第二話

コスプレの闇とかなんとかを抱きしめながら_序章_01

「カオル、女子高生連れ込んで朝チュンしたんだって!?」


「してないよっ!!」


ひじりさんの件があった次の日、日曜の夕方の事。


おおよそ俺の部屋には似合わない、ちょっと派手な服装の女の子が目の前で俺を責め立てていた。


ブランドとか解らないので上手く説明できないが、原宿とかで撮った写真が載っている雑誌で見かけるようなキャピキャピした感じのオシャレなアレだ、たぶん。


いや、今時キャピキャピなんて言わないか……。


とにかく、ありきたりな言い方をするなら今風な女の子。


いや、ちょっと違うかな。


レイヤーの子はファッションもやや独特らしいが、俺にはその違いが判断できない。


ラフな感じというのかな、胸元が大胆開いてるうえのおへそが見えそうな丈のシャツ。


そしてスカートが短い。


そこにカラフルというか鮮やかなニーソックスみたいなのを履いている事を付け加えておこうか。


スカートの短さと合いまみえて、太ももに絶対領域が発生するヤツですよ。


そう、彼女はコスプレイヤーの友達”もも缶”。


もちろん本名ではなくコスネームだ。


確か本名は菅野桃香(かんのももか)


体系はぽっちゃりまでいかず、肉付きが良い感じ。


出るとこが出てているのにクビレがあってグラビア的ナイスバディ、コスプレのモデルなんかもしている。


所謂、有名レイヤーっていう部類に入る人なんじゃないだろうか。


どのあたりから有名というのか定義は曖昧だけど……。


本来なら、魔法使いの俺が女の子と顔を突き合わせるような距離で話すなんてとんでもないが、モモとはちょっと不思議な関係というか距離感というか、別枠なのだ。


何故なら彼女は毒舌家。


誰彼構わず毒を吐く訳ではなく、親しい人間だけにらしいので外面は悪くないのだが、何故か俺に対しては必要以上にハッキリとした物言をする人なので、怖くて恋心なんて抱けない。


まあ、見た目にはドキドキはするけど、うっかり下心で接してしまえば、鋭い言葉の切り返しでダメージを受ける事になるに違いない。


なによりそんなの恐ろしくで出来る訳がない。


「あ、朝チュンなんて……だ、大体俺だよ? 魔法使いだよ?」


困った事に彼女は俺が魔法使いな事を知っている。


元々好きな作品にかぶりが多く、良く併せで会うようになり、いつの間にか普通に話せる位にはなっていた。


だが一緒に飲む機会があった時、女の子とオタク話で盛り上がれた事で調子に乗ってしまい、勢い余ってバラしてしまったのだ。


それ以来じゃないだろうか、今の毒舌スタイルを平気で見せるようになり、やたら絡んでくるようになった。


大変後悔している。


そんな事もあって、なおさら強気になんて出れないのだ。


まして今は質問された内容に焦っていたので欲情している場合ではなかった。


「でもしたんでしょ?」


「し、してないって……」


そう言いつつも俺は大汗をかいていた。


問題になるような何かがあった訳ではないが、一緒に朝まで過ごしたのは事実だからだ。


年頃の娘さんと朝まで二人きりなんて話、尾ヒレがつけばエライ事になってしまう。


俺はともかく、ひじりさんの迷惑にならないように誤魔化さなければ。


「だ、だいたい誰がそんな事を……」


「ひじりちゃん」


「……え?」


「ひじりちゃんから、朝まで一緒にいたって聞いたんだけど」


「え?」


「しかもシャワー浴びたら帰れよって追い出したんでしょ?」


「ええええええ!?」


「違うの?」


「全然違います」


「本当に!?」


「いやいやいやいや、だいたいなんでそんな……!!」


「ネタはあがってるんだから白状し……!」


「お前、適当な事を言いすぎだ」


今にも噛みついてきそうな勢いだったモモの頭をペシっと叩いたのはエクス。


モモと一緒に俺の部屋に来てくれたレイヤー兼カメラマン、成人男性の友人だ。


モモとは腐れ縁とはいっても、流石に女の子一人で来られたら家に入れていなかったかもしれない。


だって怖いもん。


「エクス、適当な事って? エクスも何か聞いてるの?」


助け舟に乗るように、なんとか話のペースを掴もうとエクスに振る。


「ボチボチな。コイツ結構飲んでたから暴走しないように付き添ったんだけど、案の定だったな」


「超邪魔なんだけど」


「車で送って来てもらってその態度なのか?」


「感謝してますー」


不貞腐れるモモを尻目にエクスが続けた。


「昨日併せだったんだよ、『PRECIOUS...』の」


「え、併せのメンバーってモモ達だったの?」


「そうだ、俺はカメコだけどな」


エクスはコスもしているけど最近はもっぱらカメラマン、写真を撮る方が多いみたい。


二人ともなんだかんだで有名人というヤツだろう、フォロワー数で言えば3000人超えだ。


ちなみに俺は600人くらい。


モモが俺と仲良くしてくれるのも不明だが、エクスはさらに不明だった。


常に冷静というか、必要な事は話すけど、あまり率先して人と話しているところは見た事が無い。


それが何故か俺とはコス以外でも会ってくれるし、話も聞いてくれるのだ。


それはともかく、俺から余計な事を言ってしまわないように、まずはひじりさんとの事を二人が何処まで知っているのか確認しなければいけないだろう。


「えっと、じゃあ、本当にひじりさんが話したの?」


「そうっ!」


「違う」


どっちだよ。


「撮影会のあと打ち上げになった」


そう、撮影会の後は打ち上げをする事も多い。


年齢も人も様々だからお酒が入る場合もあれば、ファミレスで行う場合もある。


場合によってはスタジオに許可をとってその場で行ったりする事もある。


レイヤーで造形する人やカメラマンさんなんかは荷物の関係で車の人も多く、飲まない人も結構いる。


アフターなんて言い方もするが、キャバクラのソレとは違う物なので注意が必要だ。


いや、そのまんまのような場合もあるが、それはまた別の話で……。


「コイツが、あの子が着ているマリーの衣装の造形部分がお前の作った物っぽいって言いだしたんだよ」


「なにそれ怖い」


「ちょっとっ!!」


「それであの子に問いただし始めたんだ。そうだろ?」


促され、渋々というか、納得がいかなそうな顔でモモが話を続ける。


「ひじりちゃん、手伝ってもらったって……アンタに助けてもらったって」


さらに不機嫌そうにモモが言う。


なるほど、そういう流れなのか。


だとすると無理矢理、断片的な情報を得ている位なのではないだろうか。


ならばこちらも少しづつ、慎重に情報を引き出していこう。


「見ただけで良く俺が手伝ったって解ったな」


「アンタの造形ってなんか特徴あるから」


「そうか? あー……、塗りは確かにクセがあるかも。でも今回は布張りだし特徴なんて出てた?」


「カドの出し方とか、全体のバランスとか形とか。色の選び方とか、張り方もちょっと変だったし」


「変って……」


ちなみに、この場合の塗りというのは塗装する事を言ってる。


人それぞれのやり方があるのであくまで目安、個人の感覚になってしまうけど、俺の場合はコスボードに造形ベースという下地材を塗ってからエアブラシ等で塗装する事が多い。


布張りはひじりさんの衣装でやったコスボードとかに布を張り付けるやり方だ。


「で、やっぱり手伝ったんでしょ!? 朝まで一緒にいたんでしょ!?」


「いや、それは……! 確かに手伝ったけど、やましい事は……!!」


「でもシャワー使ったじゃん!?」


「いや、それは……そもそも、なんでシャワーなんて話が……」


流石にひじりさんだってそんな話はしないと思うのだが。


俺が困っているのを見兼ねたのかエクスが再び助け船を出してくれた。


「コイツが、ひじりさんからお前のシャンプーの匂いがするとか言いだしたんだよ」


「なにそれ怖い」


「ちょっとぉっ!!!」


モモが顔を真っ赤にして叫んだ。


「……匂いフェチ?」


「くっ……! だって……」


ますます不機嫌そうな顔をするモモ。


突っ込んでは見たものの、正直な話、さらに狼狽していた。


なんだよ匂いでわかるって。


どう言い訳すれば良いんだよ。


「でもやっぱりシャワー使ったんじゃない!!」


「それは……違うんだよ……なんて言えばいいのか」


どう言ったら誤解無く、問題なく伝えられるのだろうか。


「慌てずちゃんと話せばいい。カオルの事だからちゃんと理由があるんだろう」


悩んでいるのを察してくれたのか、エクスはさらにフォローしてくれる。


エクスというワンテンポが入る事で、モモが変に加熱してしまうの抑えられているらしい。


ありがたい。


惚れてしまいそうだ。


「今までの感じから、ひじりさんは自分から言いふらすような子じゃないだろう。モモに聞かれた事を断片的に答えていただけだ。この話を知っているのも俺達だけだから焦らずに答えればいい。ああ、いや、グリさんもいたな」


「え!? グリさんも来てたの!?」


「いたけどなによ。聞かれたら困るの?」


「いや、困らないけど……いや、話が広がるのは困るけど……!」


ちなみにグリさんというのは俺の憧れのレイヤーさん。


自作衣装のクオリティも高くて素晴らしく、シチュエーションにもこだわる女性だ。


いや、素晴らしいというより常軌を逸しているくらいこだわる場合がある、とにかく作品愛が強い人。


ちょっとホワホワした感じの喋り方をする人で、誰とでも気兼ねなく話しているように見える。


実は妖精さんなんじゃないかとすら思っている。


とにかく俺が好きなレイヤーさんの一人だ。


併せでは誰を、どのコスをしたんだろう、後でツイッター見てみよう。


昨日は起きてから作業に集中していたのでツイッターとか見ていなかった。


……見たかったな。


あ、ひじりさんから個人的にLINEで送られてきたマリーの写真はジックリ見たさ。


もちろんさ。


アルバム作って保存したさ。


内緒だよ。


「確かにグリいたけど、いきなり遠ざけるのも変だし。グリも言いふらすような子じゃないから、大丈夫だよ」


確かにそういう感じの人ではないし、毒舌なモモが言うのだから本当にそうなんだろう。


ならその点は大丈夫だとして、真の問題を説明して理解してもらわねば。


「俺は良いんだよ、何を言われても。でも、そういう話って噂になると女の子の方が大変だろ?」


「そうだな」


エクスが頷く。


流石にそれは理解しているらしく、モモは気まづそうにつづけた。


「だから……別に言いふらしたい訳じゃないし。事実を知りたいだけ……」


「補足すると、あの子はモモに何かを聞かれても答えるのをためらって、だいぶ困っていた。それならお前を問い詰めると言いだしてモモがここに来たって流れだ」


「ひじりさんを困らせたの?」


「それは……」


「答えを迂闊に言えないっていうのは俺も一緒だよ。俺だけの事じゃないから、俺だけの判断で答えて良い物かと悩む……」


「何よそれ!? 俺だけの事じゃないって……! 秘密にしたいような事が二人にあったって事!?」


ありました。


いやいやいやいや。


ソコもだけど、ソコだけじゃない。


「いや、そういう事じゃなくて! なんで俺が手伝う事になったのかとか、俺に頼らなくてはならないとこまで追い詰められたのかって事とか、色々あったんだろうし……ひじりさんがどの部分を話したくないか解らないから、俺が勝手に話して良い事ではないと思うんだよ」


「……アンタってそういうところ律儀で頑固よね」


ふぅっ、と大きくため息のような深呼吸をし、モモが改めて俺に向き直りながら言う。


「エクっさんも言ってたけど、あの子から聞いた話はアンタに助けてもらったって事くらいなの。で、アンタが答える分には何を言われても良いって」


何を言われても良いって……。


もしかしてモモは俺がひじりさんに良からぬ事をしたうえに、脅して黙らせていると思ったんじゃないか。


だからこんなムキになって聞いてきているのか。


ひじりさんもなんでそんな言い方をしたんだ。


いや、俺が信頼されているっていう事なのだろうか。


解らない。


とはいえ、このままだと本当に誤解を招きかねない。


「解った」


家に朝までいた事は知られている訳だし、これ以上は変に隠す方が怪しい。


シャワーの件なんてちゃんと説明しないと余計にややこしくなってしまいそうだ。


この二人とグリさんなら変な噂を流す事もないだろう。


ならば、言葉や内容を選んで話してしまった方が良いかもしれない。


「実は……」


ひじりさんが衣装の依頼をしていたんだけど問題が起こった事。


問題を解決する方法として、家に来てもらい、制作方法を教えながら一緒に衣装作成をした事。


シャワーの件は、家に戻っていたら集合に間に合わないので使ってもらった事。


その時、俺は外で待っていた事。


それで概要的には間違っていない。


言わない方が良い部分を端折り、説明をした。


「……もしかして衣装制作請け負った人ってラズさん?」


「え。あ……」


名前は伏せていたのだが不意に聞かれた事でどう考えても怪しい返答をしてしまった。


バレたな。


「たぶんだけど、ひじりちゃんにラズさんが大阪にいるって教えた子がいるでしょ?」


そういえば、ひじりさんから聞いた気がする。


「たまたま併せの前の日にその子と一緒にいたんだけど、衣装がどうとか、ラズさんが大阪にいるとかって気にしてた。詳しくは聞かなかったけど、そういう事だったんだね」


そんな事があったのか、本当にこの業界は狭い。


「ラズさん、ダメって有名じゃん」


「そうなの?」


「請負で色々やらかしてるって聞いた事がある」


「そうなんだ……」


俺は幸いにも自分で作るから請負で頼んだ事が無い。


コス関係の問題はツイッターとかで良く見かけるので噂は知っていても、具体的に誰が何をみたいな事までは知らなかった。


「ちゃんとしてる人はもちろん多いけど、素人からこの道に進んだ人も多い所為か、酷い話もかなりある」


エクスも色々聞いているんだろう、補足するように発言した。


「ひりじさんの件は作る側の問題だったようだが、衣装を作らされたのに音信不通になるとか、なのに平気でツイッターで発言し続けるとか、買う側の問題も色々聞くしな」


凄いな。


明らかに問題を起こしているのに、平気で人目に触れるツイッターに現状を書いちゃうのは実際に目の当たりにした。


常識が通じない人等、改めて問題が多い界隈なんだと思う。


「で、アンタは女の子の弱みに付け込む事に味をしめちゃったって訳?」


「しめてません」


「……じゃあなんで助けたのよ」


モモの声のトーンが少し変わった。


いつになく真剣な表情になっていたのでちょっと驚いた。


「え、なんでって……、友達が困ってたら助けるだろ?」


「ひじりちゃんとそんなに親しかったっけ?」


「それを言われると……。俺が友達だと勝手に思っていただけかもしれないけど」


「友達だから助けたの? タダで作ってあげたの? 朝まで一緒に?」


「いや、だって、お金取るほどの事をしていないし。俺が朝までに作るって言ったんだけど、それは申し訳ないから作り方を教えて欲しいって。投げっぱなしにするんじゃなく、自分でやるって言ってくれたから、だから……」


「ほっておけなかったんだな」


エクスは表情を変えないままそう言った。


モモは何故かさらに不機嫌そうな顔をする。


「たまたまひじりちゃんが良い子だから良かったけど、女の子だからって間違ってない、ウソをついていないとは限らないでしょ? 場合によっては面倒ごとになるかもしれないでしょ? ちゃんと調べてから助けるって決めた?」


「それは……」


確かに。


そういう意味ではひじりさんの話を鵜呑みにしただけだ。


「ラズさんの方と話はついてないんでしょ? 実際のやり取りがどんなか知らないけど、アッチが逆切れして余計な事をすんなってアンタを巻き込んできたらどうするの? それこそひじりちゃんを相手に騒ぎだしたらどうするの?」


「う、その辺は……考えてなかった」


常識が通じない以上、その可能性はあるかもしれない。


「レイヤーなんて噂話に適当な憶測つけて飛ばしまくるし、やたら人のそういう話を聞きたがる人もいる。どうでも良い事ですぐ学級会開くし」


学級会というのは、ツイッター等で見かける井戸端会議みたいな物。


起こった問題に対し、皆が好き勝手に主張を投げつけあって水掛け論状態となり、いつまでも際限なく会議しているような状態になる事を揶揄した表現だ。


特にオタク界隈での出来事が多く、しかも状況によってはどちらも正しい可能性がある場合が多い。


なので、元々の発端に原因はあったとしても、段々と関係ない人達がそれぞれの理論で参入してきて話が広がり、論点がズレ、いつまでたっても解決しないどころか悪化していくのだ。


「お人良しもいいけど、色んな人がいるんだから気をつけて。大概はまともじゃないんだから」


おいおい、『大概はまともじゃない』って言い過ぎだろう。


と、突っ込みたいところだけど、この意見はあながち間違ってはいない。


コスプレ界隈は本当に変わった人、ダメな人が多い。


普通は誇張というか、大げさに言っているだけなのだが、レイヤー界隈はオカシイ人が6割以上いると思う。


オカシイと言っても『常識的に言ってちょっと変』くらいなら問題は無い。


残り4割の中の2割が結構オカシイ人で、さらにもう1割がガチにおかしい完全にアウトな人。


場合によってはソレは犯罪なのでは? という行動をしている人がいる。


本当にまともな人なんて1割いるかいないかじゃないだろうか。


恐ろしい事に、これが話を盛っている訳じゃない。


コスプレ界隈を知っている人なら大体同じ返答すると思う。


そもそも、普通だったら人前であんな格好をする訳がないし。


そんなこんなで良く解らない理屈や理不尽で恨まれる事もザラなのだ。


レイヤー怖い。


所謂、コスプレの闇と言われる物かもしれない。


この手の話になると本当に止まらない、俺への審問がてらの問答はまだ続く事になりそうだった。

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