


だから帰り道、彼女を送ったそのままの勢いで告白した。


それで。


そう。


違った。


本当に映画が見たかっただけだそうだ。


俺と映画の話がしたかったそうだ。


一緒に見たら楽しいと思ったらだそうだ。


付き合うとか、そういう事を考えた事は無かったそうだ。


飲むと触ってしまうのは癖だそうだ。


お兄さんがいて、男の人との接触になれていたそうだ。


また勘違いだった。


それからが気まず過ぎた。


毎日会社で会うんだからたまらない。


学生時代と違い、生活がかかているから、いきなり辞める訳にもいかなった。


だが、何よりもきつかったのは、それでも普通に接してくる彼女だった。


何故だ。


何故、普通に接してくるんだ。


映画に行こうという話こそしないが、また誘って欲しい空気すら感じた。


何故だ。


振られたんだぞ、俺は。


頭の中がグチャグチャだった。


恨んでさえいたかもしれない。


それでも笑いかけてくる彼女。


もう、何がなんだか解らなくなっていた。


でも、それなら、俺も笑っていなきゃいけないと踏ん張ってた。


踏ん張って仕事を続けた。


だけど、次の会社の飲み会の時、同僚から俺と彼女の関係について聞かれた。


普段話した事もないようなヤツだったがしきりに聞いてきた。


たぶん、前に映画を誘って断られたヤツだったんじゃないだろうか。


なんでも少し前から社内で俺と彼女が付き合っているのではないかと話題になっていたらしい。


どうやら二人で映画に行った事を知っている人がいたようだ。


その後も俺に話しかける彼女、なのに俺がぎこちない動きをしていたから気になったとか。


そもそも、何故付き合っているという話が出たのかが不明だった。


俺から答えるべき事でもないと思い、何も言えずにいたのだが、あまりにも皆が食いついてきた。


あまつさえ、あの子まで引っ張り込んできた。


あの子は状況を掴めていないみたいで困り果てていた。


そして、その中の一人が『あの子は俺から告白されて困っているだけだから』と言い放った。


「あれ? 違ったっけ?」


それは、あの子の先輩で良く一緒にいるのを見かける人だった。


何故知っているのか。


誰から聞いたのか。


そんなの、一人しかいない。


まわりにいた奴はさらに食いつき、告白をネタにイジり回された。


気が付いたら彼女が涙ぐんでいた。


何故だ。


振ったのは本当だろ。


いや、むしろ問題はソレだったようだ。


どうにも彼女が責められているような感じだった。


いや、周りは責めているつもりもなかったのかもしれない。


囃し立てている位のものだったのかもしれない。


ただ、俺にはあの子を責めているようにしか聞こえなかった。


『アイツ、可愛そうだから付き合ってやんなよ!』


誰だオマエ。


俺の何を知ってるんだ。


何が可愛そうなんだよ。


次々と俺の事を良く知らない顔たちが言葉をあげていく。


それは全部彼女を責めているように聞こえた。


いや、俺をバカにしているように聞こえた。


いや、コイツらはソレすら何も考えていない、酒の勢いで適当に言っているのだろう。


無責任に思いついた事を言い放っているだけだろう。


彼女は今まで見た事ないような不安そうな顔でオロオロとそれを聞いていた。


何故だ。


何故こんな事になっているんだ。


周りの連中はさらに楽しそうに俺をイジって来た。


あの子をはやし立てた。


皆、盛り上がっていた。


そう、楽しそうだった。


そうか、普通の人はこんな事が楽しいのか。


俺は無理だ。



次の日、出社をした。


本当はもう行きたくなかった。


だけど、どうしても出社しなければならなかったからだ。


彼女は会社を休んでいた。


俺はその日のうちに辞表を出し、会社を辞めた。


せめて辞表だけは自分の手で出すのが意地のつもりだった。


何の意味もない意地。


情けない話だ。


でも、もうウンザリだった。


あの子は俺に勘違いされただけだったのに、迷惑をかけてしまうなんて最悪だ。


だからもう勘違いはしない。


そう決めた。


決めたのに……。


俺はバカだから、ちょっとした事でまた心躍らせてしまう。


でもダメだ。


二度とあんな思いはしたくない。


させたくない。


せっかく仲良くしているのに、台無しにしたくない。


俺は君ともっと話がしたかった。


できるならもっと、もっと色んな事を話したかったんだ。


告白なんてしなければ良かった。


恋なんてしなければ良かった。



「どうしたの? 大丈夫?」


気が付くとモモが心配そうな目をしていた。


「あ、ああ……いや、大丈夫……すまん」


「辛そうだよ?」


「ああ、ちょっとね」


「言って」


「え?」


「辛い事があるなら言って」


「……ありがとう、大丈夫だよ」


モモが笑った。


柔らかく、優しい笑顔。


失いたくない。


うん、失いたくない。


こんなにも俺の事を心配している人を失いたくない。


もう一人になりたくない。


だから勘違いしてはいけない。


「本当に大丈夫?」


「ああ、もう大丈夫……」


「じゃあさっきの続き!!」


「え!?」


再びモモがギュウギュウ締め付けてくる。


えええええええええ。


ここで二人笑いあって、良かった良かった……で終わりじゃないの!?


近い。


近すぎる。


息がかかる。


ちょっとお酒の匂い。


「カオル……」


なんだよ、なんで名前を呼ぶんだよ。


これはなんのターンだよ!?


抱き着きながら、モモが上目使いになっている。


完璧だ。


完璧に俺を殺せる目だ。


やばい。


なんか凄く可愛く見えてしまった。


いや、元から可愛いのだ。


ただ、俺がそういう風に見ないようにしているのだ。


期待してしまうと失敗してしまう。


でも流石にこの状態で勘違いってあるのか。


いや、だからあの時だって、そう思ったじゃないか。


酔っている。


そう、酔っている勢いだからこその可能性も高い。


酷い場合は明日になったら忘れてましたとかだってある。


だが、モモは再び俺にもたれかかってきた。


なんだコレは。


どうしたらいいんだ!?


酔ってるならいいのか。


問題になったら酔った勢いでしたと言い訳すればいいのか?


とりあえずどうすれば良いんだ?


だ、抱きしめれば良いのか?


いや、ダメだ!


ダメなんだ!!


「だめだー!」


「そこまでだ」


その声に、ヒュっと股間が縮み上がる。


頭の上から、大きな手があらわれ、ガバっとモモの頭を掴んだ。


およそ女子への対応に見えない。


逆アイアンクローとかエイリアンのフェイスハガーって感じだ。


「のおおおおおおっ!!」


そして、おおよそ女子らしくない雄叫びだ。


「NOじゃない」


「なにすんのよー!」


「何をするはお前の方だ、酔い過ぎだろ」


そう言いながら、エクスはモモを俺から引きはがしてくれた。


転がるモモ。


本当に酷い扱いだ。


「……いつの間に戻ったの?」


「今だよ」


「邪魔モノ!」


「ふん」


どう反応して良いか解らないで茫然としている俺を見てエクスが言った。


「カオル。すまんが仕事なんで帰る」


「え、今から? もう遅いよ。大丈夫なの? ちゃんと睡眠取ってる?」


エクスはショートスリーパーだと聞いた事がある。


やる事がありすぎるので眠る時間を削るように訓練したとか。


とはいえ、身体に負荷をかけているのは変わらない。


「……自分が大変なのに、すぐに人の心配か」


「え?」


「ありがとう」


少しだけ笑った。


気がする。


普段無表情なエクスだけに、なんかキュンとした。


「はーい、じゃあねエクっさん」


そんな俺達の間に割って入るように、モモがエクスに向かって手をブルンブルンと振りだした。


「お前も帰るんだ」


再びモモの顔にエクスクローが炸裂した。


「痛っ! なんでよ!? 一人で帰ればいいじゃん。私は……!」


「お前はまだ酔っている。カオルの邪魔になるだろ」


「そうなの? 邪魔なの!?」


エクスに掴まれながら、モモが心配そうな顔で俺を見た。


モモの顔を見ていると危うく先程までの出来事がぶり返しそうになる。


幸い、変な状態だから笑い事ですみそうだけど。


いかん、冷静に、冷静に。


「え、いや。まあ邪魔という訳じゃないけど……」


「ウソを言うな。作業したいんじゃないか? そこに置いてあるの、鎧だろ?」


流石はエクス良く見ている。


実はひじりさんの造形を手伝った事からエンジンがかかってしまった。


丁度作りたい鎧があったので、昨日、目が覚めてから作成を始めたところだった。


二人が家に来た時に横に避けてはおいたのだが、察っしてくれたのだろう。


なにより、このままモモと二人は気まづい。


「そっか。わかった。……ごめんね」


モモがシュンとしている。


そのごめんがドレを指しているのかは考えるのが怖かった。


「いや、こちらこそ。来てくれたのにすまん」


つられたように俺も謝る。


「ほら、帰るぞ」


「待って、もういっこぉ!」


クローをかけたままモモを引っ張って帰ろうとするエクスの腕をすり抜け、俺に食い下がってきた。


「ねえ……?」


「ん?」


一呼吸。


俺をジッと見つめる目。


その目はいつになく真剣に見えた。


「あたしが困っていたら、助けてくれる?」


「そりゃ、助けるよ」


「本当に?」


「うん、友達だろ?」


「……そっか」


モモがジッと見ていた。


さきほどと違い、酔いが醒めているように感じた。


昔、ちょっとした事でモモを助けた事がある。


なんとなくその時の事を思い出した。


「な、なんでそんな事を聞くんだよ。俺がモモを助けるのは知ってるだろ?」


「知ってる。そうだよね。うん」


モモはいつの間にか笑っていた。


だけど、何か違うように感じたのは何故だろう。


「あたしもカオルが困ってたら……」


「え?」


モモはジっと俺を見ていた。


「ううん、じゃあね」


「ああ、またな」




二人は帰っていった。


少し部屋を片たし、作業が出来るようにする。


不意にモモが残していった甘い香りがした。


「くっそぉ。いい匂いだった……」


先程の事を思い返すと、色々もんどりうつ事になりそうなので出来るだけ考えないようにする。


だけど、匂いだけはソレを許さないかのように俺の脳を刺激する。


Gボンドを使うためマスクをつけねばならないのだけど、それが惜しいとすら思っていた。

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