六の斬/9:365
時刻は既に夕方。もうあと数十分も経てば完全に日も沈むであろう時にようやくエルリックとユキは街へとたどり着いた。辺りは既に薄暗く、バイクに積んであるライトも付けているが所詮は付け焼刃のような照明。前方をぼんやりと照らしてくれる程度であまり効果はなかった。
「あー……このライトだけ買い替えたら?」
「生憎、これでも高級品だ」
つまりこれより良いバイクに積めるライトは存在しないという事。
どうしてここまで性能が低いのかと言われれば、単純にこのバイクのエンジンを動かすのに大気から取り込んだ魔素を使いすぎてしまったせいで、ライトを更に明るくするための魔素が足りないのだ。そこらへんは技術者たちの課題になっているらしいのだが、果たしてその課題が達成されるのは何年後なのか。
ユキの疑問に軽い皮肉を返したエルリックはバイクを手押しして歩いていく。街は特に何かしらの壁に守られているという訳ではなく、気が付いたらここが街だった、とかそんな感じだ。大体、家がちらほら見えて街灯が見え始めたら街に入ったと言える。
バイクのライトよりも何倍も明るい街頭の下を歩きながらエルリックは隣を歩くユキに声をかけた。
「まず宿屋に向かう。んでもってそれから一旦ギルドへ行くぞ」
「うん、分かった」
告げたのは今日の間に行うべき事だった。それにユキは簡単に頷いたが、少しエルリックには引っかかる所があった。果たして自分は彼女にギルドの事を話したかと。
だが、よく考えれば彼女はギルド員という単語に対して何も疑問をぶつけてこなかったので、何かしら似たような単語をどこかで聞いたことがあり、それを無意識にここに当てはめているだけなのだろうと大方予想し、じゃあまずは宿屋へ行くかと彼女に伝えた。
「そういえば、ギルドへ行って何するの?」
「お前分からずに頷いたのかよ……」
訂正。どうやら彼女は分からないが取り敢えず頷いただけらしい。
溜め息を吐き、たはは、と笑うユキの頭を小突きたい気分になりながらも、まぁ仕方ないとその気持ちを抑え込んだ。取り敢えず今はこの無知な少女にこれからどうするのかを伝えないことには小突いても何も解決はしないから。
「さっき殺した魔物の報告とその報酬の受け取り、それとここら一帯にどんな魔物、魔獣が今出没しているかを確認するためだな。後は単純に飯だ。あそこは酒場もくっ付いてるからな」
「い、色々とやるんだね……っていうか、酒場がくっ付いてるの?」
「んーっと……まぁ、情報交換をしやすくするため、交友関係を広げるためだな。そういうのをしやすくするには酒が一番いいんだよ」
古今東西、人間というのは酒が大好きな生物だ。いや、三大欲求に食というものが根付いているからこそ、食事というものを通して交友関係を広めることができる。それを円滑にサポートするためにギルドには酒も飲める酒場がギルド内に作られている。
エルリックも幾度かこの酒場を利用し情報を得たことがある。それ以外には専ら食事所として利用しているのだが。
そんな感じでユキに色々と説明しながら歩いていると、宿屋の看板を発見した。看板に一泊当たりの値段が書いてあったが、そこそこ安く、外観もしっかりとしていたので結構当たりな宿屋だろうと察した。
バイクを馬車を置くための駐車場らしき場所に置きしっかりと鍵を抜いて誰にも動かせないようにしてからエルリックは宿屋の玄関へと向かう。
「え、あれだけでいいの?」
「この鍵がなきゃあれはただのガラクタだよ。それに、あのバイクにはちゃんと個体番号があるから誰かが盗んで売っても最終的には俺の所に帰ってくる」
エルリックの言葉にへぇ。と生返事を返すユキ。本当にコイツ分かってるんだよな……と訝しげにユキを見るエルリックだが、追及しても無駄だと思いそのままスルーし宿屋へ入る。
キョロキョロと宿屋の中を興味深そうに視線を動かして見るユキをスルーして受付へ。
「えっと、シングルの部屋を二つ用意してほしいんだが、大丈夫か?」
「予約の方はなされてますか?」
「あ、いや。無いけど……」
「そうなりますと、もう空いている部屋はシングルの部屋が一つだけでして……」
マジかよ。そんなエルリックの呟きは聞こえていたのか聞こえていなかったのか。受付の女性は申し訳ございませんと頭を下げた。
別にユキが肉体の性別も男だったらシングルの部屋が一つだけでも良かったのだが、流石に年頃の付き合ってもいない男女が同じ部屋で寝泊まりするなんて流石に色々とマズいものがある。じゃあこの宿屋じゃなくて他の宿に行ったほうがいいかもしれないと思い振り返って。
「ん? オレは一緒の部屋でも構わないよ?」
とんでもない爆弾を落としてきやがった。
そして思い出した。あっちは肉体は女だが、あっちからしたら男同士だ。そういう感じの言葉なのだからこっちを怪訝な目で見ないでほしい。あっちも剣を持っているのだからせめて荒事仲間だと思ってほしい。決して誘拐してきたわけじゃないのだから。
だが、無理にここで泊まる必要はない。だから他の所に行こうとしたけど。
「あ、あの……お連れの方、なんか返り血みたいな物が……」
その言葉を聞いてあっ。と言葉を漏らした。
そう言えばユキはさっきの戦闘で思いっきり血を被ったので髪も服も肌もかなり酷い事になってしまっている。服に関してはこびり付いた血を落とすための薬品などはエルリックが持っているので何とかなるが、彼女の肌と髪に付着した血だけはどうしてもシャワーか風呂に入らない限りどうする事も出来ない。
これ、このまま宿を出たら通報されてしまうんじゃ。そんな嫌な予感を感じながらそっと受付の女性の方へ視線を漏らすと、怪訝な目は継続して向けられていた。確実にアレだ。この目は彼女を攫ってきたんじゃないかという目ではなく、人でも殺してきたんじゃ……という目だ。犯罪者に向けるような目だ。
「……えっと、あの子の返り血を落としたいんでここで泊まります」
「さ、殺人をして来たとか……」
「してません! してませんから内密にィ!!」
ちなみに、後から思ったことなのだが、普通に事情を説明したら慌てる必要もなかったんじゃとエルリックは思ったりしたらしい。
****
結局部屋はシングルを一部屋。そこにエルリックとユキは泊まることとなった。多分、あのまま外をうろついたら何かしら周りの人間から言われていたと思う。そう思うと中々に危ない状況だったかもしれない。
そしてそんな状況を作り出す要因になったかもしれないユキ本人はと言うと。
「シャワーの使い方わかるか?」
『大丈夫。何となく分かるよ』
今現在シャワーを浴びている。
最初は彼女がシャワーも浴びれないのではと思っていたのだが、どうやら彼女でもシャワーの浴び方は何とかわかるらしい。それにホッとしながらエルリックはユキの服の返り血を落とすために自分の荷物の中からそれ専用の薬品を用意し、それを布に少しだけ浸してから服に押し付け、血をとっていく。
こういう物騒な事を生業とするのが当たり前と言える世界だ。故に、こういう荒事をした後の始末を楽にするための物というのは発明されるのだ。そして、その効果はエルリックもよく使っているのでお墨付き。欠点といえば、液体を浸した布は代わりに血が付着してしまうためもう使えないという点だろうか。なので布代は結構かかる。
「うし、終わった」
そして大体五分が経った辺りで返り血を落とすことに成功した。対して真っ赤に染まってしまった布はどうしようかと悩んだ挙句ゴミ箱にポイ。
何とか元通りの色を取り戻した服を畳んで手に持ち、脱衣所の前へ。
「あー……女の風呂は長いって聞いたし入っちまってもいいよな」
そういえばそんな話を昔孤児院で聞いたような気がする。そんな、今までは使わなかったがために封印していた知識を掘り起こしながら脱衣所に入る。多分、まだユキは鼻歌でも歌いながらシャワーを浴びていることだろうと。
そのためノックも確認もなしに脱衣所に入り、目に入り込んできた異常をスルーして脱衣所の床に服を置いた後に何か可笑しかったと綺麗な二度見をかます。
「え、えるりっく……?」
二度見した先にいたのは、シャワーを浴びたばかり故か肌が少し赤くなったユキだった。タオルで髪の水気を取っていたためか彼女の裸体はバッチリと見えてしまった。胸も、股も。本来恋人関係にでもならない限り見えないような場所がバッチリと。
それを見てしまい、思考が止まる。あれ? なんでコイツ、シャワーから出るのこんな早いんだ? っていうかシャワー室から出た音も記憶にないんだけど。とどうでもいい思考が彼の思考回路を染めた。ちなみにシャワー室から出る時のドアの音が聞こえなかったのはエルリックが服の返り血を落とすのに集中していた結果、聞き逃すという形で音をスルーしたからだ。
そして、今回の不幸な事件の被害者、ユキは自分の裸体を見られ顔を真っ赤にして自分の体をタオルで隠した。
「あ、あの、出て行ってもらえると助かるというか何というか……流石にジッと見られるとちょっと恥ずかしいかな……」
「え? あ、わ、わりぃ!!」
ドタバタと慌てて脱衣所を出るエルリック。ついでに途中ですっ転んで壁に思いっきり顔面を打ち付けた。
しかしその痛みを無視して脱衣所から一番遠い壁に両手を付いて俯いた。
「や、やっちまった……」
そうやって自己嫌悪する彼の顔も、また赤い。
一度彼女の裸は見たことがある。だが、あの時は謎の液体とガラス越しだった上に彼女に生気は見られなかった。死体に発情できるような人間ならそれでもまだ興奮したかもしれないが、あの時のエルリックは彼女を怪しげなナニかとしてしか見ていなかったので焦ることもなかった。勿論、彼女が目を覚ましてからは目をそらしたが。
そして今回は、彼女の湯上りという色気が無条件で少しは上がる時をバッチリと見てしまった。いくら彼女が全体的に小さい体つきをしていると言っても、曲がりなりにも美少女だ。そんな彼女の裸を見て劣情が多少なりとも沸いてこない訳がなく、彼の分身ともいえるモノは若干元気になっていた。
「……俺、最低だ」
今にも壁に頭突きをかましそうなエルリックだったが、その行為は直後に聞こえてきた声に中断させられた。
「い、いや。事故だからあまり気にしなくていいよ」
「うぉっ!?」
いや、早くね? なんて思いながらもエルリックは声をかけられた驚きから思いっきり振り返る。振り返った先にいたのは、もう服を着てはいるが髪の毛にまだ水気が残っているユキだった。だが、先ほどのアレが堪えているのかまだ顔のほうは赤いまま。
「ほら、オレって元男だよ? 裸を見られた位で恨んだりはしないよ」
と、ユキは赤い顔のままそう言う。だが、そんな事をそんな顔で言われても信頼性が欠けるというか。例えユキに責められなくてもエルリック自身が自分を責めるのだからどっちにしろ変わらない。
それに、エルリックにはどうも彼女は元男には見えないのでそれも彼の自責の念となっていた。
そんな彼を見てどうしようかと頬を掻くユキ。男だから恨まない。気にしないというのは実際に思ったことであり、顔が赤いのはどうしてかは分からないが、それでも裸を見られた程度で、とは思っている。それに、彼は自分の裸を一度見ているはずなのだからとも。
しかしこのままでは第一回エルリック主催、壁de顔ドラム選手権参加者一名のみが開催してしまう。だったらどうしたらいいかとユキは悩み、苦し紛れに彼の自傷を止めるための案を口にする。
「な、ならさ。オレの髪を乾かしてくれないかな」
「え?」
「いきなり長くなっちゃったからちょっと大変なの。だから、乾かしてくれたら許すよ」
「で、でもそれだけじゃ……」
「じゃあ夜ご飯奢って。それでいいでしょ?」
まだ少しだけ顔の赤い笑顔を浮かべるユキ。それを見たエルリックの顔が更に赤くなる。
結局その後どうなったかと言えば、渋々ユキの髪を丁寧に乾かすエルリックと、笑顔でそれを受けるユキが居たそうな。
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