第13話 吸って被ってココア飲もう

「ほんの少しでいいんです!!首筋でも腕でも大丈夫ですから吸血させて下さい!!このままじゃ私…栄養不足で死んじゃいます!!」


突然吸血させてほしいと言い出してきた魔法少女のブラッド・キューラ。


…吸血行為は本当は断りたいところだが、吸血しないと死んでしまうと言われるとなると…もしブラッド・キューラが私の部屋で死体となってもらうと警察ださまっしぐらだし、魔法少女がなんたらかんたらと事情を知らない人に説明しても更に厄介になることは目に見えている。


「仕方ない…吸血してもいいよ」

「あ…ありがとうございます!!」


ブラッド・キューラはパァッと明るい表情になった。


「…で、どのくらい吸血させればいいの…?」

「え…えっと…このくらいで…」


キューラは右手を顔まで上げて、ピースサインをした。

ピースサイン…あ、『2吸い』ってこ……


「2リットルほど……」


死ぬわ。


* * *


「あのさぁ…私達人間は身体の血液の3分の1無くなったら死ぬ生き物なんだよ…?2リットルなんて吸われたら命が危ないって…」

「うぅ…スズさんもやっぱり無理してたのかな…」


…スズ…涼風さんの事か……


「キューラさん…涼風さんに吸血してるの…?」

「…はい。」


キューラはうつ向きながら答えてくれた。


「週に一度…金曜日の夜に吸血させてもらっているんです…土曜日はスズさん休みですから…」


土曜日…土曜日と言えば八百屋で涼風さんが働いていない日だ…もしかして、吸血させているからその次の日は休んでるということか…?


「ねぇ…もしかして涼風さんが、土曜日休んでるのって…」


私が聞こうとしたその時だった。


「ゔっ……!?」


突然キューラがうなり声を上げ、床にうずくまった。


「キューラ…さん…!?」


「限界…かモ…吸血したクて…したくてしたクテタマラナイ…!!」


そう言いながらキューラはゆっくりと立ち上がった。


…血走った目を光らせ、牙を剥き出しにし、息を荒げながら私の方へと歩み寄ってくる姿………伝承等で聞いたことのある吸血鬼そのものの姿だった。


「ハァ…ハァ…リナ…サン…!!!」


噛まれる…!!!


『かぷっ』


「うっ……!?」

痛っ……く…ない…?

…て言うか…血も出て……な…い…?


『はむっはむっ』


間違えなくキューラは私の首筋に噛み付いて吸血をしている…でも、痛みどころか出血もしていない。


…というか…何か…ホワホワす……りゅ……?


「キューリャ…ひゃん…?にゃに…ひたにょ…?」


「ぷハッ…吸血をするタメには相手の気持ちヲ高メナけれバなノデ…それニ…私の唾液ハ…人を…そうイウ気持ちにスル効果ガあっテ…」


…そういう気持ち…そっかぁ…相手を欲情させて吸血を……このまま私も吸血され続けて………頭がぽんやりする。鼓動が速い。もう少しでも気を緩めたら完全に堕ちてしまい、逆にキューラを押し倒してしまいそうになる。


これ…かなりヤバイ……


しかし…そんな展開私は望んでいない!!


……かくなる上はぁ…!!!


私は部屋の扉を飛び出した。


キューラが噛み付いている状態のまま階段をかけ下りる。そして左側にある扉を力任せに引き開けた。その場所はバスルーム。

私は何の迷いもせず、無造作に置かれていたシャワーを手に取り…


思いっきり冷水シャワーのレバーを捻った。


「ひゃあああああっ!?つっ…冷た━━━━━━━━━━━━!!!!?」


* * *


「何をしているのじゃ二人とも…風邪を引いてしまうぞ…ほれ。」


キューラの悲鳴に叩き起こされたコーンは溜め息をつきながらホットココアを私とコーンに差し出してくれた。


「むにゃ…どうしたのリナちゃ~ん……誰この子!?」


バニラも起こされたのだろう。枕を抱えながら階段を下りてきた。


「リナさん…本当にごめんなさい…!!私…たまに暴走しちゃうときがあって…あの時は…自分が自分じゃないみたいに…」


「ほぉ…特殊体質系の魔法少女か…」

「特殊体質系…?」


「ああ…生まれつき魔法少女…バニラのような魔法少女はたまにモチーフの物に体質が似ることがあるのじゃ。モチーフの物と言っても、突然変異のような物なのだがな。この世界で言えば『障害』…とでも言うのじゃろうかのう…?…このブラッド・キューラは…『吸血鬼』の体質を持つ魔法少女のようじゃな。」


…体質…障害……


「だから吸血しないと生きていけない…ってこと?」


「…いや、そうとも限らん。特殊な体質と言っても一部分だけじゃ。ブラッド・キューラは吸血行為によって栄養を吸収しているようじゃが、要は『血液以外の物での栄養を吸収しにくい身体』なのじゃろう。」


「詳しいね…」

「雪の仕事を手伝っていると自然にな。」


コーンと話をしている時に、私は影雪がいないことに気が付いた。


「影雪さんは?」

「雪はガッコウとやらに疲れたのじゃろう。人間の姿になってぐっすり寝ておるぞ。儂の尻尾の代わりにすみれドールをすり替えたら頬擦りしながら幸せそうにしとった…可愛かったぞ。」


仲良いなぁ…二人……


「とりあえず…真夜中だけど…泊まっていきなよ。バニラさん…バニラさんのベッドでもいい?」


「いいよー!キューラちゃんこっちこっちー!!」

「え…えぇ!?」


バニラはいきなりの出来事に戸惑っているキューラの手をお構い無しに引っ張って二階へ駆け上がっていった。


「あ…あの!!」


キューラはバニラの手を引き戻し、振り替えった。


「リナさんの血…美味しかったです…サラサラしてて…」


キューラは指をペロリと舐めた。

何かエロい……


「主…どうする?また寝るか…?」

「そうだね…コーンさんも寝たら?影雪さん待ってるよ。」


「……!!う…うむ…」


コーンは顔を赤くしながら部屋へと戻っていった。


…私も本日二度目の就寝と参りますか。


* * *


キューラの吸血騒動も収まり、朝になった。


「この度は大変お世話になりました…!!」 


キューラは深々と頭を下げていた。


「ブラッド・キューラ…まさか生きていたとはな…」


その時、影雪が、眠そうに目を擦りながら、しかし鋭い目付きで話し掛けてきた。


「ゆーちゃん…?どういうこと…?」


バニラの反応に、影雪はファイルから1枚の紙を取り出して見せ付けた。


「…あの後先輩から送ってもらった資料…その資料には『ブラッド・キューラ死亡』と書かれていた。…核心的証拠は無かったのだが、突然行方不明になってから、今まで安否も不明だったらしい…それで勝手に死亡扱いになった…というわけだ。」


「そんな…私がもう死んでいる扱いになんて…」


「何故行方不明になったんだ…?何か覚えていることはないか…?」


「えっと…あの時…魔法の国の森を散歩していたら突然黒くて…ウネウネしたものに襲われて……そこから先は……。…気が付くとスズさんがいて…私は…今の私の住み込んでいるスズさんの部屋のベッドに…」


「たまに沸くと言われてるデーモンか…あいつらは私が一人で殲滅したはず…その前にブラッド・キューラは襲われたということか…」


…とんでもないことをさらっと影雪は言ったが、また話がややこしくなるのでとりあえず流しておこう…


「あの…私はここで…本当にありがとうございました…」


「そう言うでない。何なら朝飯も食べてゆけ。」


「…でも…スズさんが心配してますし…」


コーンはキューラと少しだが親しくなっているように見えた。


…ふと、私はあの時キューラが言っていた言葉を思い出した。

それは、夜中にキューラが暴走する前に言っていた『毎週金曜日の夜に涼風さんから吸血する』という言葉。

…逆に考えると、それでも私に吸血したという事は、キューラはその吸血を行っていなかったということになる。


「キューラさん…涼風さんと何かあったの…?」


「……!!」


キューラは顔をそらし、か細い声でこう言った。


「スズさん…身体を壊してしまって…弱っているスズさんに吸血する訳にもいかず…でも…八百屋もどうにかしないといけなくて…エネルギーが欲しくて…」


「…だから私に吸血を…」


キューラはコクリと頷いた。


「…ならキューラちゃんのお仕事手伝えばいいじゃーん」


突然バニラが話に入り込んできた。


「八百屋か…悪くないな…」

「新鮮な野菜が手に入るかもしれないのう!!」


影雪とコーンは乗り気のようだ。


「じゃあ…お願いしても…良いですか…?」


「いーよー!!」

「任せろ」

「うむ!!」


…もう…これは断れないな……





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