女子高生が手ブラでやってきた_07

そんなこんなで深夜4時を過ぎた頃、一通りのパーツが完成した。


「……うん、後は服に張り付けるだけかな」


想定より時間がかかってしまったが、なんとか完成できそうだ。


「ね、ひじりさ……ん?」


気が付くとひじりさんは手にパーツを持ったまま寝落ちしていた。


今日は色々あって疲れていたのだろう。


その上の徹夜だ、無理もない。


このまま寝かせてあげようと思ったのだが、俺が声をかけたからか、すぐに目を覚ましてしまった。


「あ、ご、ごめんなさい! すぐ作業に戻ります……!」


「パーツは出来たよ。ひじりさんが手に持ってるのを合わせたら全部揃ったよね」


「え……? あ……はいっ! ちょっと待ってください、確認します! えっと……これが胸で……」


キャラの画像を見ながらパーツの確認をしていく。


「全部あります……っ! 本当にできたんですね……!」


ひじりさんの目が潤みだす。


「待った! もうちょい! もうちょいだけ待って! パーツを張り付けちゃおう。それで着てみて細かい調整をしよう! そこまで頑張れる?」


「もちろんですっ!」


ガッツポーズをするひじりさん。


現実でガッツポーズなんて中々お目にかかれない。


良い物を見た。


次の眠気が来る前に終わらせてしまおうと、試着まで一気に作業を進めた。




「どうですか……?」


一通りの作業を終え、お風呂場で着替えてきたひじりさんが俺の前でクルリと一回転する。


ウィッグもメイクもしていないのに衣装だけ着ているのはちょっとシュールな光景だ。


が、今見るべきはそこじゃない。


キャラの画像と比較し、パーツ位置や左右が逆になっていないかを確認する。


そう、一人で作っていると鏡を見て作業するため、逆に取り付けてしまう事があるのだ。


「……うん、いいと思う」


「本当ですか!?」


ひじりさんがさらにクルクルと回る。


計って作っただけあって、パーツのサイズも悪くない。


「うん、頑張ったね」


「ありがとうございますっ!」


聖さんは笑いながら再び涙をあふれさせる。


今度は止めなかった。


だって、これは良い涙だよね?


「本当に……なんてお礼をしたらいいのか……!」


「頑張ったのはひじりさんだよ。おめでとう」


「ありがとうございます……っ!」


何度も何度も頭を下げるひじりさん。


お礼を言われすぎて照れくさくなってしまったのを誤魔化すように時計を見る。


5時過ぎたところだった。


「えっと、ここからスタジオまでは1時間くらいで行けるとして……9時に集合って言ってたっけ?」


「はいっ!」


「じゃあ8時に出れば間に合うかな。少し寝れるね」


「はいっ! でも、今から寝ると起きられる自信が……」


「俺が起こそうか? このまま朝まで起きてるよ」


「そんな! カオルンさんも眠いですよね?」


「俺はまだ大丈夫だよ。ひじりさんはちょっとでも寝ておいた方がいいって。撮影中に寝落ちしたら嫌じゃない?」


「それは……確かに……」


「それに寝不足で行くとメイクとか大変って聞くよ。肌へのノリが違うんだっけ?」


化粧云々の話は聞きかじりだし適当だ。


俺もコス用にメイクはするけどかなり適当なのであまり良く解っていない。


良い化粧品はやはり良いらしいが、俺は100均で買ってきたメイク道具で十分だ。


本音は、疲れていただろうから少しでも休ませてあげたかった。


「せっかく間に合ったんだし、ベストの状態で着て欲しいんだ。だから、ちゃんと寝てくれる?」


「はい……本当にありがとうございます! 何から何まですみませんっ!」


「気にしないで」




うそ、気になる。


俺が気になる。


だって、すぐそばで女の子が寝ている。


どうしてこうなった。


いや、俺がそうさせたんだけど。


考えて見ればなんで家で寝かせたんだ。


いや、あの状態で帰らすのは酷だろう。


うん、そうだ。


決して邪な考えじゃない!


じゃない!


だが、今はないとも言いきれない。


ひじりさんを部屋で寝かし、俺は台所に来ていた。


1DKのDのところだ。


ひじりさんは1のところだ。


とはいっても、ちゃんとした仕切りがない間取りなので、寝ているところを見ようと思えば見えてしまう。


でも見ちゃいけない気がして見ないようにしている。


すると不思議な事に、やたら耳でも良くなったのか彼女の寝息が聞こえてきた。


……ヤバイ。


めっちゃ可愛い女子が寝息を立てているよ!


寝息って、本当に寝息なんだな!


実家にいた時、両親の寝息なんて気にした事なかったのに、今はなんでこんなに気になるんだよ!?


息。


生きている。


そう、生きているんだな。


尊いというのはこういう時に使うのか?


もう自分で何をいっているのかわからない。


どうすんだよ。


いやどうもこうも。


集中。


別の事に集中するんだ。


何に?


筋トレ。


そうだ、筋トレだ!


こういう時は筋肉だって言ってた!


誰が?


普段は筋トレなんてやらないけど、きっとそうなんだろう。


いや、ここで筋トレしだしたら五月蠅いだろ。


じゃあどうすんだよ!?


撮りためたアニメとか見るか!


って、PCもTVも部屋だよ!


スマホで見るか!


って、ヘッドフォンもイヤホンも部屋だよ!


そんな感じでモンモンと一人ツッコミを繰り返していたらスズメの鳴き声が聞こえてきた。


朝チュンってヤツだ。


長かった。


実質二時間くらい、えらい長く感じた。


いや、何もしない二時間って元々長いか。


それが魂と時のなんちゃら現象でさらに倍だ。


体感時間がめっちゃ長かった。


その時、ふと何かの気配を感じ思わず振り返ってしまう。


気が付くとひじりさんが布団にくるまり、目の部分だけを出すような感じで俺を見ていた。


「あ……おはよう……」


「おはようございます……ごめんなさい、寝起きで酷い顔してますよね……」


恥ずかしそうに布団をかぶって隠れてしまった。


可愛いじゃないか。


えっと、今の演出は誰が手掛けてるの?


いつから俺の人生に演出家がついたの?


「あの……本当にあつかましくて申し訳ないんですけど」


再び、ひじりさんが顔をのぞかせていた。


「はい!」


「シャワーを貸して頂いても良いですか?」


「はい! ……え?」


ジッと見ていたらひじりさんがまた布団に引っ込んでしまった。


シャワー?


家の?


ひじりさんが使うの?


……。


ええええええええ!?




で。


俺は今、家の外にいる。


流石に家にいると理性の限界がきてしまうので、適当な理由をつけて家の外で待っていると逃げてきた訳だ。


絶対ヤバいって。


シャワーの音を聞いちゃったり、なにか理由をつけて覗こうとしてしまうかもしれない。


冷静に考えたら、どう考えてもオカシイ理由でも、さりげないフリをしてやらかすに違いない。


それって後でウルトラ後悔するヤツだ。


だから絶対に見えない聞こえない外に出るのが1番のハズだ。


ハズなのに、何故こんなにももどかしいのか。


なんてモジモジしていたらひじりさんが家から出てきた。


「お待たせしました! すいません、時間がかかってしまって……!」


ひじりさんは再びマスク着用していた。


そう、レイヤーさんは後にメイクをするからと現場にノーメイクでマスクしてやってくる事が多い。


あと、でっかいサングラス。


お風呂上がりの姿が見れずちょっと残念だ。


かなり残念だ。


凄く。


「忘れ物は無い?」


「はいっ! 確認しました!」


「よし、じゃあ行こうか」


道案内がてら駅まで送る事にした。


せっかく頑張って作ったのに、道に迷って遅刻したら目もあてられない。


というのは建て前で、もうちょっと話していたいというのが本音だ。


「本当にありがとうございます! 一緒に作れるなんて……感動ですっ!」


ひじりさんは昨日の夜がウソのように明るかった。


今日の併せを本当に楽しみにしていたんだろう。


助けになれて良かった。


「このお礼は必ずします! お金もちゃんと払いますっ!」


「大丈夫。それよりも楽しんできて、それが一番嬉しいから」


「でも……」


ひじりさんが困った顔をしている。


まあそうだよな、そういった事を気にする子だよな。


「じゃあ写真見せて。俺もマリー好きだから」


「はいっ! いっぱい見てくださいっ!」


自分で見せろと言っておきながら、見てくださいと言われるとなんか照れる。


フル装備ではなかったけど、ひじりさんが部屋で着ていた姿を思い出す。


自分の部屋でみた不思議な光景。


これ以上思い出すと妄想を始めてしまいそうなねで無理矢理思考を遮る。


「た、楽しみにしてます」


何故敬語。


絶対に怪しまれる。


そんな俺の不審な動きなんて吹き飛ばすかのように、ひじりさんは元気に話を続けてくれた。


「他にも何かないですか?もっとちゃんとお礼をさせてください! お部屋も使わせて頂いたのに散らかしっぱなしです……」


それはちょっと嘘だ。


さっき、鍵をかける時にちらっと中を確認したけど、あきらかなゴミは捨ててあり、道具もまとめてあった。


本当に良く出来た子だ。


「気にしないで、造形すると散らかるものだし」


「ダメです! 片付けに来ますっ!」


「え、あ、はい」


「そうだ、私も何か作ってお返ししたいですっ! 服……はカオルンさん自分で作れちゃいますもんね……あ……!」


「あ?」


ひじりさんがなんか急にモジモジし始めた。


「……ご飯を作ってもいいですか?」


「え、あ、うん。え? ご飯?」


造形のご飯?


コスでキャラが持つ用の?


と聞く前に返事がきた。


「ありがとうございます! 絶対に作りに来ますからっ! 食べたい物教えてくださいっ!」


勢いに押され、ご飯の約束をしてしまった。


作るって、俺の家で作るの?


いや、家で作ってくるんじゃないの?


そのあたりを詳しく聞く前に駅についてしまった。


正直、もっと話していたいくらい名残惜しい。


だがそうはいかない、彼女を送り出して俺の任務は完了する訳だ。


「本当に良く頑張ったね。いってらっしゃい」


「はいっ! いってきますっ!」


改札を通った後にも何度も振り返りお礼をするひじりさん。


良いから行きなさいと手で合図するも、都度お礼をしてくる。


そんな姿が見えなくなった頃、一気に疲れがきた。


「……さあ、帰って寝よう」


思わず独り言をつぶやいてしまった。


部屋にひじりさんの匂いとか残ってたらどうしよう。


「うん、疲れてるんだ俺は。寝よう」


こうして、32歳童貞おっさん最初の物語が早朝から幕を閉じる事となった。

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