コスプレの闇とかなんとかを抱きしめながら_序章_02

「いい、わかった? 助けを求める女の子が必ずしも善人とは限らないってメーテルも言ってたでしょ?」


「メーテルなんて良く知ってるな」


確かモモはまだ20代前半だったはず。


「お父さんが銀河鉄道999好きなの」


なるほど、そういえばモモは世襲制のオタクだった。


以前も、世代でないはずの話題についてきてるので不思議に思っていたら、お父さんがかなりのオタクだと言っていた。


確かお姉ちゃんもオタクだと聞いたけど、そちらではなくお父さんなのが怖い。


レイヤーは若い子が増えてきてるので、俺くらいの歳になるとお父さんの方が近い可能性がある。


本当に恐ろしい。


ちなみに、毒舌はお姉さんからの仕込みらしい。


「そんな事はどうでもいいの! 大事なのは、気をつけなさいって話!」


「そうだね、巻き込まれないように気をつけるよ」


「本当にわかってる!? あんた、ハニートラップとかにコロッとひっかかりそうだし……」


ハニートラップなんて言葉、普通に生きていたらまず関わらなそうな事柄だけど、この界隈は割とあるらしい。


「し、失礼な。俺だってそんな簡単には引っかからないよ」


だいたい、俺は有名でもなんでもないし、失うものが無い俺に何がトラップになると言うのだ。


だけど言わない。


そもそもハニートラップを仕掛けられるほど女子と関わっていないのだ。


だけどあえて言わない。


「じゃあ、罠が仕掛けられてても大丈夫な自信あるの?」


「もちろん無いです」


「この話は美味しすぎる、何かがオカシイって、ちゃんと判断できるの?」


「もちろん無理です」


「そもそも女の子と普通に話せるの?」


「滅相もないです」


そうなのだ、モモの言う通りだ。


女の子と普通に話せと言われたら何を話せば良いのか思いつかない。


仕事とかコンビニでのやりとりのように目的がある会話ならできるけど、それ以外は無理だ。


そりゃあ、女の子と仲良くなれたら嬉しい。


だが、仲良くなれても、アニメとかゲームの話しかできる自信がない。


そんな感じなので、オタク話ができると、ついコロっとその気になってしまう。


恋愛感情までいかなくても、なんだか嬉しくなってしまう。


同性相手でもそれは一緒で、認められるという感覚は麻薬だ。


でも本当はそれ以上に恋愛的な話が怖い。


そう、怖いんだ。


女の子が怖いんだ。


仲良くしたいけど、怖い。


恋愛というところまで進むのが怖い。


だから、そもそも罠にかかるまで踏み込めない。


「何よ深刻そうな顔して」


そう言いながら、俺を見るモモの顔には言い過ぎたのではという後悔が浮かんでいた。


「いや、モモの言う通りだよ、反省しています。鵜呑みにするのは良くない」


「そう……そっか、ふふ」


俺が怒ったのではないと理解したのか、落ち込んでいないと安心したのか、モモが笑った。


「なんだよ、笑う事ないじゃんか」


「いいのいいの!」


「何が良いんだよ。俺だってその……女の子と仲良くなりたいよ」


「なってるじゃん。ひじりちゃんとか。……私とか」


「モモはまあ、確かに」


「でしょ!?」


モモがまたまた詰め寄ってきた。


ソレを避けるように、後ろに逃げながら答える。


「いや、でもモモは女の子ってよりは……」


「なに!?」


「いや、女の子です」


「なによ!?」


「いや、確かに女の子だけど。ただ、オタクとしての度合いが高いと同士的な意識が強まるだろ?」


「なによそれ?」


「とにかく同士だよ。同じオタクな心を持った士。そこに恋愛感情を持ち込むのは反則な気がしてさ、気持ちを押さえなくては失礼な気がするんだよ、うん」


「意味がわらないんだけど……」


うん、実は俺も解らない。


怖いって本音を隠すために結構適当な事を言っているからな。


「えっと……ほら、尊いって言葉あるだろ?」


モモは婦女子でもあるらしいので関連しそうな言葉を使ってみた。


「同士という崇高な物に無粋な気持ちを持ち込んではいけない感じ?」


「……」


モモの眉がピクリと動いた。


なんとなくわかった感じ?


この路線ならいける感じ?


「アレだ、ほら、新撰組のご法度みたいな感じだよ! 破ったら切腹の覚悟! 土方さん愛してる、でも愛してるって言えない! だってオラ新撰組だから……。 だよ、たぶん」


「……なんとなくわかった」


本当かよ。


自分で言っておきながら良く解っていないままだったのだが、モモには解ってもらえたらしい。


良かった、なんとか言いくる……同意を得る事ができた。


いや、適当と言ったけど、本当の意味で適当ではないんだよ。


どう伝えたらいいのか解らないので適当なんだ。


うん。


同じ話になるのか解らないけど、前に別のオタク仲間と『オタクの童貞崇拝気質』というのについて話した事がある。


男女に関係なく、童貞かどうかも関係なく、好きな物を信じて崇拝する気持ち。


最初はリビドーでもいいけど、後に理性的に、崇拝するモノのために自らの信仰を知らしめるために戒める気持ちと行動。


そう、信仰のような物だ!


それが世に言う『尊い』の一種であるのではないかと。


いや、婦女子の言う『尊い』はまた別らしいけど。


ただ、自分はそんな崇拝が世の中には存在し、ソレが美徳があると信じたい。


ここまで言ってみたけど、単純にズバズバ物を言うモモが怖いのもある。


だが、それはもちろん言わない。


「まあ、男でも女でも話をしてくれる人がいるのはありがたいって事だよ」


そうオタク故に語りたいのですよ。


「……カオルにとってあたしは同士なの?」


「だからそれは……」


答えようとした時、モモが予想外に目を潤ませ、真剣な顔で俺を見ていたのでひるんでしまった。


ちょっと待て。


これは何を意味しているんだ。


同士って尊い! という話でまとまったんじゃなかったのか。


だから『モモの事は同士だと思っている』で良いんじゃないのか?


なんでこんな潤んだ目で俺を見るんだ。


俺は今、何を求められ、何を答えればいいんだ。


「話をするといえば、カオルはグリさんとも仲良がいいよな」


俺が言葉を告げられずにいると、いままで黙っていたエクスが急に突っ込んできた。


しかもなんでいきなり俺の憧れグリさんの名前が出るのかと驚いたが、ここはとにかく平静を装わねば。


何故って、恥ずかしいからだ。


皆には内緒だからだ。


「え、あ、まあ、確かに」


はい、全然平静じゃありませんでした。


凄く意識しています的な返事になりました。


「その……彼女の場合はどちらかというと誰とでも仲が良いというか、妖精さんのようなイメージというか……」


一生懸命言い訳しようとすればするほど泥沼にはまっていく。


「妖精。確かに、ちょっと浮世はなれしているかも」


何故か予想外にモモがうなずいた。


さっきまでの表情がウソのように、いつもの毒舌を吐く時の感じになっていた。


さっきのはなんだったんだろう。


まあ、それはさておき、突如吹いた追い風、この風にのって話を反らせるしかない!


「ひじりさんの件はグリさんも聞いていたと思う。説明しておいた方がいいんじゃないか?」


うむ、何かを言う間もなく、話が戻ってきてしまった。


いや、でも確かに大事な事だった。


グリさんに誤解されてしまうのはちょっとかなりヤダ。


エクスがいきなりグリさんの話をしだしたのはそのフォローだったのかもしれない。


というか、エクスには俺がグリさんにほんわかした気持ちを抱いているのがバレてるって事なんじゃないのか!?


いや、とにかくこの話を終わらせる方向にもっていこう。


「そ、そうだな。俺が女の子を手籠めにしようとしてたとか思われるとちょっと寂しいな。説明できるならしたい。だけど、聞かれてもいないのにいきなり説明するのって変だろうし……」


「なら、あたしが言っておこうか? カオルが家に女連れこんだけど大丈夫ですって」


「全然大丈夫じゃないです」


「冗談だよ」


モモが言うと冗談に聞こえない。


「まあ、グリは大丈夫でしょ。他の人に言うタイプではないし。そもそも、カオルが出会い目的でコスしてるって思ってないだろうし」


「本当?」


「作品が好きでコスしてる人。それこそカオルの言う同士って思ってるんじゃない?」


「そう言われると嬉しいな」


グリさんはとにかくこだわりが強い。


コスのためにトレーニングをして体系を変えたり、ロケのためにそのキャラが行っている訓練したり資格までとってしまったり、ちょっと常軌を逸しているほどだ。


聞いた話だと、危険物取扱者の資格とかフォークリフト免許も持っているとか。


いったい何のキャラをしようとしたのかと。


そんな彼女ほどではないかもしれないけど、俺もコスは元作品ありきだと思っている。


凄いと思っている彼女に同士と思ってもらえているなら嬉しい。


「同士と思っていたカオル君でしたが、その技術を利用して女子高生の弱みに付け込む事を覚えただけですって言っておかないとね」


「付け込んでないって。言わないでくださいって」


「付け込めばいいのに。できるんなら」


「どっちなんだよ。さっきまでは怒ってたじゃないか」


「怒ってない! ただ、知りたかっただけ……!」


なんなんだよ。


なんというか、モモが怒ってるのって倫理観云々じゃなく『カオルの癖に異性とイチャイチャなんて生意気だ!』ってジャイアニズムな感じなのだろうか。


そんな気すらしてくる。


そういえばモモの浮いた話も聞いた事がない。


もしかして本当に嫉妬なのか、自分に浮いた話がないのに俺如きが浮かれやがって! みたいな。


いや、モモが俺に嫉妬なんてありえないだろう。


それこそ、レイヤーでモデルなんかやってる位で、色んなレイヤーとか、企業の人とかいっぱい知り合いそうだし、カッコいい人とか凄い人とかごまんといるだろうし。


いや、単純に俺の心配をしてくれているのも本当なんだろう。


うん、本当に解らない。


単に酔ってるだけと思っておこう。


「……まあ、真面目だよね。実際、何々が出来るからって引っ掛けて連れ込んじゃう人もいるのにね」


「連れ込んじゃうって……」


「付け込むのは良い事ではない。だけど、培った技術や趣味で異性と仲良くなれるなら、それはスキルの一つだ。お互いが望むなら何も問題はない」


そう言いながらも、スキルの塊みたいなエクスの浮いた話を聞いた事が無い。


単に俺が知らないだけなのかもしれないけど。


「お互いが……それはまあ……そうだよね……」


モモがうつむいてしまった。


「どうしたモモ。酔いがまわった? 何か飲み物持ってこようか?」


「酔ってない!」


がばっと顔をあげ、目をむき出したような物凄い顔で俺を見る。


「いや酔ってるだろう。いいよ、飲み物を持って……」


「酔ってないから!」


「酔っ払いの酔ってないは一番あてにならないぞ」


ムスッとした顔で不貞腐れるモモ。


「酔ってないもん」


うーむ、本当になんなんだろう。


このままほっといてもいいんだけど、わざわざ心配して来てくれたんだし。


……本当に心配してなのか良くわかんないけど。


でもこのままにしておくのもなんだから何か話を振ってみるか。


「そういえば、さっきモモが言ってた『何々が出来るからっていうのを餌に引っ掛ける』って話、前になんかの雑誌で載ったらしいけど、ああいうのって本当にあるの?」


「雑誌?」


「そう、芸能関係やゲーム業界人を装って親しくなろうとしてみたり、貴方に仕事を頼みたいな事を手当たり次第にメッセージするくる、みたいな手口が怪しい雑誌に載ったって聞いたんだけど」


モモが『あ~……』っていう顔をした。


何か心あたりがあるのかもしれない。

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