七の斬/9:365

「ゆっくりしてたら遅くなっちゃったね。これ、ギルドってまだ開いてるの?」

「あそこは二十四時間営業だ。だから気にしなくていいぞ」

「うわ、職員の人大変そうだね」

「どうだろうな。俺はよく分からんけど、なんやかんやで一日中酒場がやってるから夜食するのに助かってはいる」


 結局ユキとエルリックが外に出たのはもう日がドップリと沈んで月がその顔を見せた時だった。三日月が空から街を薄く照らし、シャワー上がりのユキは少し肌寒くはあるが心地よい夜の外に少し心が躍っている。

 ちょっとした不幸な事故はあったものの、軽く準備した二人は受付でギルドの場所を聞いてからギルドへ向けて歩き始めた。ちょっと距離があるらしく、歩きで数分から十数分ほどかかるそこへエルリックはバイクを使って移動しようとしたが、ユキの提案で結局は歩くことになった。

 街灯が照らす道を歩く二人。エルリックが少しユキから距離をとって彼女から距離をとれば、何ともそれは幻想的な光景になった。真っ白な人形のような少女は両腰に物騒な物を下げているとは言え画になる光景だった。


「ねぇ、エルリック」


 そんな彼女が声をかけてくる。一言返事を返せば、彼女はそっと後ろを向きエルリックと目を合わせた。

 光を背にした彼女はそれを直視するエルリックに対してそっと疑問を投げかける。


「どうして、オレにここまで色々としてくれるのかな」

「……どういう事だ?」


 背中側で手を合わせ、ちょっと前屈姿勢になった彼女がエルリックを覗き込むように聞いてくる。その問いは、どうして自分に対してここまで親切にしてくれるのか、という疑問だった。

 あの場所から助けてくれて、更にここまで乗せてきてくれた。それにユキは恩を感じたが、同時にここに着いたら別れの一言でそのままエルリックが何処かへ自分を置いて行っても可笑しくはなかった。だが、彼はさも当然のようにユキと共に居てくれた。ユキありきの予定をあの建物から出る時には考えてくれていた。

 だが、彼にそこまでしてもらう義理は無かった。ここへ連れてきた時点で最低限の面倒は見終わっても可笑しくないのだ。

 だから、気になった。どうしてここまで親切にしてくれるのかが。

 その理由がただの親切心から来たものなら別にそれ以上追及する気はない。取って食う気で、なのだとしたら彼の行動には色々と矛盾がある。ユキを何処かに売るためなのだとしたら、もっとスマートにやったハズだ。最も、人身売買組織に売られたとしても確実に逃げ出せる、理由のない根拠がユキにはあるし、彼女の直感がそれは無いと告げている。

 あのゴブリンの襲撃を察知した理由。それがこの直感だ。

 それが反応しないのなら彼は一切とは言わないが、ユキの身に危険が迫るような事はしていないのだと想定できる。最も、この直感がさっきの襲撃の時に偶然発動したのならその限りではないが。

 だが、悪人がここまで自分に対して親切をしてくれるとは思わない。思わないから、疑問なのだ。ここまでしてくれる理由が。


「……さぁ。なんとなくじゃ駄目か?」

「いいよ?」

「いいんかい」

「だってそれって、理由もなくオレに対してここまでの事をしてくれたって事でしょ? ならそれで満足だよ」

「……あー、くそ。やっぱノーコメントにしておいてくれ」

「やーだよ」


 実際、エルリックがユキにここまでするのは『なんとなく』という理由でしかなかった。

 あの遺言に従う義理はないし、その遺言もきっとこの街に連れてきて最低限自立するための基盤設立を教えてやれば果たしてやれたハズだ。だが、それをせずに彼女ありきの予定を立てたのは単純に『なんとなく』。どうにも彼女を放っておけなかったというのも理由にはなるが、それでも彼女に対してここまでしてやってのは本当になんとなくでしかない。

 この後もエルリックは彼女のギルドへの登録を行ってすぐに自分とペアを組む申請をしてから飯を食べ、情報を集めてから帰るつもりだった。無意識に、なんとなくそう考えていた。


「……じゃあお前のような世間知らずで間抜けで常識知らずを野に解き放ちたくなかったからにしておけ」

「ちょ、それ酷いよ!」


 だが、これも同様に無意識に思ったことだった。

 しかし、文句を付けられてしまった。なら変えないといけない。


「だったらお前の戦力目的。お前異常なまでに強いし」

「つまり体目的……?」

「おい誰が俺が犯罪者らしくなるように曲解しろと言った?」

「痛い痛い!! 謝るから思いっきり頭鷲掴みにしないでぇ!!」


 ったく。と声を漏らしてユキから手を放すエルリック。

 しかし、このお陰で自分の照れ隠し的なコメントは頭から飛んで行ってくれたらしく、ユキはブーブーいいながらエルリックの隣を歩く。大体頭一個分くらい違う身長の二人は暫く並んで歩いていたが、唐突にエルリックが一つ疑問を思い浮かべた。


「そういやお前、自分の事をどこまで覚えてるんだ?」

「え? オレの事?」

「おう。俺の過去も後で話してやっから話せる所だけ話してくれないか?」


 彼自身気になってはいたがずっとタイミングを逃していたが故に聞けなかったこと。それは彼女が一体自分の事をどこまで覚えているのか。彼女が元男だったと自分で言うくらいなのだから、完全に自分の事が一切わからない記憶喪失なのではなく、一部欠けてはいるが覚えている部分も確かにあるという事。

 全部言えないなら全部言えないでいいが、これから彼女が嫌だと言うまではペアを組む気でいるのだからそれ位は知っておきたかった。それに、その記憶が彼女の強さの理由となっている可能性も十分にあるのだから。


「……えっと、ちょっと荒唐無稽だけど、いいかな?」

「いいぞ。ただ、嘘だけは止めてくれよ?」

「う、嘘なんて言わないよぉ」


 流石に嘘をつかれて彼女に対する判断材料が根底から間違っているという状態になってしまっては困る。

 だから真実を覚えている限り言ってほしい。それはちゃんとユキにも伝わっており、ユキは言っても大して困ることではないしと自分が覚えていること。TS転生前の朧な記憶を口にすることにした。

 信じてもらえるか嘘だと一蹴されるかは別として。


「えっと。オレはその……覚えている限り、こことは別な場所にいたかな」

「別な場所?」

「うん。その――」


 それから話した事はユキが転生する前の世界のことだった。

 まず、そこにはレンガや石、木ではない素材で出来た高い建物があったこと。そして剣や銃と言った物騒な物は持っているだけで犯罪となったこと。シャワー等、魔素で動く機械は別のエネルギーで動いていたこと。そんな世界の中で自分は学生をやっており、確か家族は自分と両親だけ。そして友達も少なかったが確かに居たと。

 詳細は忘れているのか、そもそも覚えていないのか分からないが話すことは無かった。しかし彼女は嘘を言っているにしては彼女の語ったことはこの世界とはかけ離れていた。もしもそれが本当じゃなければそれは夢か何かか。しかし、彼女がそう簡単に嘘をつけるようには思えなかったのでエルリックはそれをちゃんと受け入れた。


「――えっと、こんな所。どうかな、ちょっと信じられないと思うけど……」

「いや、信じる」

「え?」

「自分の事が殆ど分からない奴が語るにしてはちょっと出来すぎているからな。これが妄想ならお前はただの妄想癖女だ」

「いや、確かにそうだけど……妄想癖女って」

「だってお前今は女だろう」

「そりゃそうだけど……男の子になりたい……」


 諦めろ性同一性障害女、と言ってやれば思いっきり脛を蹴られた。確かにこれは言っちゃいけない事だとは思ったが流石に思いっきり蹴るのはやりすぎじゃなかろうかと、道端で脛を抑えながら蹲って思う。

 しかし、信じるが同時に少し現実的ではないと思うのは事実。記憶を持ったまま生まれ変わるなんて事例、聞いたことがない。それに、彼女の言葉を信じるなら生まれ変わるのではなく憑依。少しエルリックの考えられるキャパを超えている。なのでそれは飽くまで心に留めておくだけにして、彼女は謎の実験で男の肉体から女の肉体に記憶の大半を消されて憑依させられたという事にしておく。

 信じるとは言ったが自分が理解しやすいように事実を曲解解釈しないとは言っていない。


「んじゃ、後は俺の話か。とは言ってもあまり話せるような事ないけどな」


 そして約束なのでエルリックも自分の過去を話すことにした。

 彼の人生は、ある意味では平凡であまり特筆すべき場所は無い。


「まぁ、生まれたての頃に親に捨てられて孤児院で十五歳まで生きた後、独り立ちして今に至る。以上だ」

「えっ、みじかっ」

「だってなぁ……あと苗字は分からなかったから名乗ってないってのも追加な」


 実際に彼の人生を一行で説明するのならそれで事足りてしまう。親がいないのは色々と複雑な目で見られる時があるが、それでもこの世界で孤児はよく見るわけでもないが珍しいと言える物でもない。魔獣や魔物に襲われたり戦争だったり金の問題で親を失い孤児になってしまう子供というのはどれだけ対策しても少なからず出てしまうのだ。

 エルリックもそのどれかなのだろうとは思ってはいるが、気にしても分からないので、俺は俺だと言って生きるようにして早十年以上経っている。それに、親代わりの孤児院の先生も居るので寂しいとは思っていない。


「でも、もっとこうさぁ……」

「おっ、着いたぞ。とっとと入るぞ」

「ちょっ」


 そしてユキの言葉を無視してギルドへ入っていくエルリック。どうにも扱いが雑な感じが否めないユキだった。

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