四の斬/9:365

 結局建物中を探しても何も見つけることが出来なかったエルリックはかなり不機嫌となり、そんな彼はユキが苦笑しながら慰めるという何とも面白い状況となった。まさか何も見つからなかった結果ここまで不機嫌になってしまうとは、と思ったが、そこら辺は子供なんだな、なんて思い、尚且つ顔に出さないようにして彼の肩を叩く。

 あぁ畜生なんて呟いている彼の顔はまるで拗ねた子供であり、それを見たユキがまた苦笑するのは容易に想像できた事だった。


「結局拾い物はお前一式かよ……」

「いや、オレ一式って……間違ってないけど」


 確かにエルリックが拾ったのはユキ本体を含めた服、剣の一式だ。言葉は何も間違っちゃいない。

 言い方っていうものがもう少しあるだろうとは思ったが、大体その通りなので何も言い返すことは出来なかった。だが、結局もう仕方ないかと割り切ったエルリックは不貞腐れて座っていた場所から立ち上がった。


「仕方ない。とっととここを出て街へ向かおう」

「え? もう出るの?」

「だってここ何もねぇし。それに、もうすぐ陽も暮れるからな。陽が落ちきる前に街へは着いておきたいんだ」


 もう何もないなら用済みだと。エルリックは言った。

 確かに、ユキにとってもここはもう何もない。自分が目覚めた場所という事で多少の名残はある物の、ここで目覚めたんだからここでずっと暮らすとは言いたくはない。だから必然的に彼女もここを出ていくことになる。

 時間がわからない彼女はエルリックの言葉を鵜呑みにするしかないが、彼の言葉を聞く限り、もう陽が落ちるまであまり時間は残されていないのだろう。それか、ここが朝から夜まで歩かないと街に辿り着けないような、遠く離れた寂れた場所か。恐らくは前者だろう。


「えっと……じゃあオレは……」


 だが、そうなるとエルリックとはここでお別れになる。

 エルリックも何かしらの目的があってこの建物に辿り着いたのだろう。だとしたら、きっと自分の存在は邪魔になる。

 服を見つけてもらって、自衛のための剣も見つけて譲ってもらった。もうこれ以上彼に甘えるのは良くないだろう。そう思い、立ち上がって部屋を出るエルリックに別れを告げようとしたが。


「何してんだ。とっとと行くぞ?」

「え?」


 彼はまるでユキを元より一緒に連れていくつもりだと言わんばかりに彼女の方を向き、付いてこいと言った。

 いいの? と恐る恐るユキが聞くと、何言ってんだとエルリックは呆れた顔で彼女を連れていく理由を話した。


「お前、見たところあんまり常識も知らないみたいだしな。顔見知りが野垂れ死んでましたとかも後味わりぃし。取り敢えずこれからの事は街で決めるから着いてこい」


 それに、遺言で生かせてやれ、とも言われたしな。と口には出さずにもう一つの理由を脳裏に浮かべた。

 何せこの建物がある森はそこそこ魔獣と魔物が出る場所。そんな場所にこんな幼気な少女を放り出してしまったら確実に魔物と魔獣に囲まれて殺されるか、人間を苗床にするような種に浚われて苗床にされるか。そのどちらかの結末を辿ってしまうだろう。

 だから、彼女を連れていくしかない。いや、むしろ見捨てる気にはなれない。

 なんというか、放っておけないのだ。ここまで無知で世間知らずであろう彼女を。だから自分の目が付く場所に彼女を置いておく。


「……ありがとう。エルリックって優しいんだね」

「ば、バッカ。そんな事ねぇよ……」


 そうやって自分を騙しながら物事を考えていたためか、素直に礼を言われるとちょっと恥ずかしくなってしまう。特に、ユキのような美少女が小さく微笑みながらだと。こんな風に無防備だと街に着いても悪い男に引っかかるかもしれない。だから一緒に行動しようと、またエルリックは自分に対して言い訳をして彼女の手を引っ張ってそのまま有無を言わせず建物を出た。

 建物の外はまだ陽は上っていたが、あと一時間もすれば太陽は赤に染まりそうな時刻であり、あまり時間に余裕はないように見えた。エルリックも、ちょっと漁りすぎたと少し冷や汗を流し、ユキもちょっとマズいんじゃないかと心配を孕んだ目でエルリックを見た。


「……あー、急ぐか」


 そして帰ってきたエルリックの言葉は何とも不安を煽るような言葉だった。ユキも微妙な表情をしてその言葉に頷いた。

 このまま何か問題が無ければいいが、とは思ったが果たしてそれはどうなるか。こういう考えはある意味フラグなんじゃないかと。今まで別世界で生きてきたユキの経験が悪寒を知らせ、無意識に右手がそっと右側に吊ってある双剣の柄の上に乗せられた。今すぐにでも抜くことは出来るぞ、と言わんばかりに。

 そんなユキを見てか見ずにか。急いでエルリックはバイクに自分の荷物と剣を収納すると、そのままエルリックはバイクに跨った。


「ほら、乗れ」

「乗れって……それって何?」

「いや、普通に魔道バイクだけど……あぁ、これ、つい最近作られたばかりだから知らないでも当然か」


 魔道バイク、と呼んだそれをエルリックはユキを後ろに乗せながら簡単に説明した。

 魔道バイクとは、魔獣や魔物が産まれる元となる大気中に空気と共に溶けている魔素と呼ばれる物質を燃料として動く二輪駆動の乗り物だと言う。本来、洗濯機や冷蔵庫と言った物の動力に使われていた魔素だったが、それを燃料として乗り物を作ることは出来ないか、という企みによって設計、作成された物なのだが、見事その企みは成功。その記念にと試作品核種を様々な場所で懸賞、くじ、その他諸々で抽選販売したという。そしてエルリックのこのバイクも、懸賞で優先販売権を得たために借金してまで買った相棒なのだと言う。

 ちなみにその借金はつい最近完済したらしい。


「まぁそんな感じだ。さて、準備はできたか?」

「う、うん。まぁなんとか」

「しっかり捕まってろ。ちょっと飛ばすぞ」


 この世界にヘルメットなんて物はない。つまり、事故を起こしたらエルリックもユキも確実に無事では済まない。のだが、ゆっくりした結果魔物や魔獣に襲われるなんて状況になってしまったら本末転倒だ。

 バイクの装甲はかなり厚く、転んだ程度じゃ壊れないし魔獣の体当たりを受けても傷こそ付けど走行に支障はないだろう。故に、一度くらい転んでもいいだろうの精神でエルリックはエンジンを吹かした。


「行くぞっ」


 そのままハンドルを捻り、一気に加速。最初はバランスをとって少しゆっくりと走行したが、すぐにバイクはそのスピードを一気に上げて森林の中を突っ切っていく。ユキは景色が前から後ろへと流れていくその様子に感嘆の声を上げていた。どうやらスピードに関しては平気らしい。


「うわ、凄い!! 速いよ!!」


 どうやら興奮しているらしく、徐々に道も荒くなって上下に揺れ始めているのだがユキは口を閉じようとしない。エルリックにそれは見えていないのだが、声からして口は開けっ放しか喋りっぱなしかのどちらかかと思ったエルリックは運転に神経を削ぎながらもユキに注意を促した。


「あんま喋んな。舌噛むぞ」


 だが、エルリックは少しだけ笑っていた。

 自分の自慢の相棒であるこのバイクに乗ってここまで無邪気に喜ばれると何処かむず痒くなってしまう。それが表情にも表れているのだ。そして、この調子なら夕方には街には着くかもしれないという予想もエルリックの表情を緩める要因となっていた。

 このバイクにライトはある物の、そのライトの性能はあまりいい方ではなく、暗い道を進むには心もとない性能のライトだ。故に、エルリックは日が暮れてバイクが使えなくなる前に街へと少しの無理をしてでも行きたかったのだが、どうやらその思いは杞憂だったようだ。


「流石にそこまで間抜きゅぺっ!?」


 だが、ユキへの心配は杞憂じゃなかったようだ。

 明らかに舌を噛んだであろうユキの声を聞いてエルリックは溜め息を吐いた。


「だから言ったんだ……これから気を付けろ」

「はひ……」


 相当痛かったのだろう。ユキの返事は少し籠っていたというか、痛そうだった。だが、今までの一人旅ではこうやって少し賑やかに移動する何てことは無かったのでエルリックにとっては何処か新鮮だった。本来ならこんなの自業自得だと言って薬も買わないのだが、ちょっと楽しくなったのでお礼代わりの薬だった。

 しかし、とエルリックはバイクを運転しながら思考する。

 エルリックが勝手に思っているだけかもしれないが、ユキは何処か『男らしくない』。

 本人は元々男だったと言っている。本人がそう言っているのだからと、一応彼女の持っている情報の一つとしてエルリックは信じているが、その割には彼女の全てがどうも男らしくないのだ。


「――ッ! ――リックッ!」


 例えば、歩き方。男にしては何処か女らしさがある。大股ではなく、スカートを気にするような。そんな歩き方。そして口調。更には態度。どれをとっても彼女は女らしすぎるのだ。男というには女らしさが強すぎる。それがこの僅かな時間ユキを観察して思ったことだった。

 なのだが、唯一男らしいと言えば胸が当たっているのにも一切の羞恥心を見せない事だろうか。そこだけは男らしいとも言える。最も、指摘した結果恥ずかしがられると今の幸福感が無くなってしまうので何も言わないが。背中に当たる僅かな柔らかさが何とも言えない幸福感を――


「――リックッ!! エルリックッ!!」

「……あ、え? どうした?」


 とか思っていたら思いっきりユキに呼ばれていた。ちょっと思考を深くしてしまったらしく気が付かなかった。

 ちょっと振り返ってユキの顔を見ると、ユキはかなり必死な形相でエルリックの名を叫んでいた。


「……トイレか?」


 なので思わずデリカシーも無しにそんな事を聞いてしまったのだが、ユキはそこら辺の羞恥心も持ち合わせていないのか、はたまた必死なのか。エルリックへ叫んだ。


「スピード下げて!!」

「どうして?」

「前に何か飛び出してくるッ!!」


 は?

 そんな言葉を返す余裕は、無かった。

 ユキから視線を外して前を見た瞬間だった。何かが横から飛び出してきたのは。


「うおぉっ!!?」


 いきなり飛び出してきたのは、エルリックの記憶が間違っていなければ魔物の一種だった。

 ゴブリンと呼ばれる種族に分類されるそれは群れで行動し、人間を囲んで襲う魔物だ。知性は低く、戦闘力もあまり高くないのだが、それが猛スピードで走るバイクの前へと飛び出してきたのだ。

 ブレーキもハンドルも間に合わない。まるで予定調和のようにバイクは飛び込んできたゴブリンへと激突し、ゴブリンの体を挽肉へと変える。しかし、それと同時にバイクはそのまま縦に一回転しながら空中を飛ぶ。まさかこんな事が、と驚愕したエルリックはハンドルから手を離しているものの、このままバイクと共に回転しながら地を滑るだろう。

 スローモーションになった視界でエルリックは血を流しながら地を這う未来の自分を幻視したが、その幻視は本来の視界がいきなり動き始めた事で中断させられた。

 声を上げる間もなく。エルリックの体はそのまま空中へと投げ飛ばされ、バイクと共に地を滑ることを回避する。しかも、ちゃんと受け身が取れるように、だ。そして、それを行ったのはエルリックの後ろにしがみ付いていた少女、ユキだった。彼女は空中のバイクを足場としてエルリックの首根っこを掴むと、そのまま投げ飛ばし、そして自分もバイクから飛んだのだった。

 驚異的な反射神経と身体能力。それを目の当たりにしたエルリックは驚愕しながらも何とか地面と接触する瞬間に自分の体を転がして衝撃を受け流しながら地を転がり、ユキは片手を剣の柄に乗せ、そしてもう片方の手と両足で地面を削りながら着地した。


「ぐ、うぅ……ッ!!」


 エルリックが苦悶の声を零しながらなんとか投げ飛ばされた勢いを殺して横になる。そして、その視界の先には地面に着地した格好のまま待機するユキの姿が。


「……ねぇ、エルリック」

「な、なんだ……」


 そっと立ち上がりながらユキはエルリックへと声を投げかけた。

 その声は今までの少女の物ではなく、まるで戦場へと赴いた戦士のような。そんな闘志を孕んだ、凛とした声だった。


「さっき轢き殺したのと同じのはさ、殺してもいいのかな?」


 彼女はそんな事を聞いてきた。

 自然体に、構えることすらせずに彼女は背を向けたまま問いかける。エルリックはその言葉の意味を理解するのに数秒かかったが、すぐにその答えを口にした。


「だ、大丈夫だ」

「そっか。それなら大丈夫だね」


 彼女の両手が双剣を握りこむ。

 それとほぼ同時にだった。彼女の左右から身を潜めていた、剣を持ったゴブリンが飛び出してきたのは。

 危ない、と叫ぼうとした。だが、その前にゴブリンの剣は彼女の体を突き刺すだろう。赤色に染まる彼女の体を想像してしまい、しかし止めることも出来ずその行く末を見守るしかないと腹を括ったとき。

 肉を突き刺し切り裂く音とは違う音が、聞こえてきた。


 ――なら、殺すね。


 次に聞こえたのは、鋼が滑る音だった。

 まるで鈴の音のようなその音は、彼女の双剣から鳴り響き、そのまま双剣は銀閃へと成り替わる。

 四閃。

 一瞬のうちに繰り広げられた斬撃をエルリックは確認することができた。

 一閃。右側のゴブリンの剣を受け流す。二閃。同じく左側の剣を受け流す。そして、三、四閃。前へと躍り出ながら振り返り、そして振り下ろした一対の双剣がゴブリンの粗悪な出来の剣を叩き折る。いや、違う。切断する。音すらなく、ただ切断する。

 まるで舞を舞うかのように繰り広げられたその四つの閃光は鮮やかに、美しくゴブリンの剣を受け流し、切断した。


「あぁ、予想以上だよ」


 ――予想以上に、弱い。

 呟き、そして振り下ろした双剣を右へと振り上げる。そしてそのまま剣はゴブリンの両腕を肩から切断し、そして振り返りながらの振り下ろしでもう一体のゴブリンの両肩を切断する。そして、最後に双剣を逆手に持ち直し、回転させながら一回転。それだけで首を切断した。

 まるで舞。舞踏のように行われたそれは、エルリックでは到底真似できない技術だった。

 血を浴びながら空を見上げるユキは、まるで妖精のようだった。赤へ染まっていく、純白の妖精。そんな彼女は先ほどまでで一度も見せてこなかった艶美な表情をエルリックへと向けた。色気なんて何処へ捨てたんだと言いたくなる程だった彼女が、今までで一番女らしい表情を、今、浮かべていた。

 妖艶の少女は赤に染まりながらその視線をエルリックではなく別の場所へと向けた。

 その瞬間に出てくるのは、新たな供物。肉と骨で構成された供物。


「遅いよ」


 まるで子供を宥めるかのような優し気な声を投げかけ、彼女は飛び込んできたゴブリンの剣を下から上へ逆手に持った双剣を振るい、切断しする。自分の横を通り抜けていくゴブリンを蹴り飛ばして一気に距離を作る。

 次にその距離を詰めたのはゴブリンではなくユキ。先ほどのゴブリンの突撃をより鮮やかに。より綺麗に行い、まだ体勢を立て直せていないゴブリンの右肩から順手で持った双剣を食い込ませ、着地と同時にVの字に剣を振り上げると同時に振り向く。そして、その両手の双剣を回転させながら血を払い、そして納刀すると同時にゴブリンの体は崩れ落ち、血の雨を降らせた。


「お粗末様でした」


 そっと呟いた彼女は、エルリックが息をする事すら忘れるほど、美しかった。

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