女子高生が手ブラでやってきた_03
「あ……」
俺が触れるたび、ひじりさんが悩まし気な声をあげる。
「ご、ごめん!! 痛かった!?」
鎧のサイズや、服に接続するための場所にアタリをつけるため、服が身体にピッタリとくっつくように手で押さえながら布をひっぱった。
押さえた手が、もしくはひっぱり加減が強かったのだろうか。
「いえ……そんな事は……」
じゃあなんでそんな声をだしたのー!!!
なんて聞く事は出来ない。
それが余計にモヤモヤする。
だが、出来るだけ平静を装わなければ。
そう、これは目的があってしている事だ。
決して邪な考えじゃない!
でもやっぱり色々考えちゃう。
そもそも、普段はこんな風に女の子に触るどころか接近する機会もない。
併せとかで近くに立つ時や、アフターの席で隣になっても、相手が女の子なら50cmあけて座る位なのだ。
ちなみにアフターってのは打ち上げ的なモノの事で、キャバクラとかで使う用語とは別の意味で使われるので注意だ。
そして、今の一番の問題は、なんというか、良い匂いがする。
凄い。
無理矢理嗅いでいる訳じゃないのに漂ってくる香り。
シャンプーなのか石鹸の匂いなのか良い匂い。
そしてとにかく柔らかい。
胸とか、問題になりそうな部分は絶対に触らないようにしているんだけど、それでもなんだか柔らかい。
骨まで柔らかいんじゃと思うくらいだ。
華奢っていうのはこういう事をいうんだろう。
そう、あと、小さいのだ。
俺とは基本的にスケールが違う。
今まで、シャツとかを通販で買うにしても、同じSMLで何故男性用と女性用があるのか疑問だった。
同じ表記なのに、なぜサイズが違うのか良く解っていなかった。
今なら解る。
男性と女性ではサイズも違うけど、明らかに規格が、形が違うのだ。
なんか感動した。
いやいやいや、そんな場合じゃない。
別に女の子を初めて見る訳じゃないし、コスしてる人の中には凄い露出の人もいるから間近で裸に近い恰好も見た事はある。
なんだかんだ、併せで接触する事もあった。
知っているつもりではあったけど、こうやって意識して触れてみるのが初めてだからかも知れない。
とにかく華奢なのだ。
「えっと、痛かったり、あの……嫌だったら言ってね」
「大丈夫です! 嫌とかじゃありません!」
じゃあ、なんなんだ!
なんであんな声出すんだ!
なんて言える訳ない。
やはり、男性に触れられるのが嫌なんじゃないだろうかと心配になる。
「その、女の人が呼べたら良かったんだけど、ごめんね」
流石にこの時間から急に呼べる女性の知人なんていない。
いや、一応心当たりはあるんだけど、説明が大変なのと、なにより、今しがたまでこんな事になるなんて考えもしなかった。
そもそも、こんな事態になった事がない。
まさか女の子と二人きりでサイズを測るなんて思ってもみなかった。
うん、普通無いよな。
「私の方こそごめんなさい! 急にこんなお願いを……明日の朝までに鎧の作り方を教えてくださいなんて……」
そう、時間に余裕があるとはいえ、朝までに衣装を作らなきゃいけない。
適当に作ってサイズ調整をしなおすロスを減らすためにも、サイズを把握するに越した事はない。
とはいえ、終電もあるから、ひじりさんが帰れる時間に採寸までは終わらせないと。
色々考えるべき事も方法もあるのだろうがとにかく焦っていた。
「本当に……ごめんなさい……」
ひじりさんが申し訳なさそうに、また泣きそうな目で俺を見る。
「大丈夫! 大丈夫だから! ね、だから間に合わせよう!」
「はい……」
そう、彼女は泣きながら俺に連絡してきたのだ。
何でも、明日『PRECIOUS...』の併せがあるらしい。
併せっていうのは、一つの作品とかの色々なキャラで一緒に揃えてコスプレする事をいう。
メインキャラからサブキャラ、果てはモブキャラや動物になっちゃう人とか、主催やメンバー次第で本当に多彩な集合になる。
撮影する場所、メンバーへの声かけやカメラマンの都合等もあるので大体数週間から、場合によっては数か月前から用意を始めるんだけど今回は3か月前から用意をしていたらしい。
ひじりさんは服は作れるけど造形は出来ないとの事だったので、鎧部分の制作をイベントで知り合ったラズさんに頼んでいたのだ。
ラズさんは、俺もネットやイベントで見かけた事はあるけど直接話した事はなかった。
「昨日までは問題ない感じだったんです。でも、受け渡しするはずだった今日になって急に連絡が取れなくなっちゃって……」
それまで普通に連絡が出来ていたのに急に連絡が取れなくなる。
普通ならありえないかもしれないけど、コス界隈だと結構ある話だ。
「そしたら、私がラズさんに衣装を頼んでいた事を知っている友人から、大阪のイベントにラズさんが来てるよって連絡が入ったんです……」
「え? なにそれ。今日鎧の受け渡しをするって約束していたんだよね?」
「はい、前日までは普通に……私も何がなんだかわからなくて。友人にラズさんに連絡してくれるように頼んだらやっとLINEの返事が来たんです」
「ラズさんから?」
「はい。でも『来週だと思ってました』って一言だけで……」
「ますます意味が解らない。ひじりさんと前日まで連絡していたんだよね? 今日受け渡ししましょうって」
「はい……。説明してもらおうにも、そのあとは既読にもならないし、電話も出てくれなくて……友人にもそれ以上頼むのは申し訳ないし……」
なんとなく察した。
衣装が出来ていないのか、何か気にいらない事があったのか、理由は解らないけどバックレたのかもしれない。
信じられないかもしれないけど、平気でそういう事をする人がいる。
筋も通ってなく、理由にも言い訳にもなってないレベルの話。
しかも、昨今は人目につくところにいればSNSとかで見つかる事もあるのに悪びれもせず平気でこういう事をする人がいる。
小学生の言い訳よりも酷い。
いや、言い訳すらもしない。
「もう……この時間だし……どうしたらいいのかわからなくて……」
まともな理論が通じない相手、そんなの30歳超えた俺だってどうしたら良いか解らない。
それがまだ学生の彼女ならなおさらだろう。
「こんな事を相談されても困まらせちゃうのはわかっていたんですけど、でも……ごめんなさい……」
「なるほど、それは……確かにどうしたら良いか解らないよね」
こんな時だ、誰かに話したかったんだろう。
かといって、併せをするメンバーには申し訳なくて言えなかったんだろう。
コス界隈ではドタキャンとかが良く問題になる。
しかも説明しようにも理屈の通っていない、意味が解らない状況だ。
下手をすれば、彼女が悪いと言われかねないかもしれないのだ。
俺に連絡してきたのは、まさに藁にもすがる思いだったのじゃないだろうか。
「解った。俺で出来る事は手伝うよ。鎧を作れば良い?」
「え……? あ、いえ……! そんな厚かましい事は……!!」
「いやいやいや、流石にこの状況は酷い。ひじりさんは悪くないんだし」
「あ……、ごめんなさい。本当は助けてもらえたらって……カオルンさんなら何とかしてくれるんじゃないかって……」
女子に頼られる。
こんなに明確に頼られるのって、人生で初めてじゃないだろうか。
ココだ。
ココで恰好良い事を言っちゃうんだ俺!
決めちゃえよ俺!
「いいよ。大丈夫。作るよ。ね?」
なんだこの語彙は。
もっと巧い事を言えないのか俺は。
恰好良い事が言えないのか俺は。
言えません。
言えないから魔法使いなんです。
だが、そんな俺への返事は予想外のものだった。
「違うんです! 本当にそんな厚かましい事はお願いできません! ただ、もし良かったら、私に鎧の作り方を教えてくれませんか!?」
「え?」
「今からじゃ無理なのはわかってるんです。でも……やれるだけの事はしたいんです……!」
てっきり鎧を作ってくださいって話になると思っていた。
まさか、自分で作るという話だったとは。
「ただ、全然知識なくて。こんな事になるなら、最初から自分で作る事を考えるべきだったって思うんですけど、すみません……」
「それは仕方ないよ。謝る事じゃない。今が異常な事態なんだし」
普通はないよな、こんな事態。
アポイントをとって前日まで確認が取れていたのに、当日それまでの話が全部ひっくり返るなんて。
でもコス界隈だとザラらしいから怖い。
「それに、もし制作をお願いするならちゃんと依頼させて頂かないといけないです。でも、お恥ずかしい話なんですけど、依頼をお願いできるだけのお金がもうなくて……。あ、でも作り方を教えて頂くお礼分はなんとか……!」
偉い。
昨今はTwitterとかでも良く見かける『●●作れるでしょ? タダで作って?(気軽に)』問題があるというのに、しっかりした娘さんだ。
人に物を頼むには対価がかかる事を認識している。
ただ、気になる事を言っていたので思わず質問してしまう。
「お金が無いっていうのは?」
「ラズさんに材料費と制作費をお支払いしてしまったのでバイトで貯めた分ももうないんです……なのに図々しい事を言ってしまってすみません……!」
酷すぎる。
制作費先払いさせておいて納品間に合わないどころかちゃんとした連絡も無しって、つくづく酷いな。
頭がおかしいんじゃないかってレベルだ。
衣装制作を依頼した場合は決して安くない。
まして学生にはキツイだろう。
「本当は併せの人達に謝ってキャンセルする事も考えたんです。でも、悔しくて……だから、せめて出来るだけは作りたいって思ったんです。もし今からでも間に合う方法があれば教えて欲しいんです……! できるだけのお礼はさせていただきます!」
なるほど。
逃げるためにじゃない、戦うために俺のところに連絡してきたって訳か。
凄いな、俺が学生の頃って、そこまで踏ん張れただろうか。
まあ、それはおいておいて。
こんな事、答えは決まってる。
「解った。それなら、一緒に作っちゃおうか」
「え?」
「俺が一人で作るんじゃなくて、一緒に作ろう。お手伝い。それならどう?」
「そんな……」
「キャラはマリーだよね? 作るのは鎧パーツ部分だけで大丈夫?」
「はい、衣装はあります……!」
「第一形態?」
「第三です!」
今回の『PRECIOUS...』はソシャゲらしく、キャラが進化する事によって衣装の形態も変わるのだ。
故に、バリエーションの把握をしておかねばならない。
「とすると、肩と手の甲が増えるのか。うん、時間的には問題無いと思う」
「でも、本当にいいんですか……?」
「うん。ちょっと簡易的になっちゃうけど良い?」
「もちろんです! 文句なんて……! あ、でも材料はどうしたらいいでしょうか、全部ラズさんに渡してしまったんです」
材料。
この場合は鎧を作る材料だ。
電話をもらったのが21時くらいだったっけ。
それから20分くらい喋っていた気がする。
今からだと布関係を揃えるオカダヤも、ベース部分などを揃えるハンズも開いてない。
でも幸いな事にベースにするコスボードも、表面を鎧っぽくするのに使えそうな布も家にあった。
「表面の処理に塗装を選ぶと乾かす時間が無いから、布張りでいこう。材料は大丈夫。ラズさんのとこに取りに行くのは無理だろうし、時間的に買い直すのも難しいし。幸い、あの鎧ならウチにある材料で足りると思うからいいよ」
「そんな……!」
「うちで余っている材料だから。ね、良いから。俺がただ恰好つけたいだけだから。手伝わせて」
「そんな……本当にいいんですか?」
「もちろん」
「本当にもうどうしたらいいのか、わからなくて……時間もないし……泣いちゃいそうでした……でもそんな情けないのはイヤで……」
もう泣いていたじゃないか。
本当は辛くて逃げ出したかったんじゃないか。
それでも踏ん張って、なんとかしようとしたじゃないか。
「本当は怖かったんです……凄く怖かったんです……ありがとうございます……っ!」
「気にしないで、ひじりさんにはお世話になってるしね」
「私の方がいつもお世話になっています……!」
「ままま。時間なくなっちゃうから」
「は、はいっ! すみません……! ちょ、ちょっと待ってください」
そう言って声が離れる。
ちょっと遠くで鼻をかむ音。
うむ、全部 ON AIR だ。
普段シッカリした人が見せる油断した姿にキュンとくるのはこんな時なのだろうか。
なんて思ったけど、ちょっと変態っぽい気がして流石に言うのはやめた。
「失礼しました……!」
気持ちを仕切りなおしたのだろう、鼻声だけど声に芯が通っていた。
「お願いしますっ! 鎧を一緒に作ってください! このお礼は必ずさせていただきます! だから、助けてくださいっ!」
「任せて」
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