十の斬/9:364
人型の怪物の集団の前に躍り出る。わざと相手が反応できる行動を見せつけ、攻撃を誘発。真上から振り下ろされる、自分がくらえば確実に即死するであろう棍棒の一撃を即座にバックステップを挟み攻撃を避けてから地面を蹴り振り下ろされている最中の棍棒の上に片膝を付いて乗る。そして棍棒が地面を叩いた瞬間に相手の丸太程大きな腕を左右の双剣の内、左側を右腕で一瞬にして抜刀しながら切り裂く。
神速の抜刀術。その一閃は明らかに刃の刃渡り以上はあった相手の腕を安々と切断する。それを相手が知覚する前に再び動き、返す刀で相手の体を斜めに切り裂き、そしてもう片方の剣を左手で抜き、心臓のあるであろう場所を一閃し殺す。
だが、相手は集団。一体を殺したところでまだまだ敵は来る。白い髪を紅で染めながら、次々と振り下ろされる棍棒を縮地を混ぜ込んだステップで避け続ける。
足裁きと相手の認知の合間を縫うように繰り出される瞬間移動のようなステップは攻撃を全て避けた後に剣を投げる。投げられた二本の剣は相手の額を見事に打ち貫く。だが、それでも相手はまだ居る。そして、武器は無し。しかし、武器がなくても相手を殺す方法はある。
「エルリック、剣投げて!!」
叫びながら多少の溜めをして一気に飛び上がり、三メートルはある相手の肩の上に音もなく飛び乗る。まるで忍者のような身のこなしに後ろで観戦している青年は驚きながらも急いで剣を抜く。
その間に少女はもう一体を殺す。相手の目に腕を突っ込み、そのまま脳みそに触れるまで腕を神速で突っ込み脳の一部を握りつぶして破壊する事で。脳を破壊された相手が倒れ始めると同時に相手の肩を足場に回転しながら跳躍。その際に青年の方を見て、回転しながら飛んでくる片手剣を確認する。
そして着地した瞬間に再びステップ。片手剣がキャッチできる場所に行ってから飛んできた剣を掴み取り、同時にステップし切り飛ばした腕がまだ握っている、人間では両手でも身に余る程の棍棒を片手で握り、自身で回転して勢いを付けてから残り二体の内、一番近い相手に向かって投げつける。
それが相手の棍棒で弾かれたのを確認してから彼女は何度目かのステップを繰り出し、一瞬で相手の体を通過する。その一瞬で相手は体が上下で真っ二つになり絶命する。そしてラスト一体が奇跡的な反応速度で振り下ろした棍棒を見てから、片手剣で迎撃する。
受け止めるのではなく、斬る。振り下ろされる棍棒を相手の力と自分の技量で切断し、振り上げた剣の勢いを殺さぬままその場で回転し、一気に相手の体に斬撃を叩き込む。だが、それだけでは相手を絶命させるには事足りない。その程度の事は分かっているからこそ、振り下ろした剣を自身の体と共に跳ね上げ、回転させ、曲芸師のようにその場で飛んで回転しながら相手の顔面を左右で分割する。
そうして血のシャワーを全身で浴びながら彼女はそっと片手剣を血払いして腰の鞘に納めようとして――
「……あっ、これエルリックのだった」
カッコ付けが見事に失敗したのだった。
****
オーガ討伐。全ての魔物、魔獣の中で中間あたりに位置する魔物はそこそこに報酬が良く、そして同時に群れているから更に報酬は跳ね上がっていた。しかし、オーガという種は一体だけでも強力だ。それこそ、ギルド員の中でもトップクラスとも言える人間卒業試験を合格しているような人間は一対一でも楽勝であり、六体程度の群れでも無傷で倒せるが、未だ人間の域を出ていない人間では、木々を棍棒のみで圧し折る圧倒的なパワーと、その巨体からは考えられない速さ。そして、肉体を構成する、生半可な剣とその腕では切り傷を付けるのが精一杯な強靭な筋肉を突破するのは容易い事ではなかった。
エルリックでは一体でも倒すのは厳しい相手を、ユキはたった一言。
「じゃあやるね」
そんなほにゃっとした笑顔と共に一言告げ、オーガの群れに突っ込んでいき、そして真正面から切り伏せた。
それを目の当たりにしたエルリックは、本当の人外というのを見た気がした。彼女の体術は、どこでも見たことが無い物だったが、その洗練された技。強靭な筋肉すら断ち切る剣技は今までエルリックが見た中では最強クラスとも言える程だった。
女性故の肉体のしなやかさ。そして小さいが故の素早さ。それらをデメリットとしてではなくメリットとして最大限活かし、相手を真正面から切り裂いていく。
殺しすら魅せるための舞ではなく、純粋な相手を殺すための剣技。それを披露したユキは息を少しも切らさずあっけからんと呟いた。
「なんだ。案外弱いんだね。気合い入れて五割くらいで行ったのに楽勝だったよ」
化け物かコイツ。そう思ってしまったエルリックは可笑しくない。
縮地を混ぜ込んで音もなく消える瞬間移動のような物をステップだなんて呼ばないし、そこそこ値段はしたがオーガを相手するには心もとないエルリックの剣でオーガを両断するなんて馬鹿げているし。何より明らかに刃渡りが足りないのにオーガの腕を切断するなんて頭が可笑しいとしか言えない。
これについて聞いてみると。
「え? 別にあれくらい誰でもできるでしょ?」
どの世界の人間があんな事出来るんだよとツッコミを入れたくなった。
取り敢えずエルリックが彼女の戦闘を見て分かったのは、彼女の強さというのは明らかにこの世界の人間の中でトップクラスに位置するという事だ。女故の体つきを最大限にまで活かしたその戦い方は明らかに人間を超越した動きをしていた。
ちなみに今回の戦闘はドラゴンの情報を集めてすぐに向かったのだが、実は移動時間含めて二時間しか経っていない。ちなみに移動時間が合計一時間四十分で、探索、戦闘時間が二十分だ。普通、オーガを討伐するならもっとかかる。最初はエルリックはすぐにユキを抱えて逃げる準備をしていたのだが、ユキが一体目を斬殺した辺りから呆然としていた。
オーガとの戦いが消化不良だったのか、ちょっと不満気なユキをバイクの背に乗せて街へ戻りギルドで血塗れのユキに受付でチェッカーを出してもらう。
「はい、では……えっ、オーガ六体……?」
まだここを出てから二時間しか経っていないのに持ってこられたチェッカーを見て受付の女性の目が点になる。そんな彼女の言葉を聞いた一部のギルド員が意味が分からない物を聞いたという視線を受け付けの女性、及びユキに向ける。
その視線を受けてユキがビビってエルリックにくっ付いた。役得だ。
「あー……まぁ事実です。これ、全部返り血なんで……」
冗談でしょ? とこっちを見てくる受付の女性に対し、エルリックは困惑、というか諦めたような雰囲気を出しながらそっと受付の女性に告げた。その言葉を聞いて、白一色から白と赤のツートンカラーになった少女を見て、チェッカーを見て、もう一度ツートンカラーを視界に収める。
ギルドに所属している人間というのは、八割が男だ。そして、残り二割が女だが、その中でマッシブじゃない女なんて限りなく零に近い。しかも、その数人しかいないマッシブじゃない女性は基本的に人外に片足を突っ込んでおり、頭のネジがぶっ飛んでいるためユキのような可愛らしさは持ち合わせておらず、ただのキチガイとして名を馳せている。
そのキチガイの仲間入りを果たしていない、可愛らしく小さな少女がオーガ六体をたった二時間で。珍しく剣を吊るした少女が居たので何となく記憶していたその受付の女性は、そんな少女がオーガ六体を討伐しただなんて信じられなかった。
「……あのオーガの群れ、ギルド員を十人近く殺してるんですよ?」
「知ってますよ……それを一分足らずでコイツは惨殺しましたから……」
何度も言うが、オーガというのは本来、人外並の連中でなければ六体同時にソロ討伐なんて真似は出来ない。まだまだ上の魔物、魔獣は存在するが、それでもオーガというのは十分に強いのだ。それをソロ討伐したのがこんな小さな少女だなんて言われても、この世界の人間は簡単には信じられないのだ。その目で見ない限りは。
それが分かっているからこそ、エルリックはどうした物かと悩んだ。これ、大丈夫かなと。なんか面倒な問題を持ってこないよなと。
「……なぁユキ。こっからそこの壁蹴って天井に張り付いてから降りてくる事って出来るか?」
と、エルリックはそっと壁を指さした。
「え? その程度簡単だけど……」
と、ユキがあっけからんと告げた。簡単にできてたまるか馬鹿野郎とエルリックは言いたかったが、ぐっと堪えた。
「じゃあ俺がこの剣を天井へ向けて投げるから、それをキャッチできるか?」
「出来るけど」
どうしていきなりこんな事を言い出したか。それは、ユキが如何に人間を卒業した動きを出来るかを確認してもらうためだった。受付の女性は困惑しているが、実際に彼女のその身体能力を見てもらえばハッキリと分かるだろう。
エルリックは腰の剣を鞘ごと取り外して投げる準備をし、ユキの準備が終わる前に声を出した。
「ゴー」
「あいさ」
エルリックが剣を上に投げた途端、ユキの姿が消え、次の瞬間には壁を垂直に上へ向かって走るユキの姿が見えた。
えぇ……とエルリックは予想以上に人間を止めているユキの様子を見た後に、天井に届いた剣を先に天井に張り付いて待っていたユキがキャッチし、そのまま音もなく降りてきたのを見てから受付の女性に視線を戻した。
「……こういう人外なんですわ」
「……すぐ報酬金を用意しますね」
「え? え? どうしたの? なんで皆オレを見てるの?」
あれくらい奇抜な動きができるならオーガなら倒せてしまうのだろうと思ったのか。はたまた言及してもヤバい事しか返ってこないと思ったのか。はたまたこれ以上関わりたくないと思ったのか。恐らく全部だろうが、受付の女性は引きつった笑顔でそっと報酬金の入った封筒をユキに差し出した。彼女はそれを受け取ってからエルリックに差し出そうとしたが、エルリックが頼むから今はお前が持っててくれと視線で訴えたのでそっと懐に仕舞った。これじゃあエルリックが彼女に寄生している屑男にしか見えないからだ。多分手遅れだけど。
金を受け取ったら後は用済み。ギルドをそそくさと二人は出て行った。
これが安っぽい三流ファンタジーなら、オーガ六体を無傷で惨殺出来てしまうユキの取り合いにでも発展しそうな物だが、大抵ユキのような性能が天元突破した人外は頭のネジも外れて思考回路が天元突破しているので、茶化しはしても組もうとは思わないのだ。例えその人外が強く、寄生出来たとしても絶対にその頭のネジが外れた思考回路のせいでいつか迷惑を被るか、もしくは自分には不釣り合いな戦場に駆り出されて死ぬからだ。
「……一応さ。俺も戦える程度の相手と戦ってくれよ?」
「ん? 別にいいけど……エルリックが戦うの嫌なら養ってあげるよ? オレが一人でそこそこ報酬金高いやつ沢山狩ってきてあげるから」
「いや、止めてくれ。それ駄目人間コースだから。それに甘えると俺はもう人間として終わる気がするんだ……!!」
「そうなの? あ、でも時々でいいからオーガより強いやつと戦ってみたいかも」
「……せめて俺を守りながら戦える相手にしてくれよ」
「だいじょぶだよ~。オレ、そこそこ強いからエルリック守りながら戦ってあげるよ」
最も、今のユキの言葉を聞いたら誰もがユキと組もうとするかもしれないが。
果たしてエルリックは真横で無邪気に笑う少女に頼り切って堕落しきった人生を送らずにこれから先、彼女と組めていけるのか。ちょっとそこら辺の自信がなくなってきたのだった。
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