第2話 アイスを愛すべし

「アイス食べる?」


美少女から飛び出した言葉は平常に戻ろうとした私の思考をまた停止させた。


「いや…今はいらないかな…」

しかし、今は思考を停止させている時間は無い。一刻も早く学校に着くためだ、この子には悪いが先を急ぐことにする。


「…………」


美少女は私の断りを聞くと、黙り込んでしまった。しかし、その後ブツブツと何かを言い始めた。


不思議に思い、耳を美少女に傾けてみると…


「ストロベリーメロンティラミスプリン抹茶ソーダチョコレートオレンジキャラメル梨ラムレーズン小豆ポッピングシャワー……アイスを愛さないこの愚者に呪いあれ……」


……病んだ目でメッチャ私を呪っていた。


「ご…ごめんね!!今急いでるからさ…!!」


宥めようとして美少女に近付くと私の耳に聞きたくなかった音が聞こえてきた。それは学校が始まるチャイム。確かこの高校は始まる5分前にチャイムが鳴るらしい。携帯を見ると案の定時刻は「8時10分」を示している。


…急がなきゃ…!!


「…っ…!!痛っ……」

走り出そうとすると急に足に痛みを感じた。恐らく今まで走ってきたからだろう、私の足は軽い捻挫をしていた。走れはするだろうが、痛みに耐えて走るとなると今までより時間がかかるのは明確だ。


ヤバい…間に合わない…


「入学式から遅刻なんて…最悪のレッテルにも程がある…」


私が地面にへたりこみ、絶望していたその時だった。


「貴女の心に足りないのは~…すっきり爽やかチョコミント!!」

あの美少女が段ボールの中からすくっと立ち上がり、よくわからない言葉を言い出した。そしてパンパンと手を叩くとスカイブルーと黒の入り交じった丸い物が出てきた。


「な…何そ…むぐっ!?」


聞こうとした私に、美少女がその丸い物を口の中に突っ込んできた。それは冷たく、ほのかに甘い味がした気がした…


…そこから先はよく覚えていない。


………………


「水無月さん?水無月 梨奈(みなづき りな)さーん!!」


気が付くと、私は教室にいた。そして、先生に呼ばれた名前を「ひゃい!!」と裏返った声で返事してしまい、早々に笑われる羽目となった。


私は顔を赤くしながらふと思い教室の時計を見ると、時計の針は「8時16分」を指していた。あの時のチャイムが5分前のチャイムだとしたら、その時私はあの場所にいた筈だ。


何で…?あの時の時間じゃ絶対に間に合わなかった筈なのに…それに…あの場所にいて、あの時丸い物を突っ込んできたあの美少女は一体…


私の頭の中には謎が。口の中にはほのかに甘い風味が残っていた。


* * *


入学式だったので帰りは午後が始まってすぐだった。午前の授業のほとんどはリクリエーションや授業説明で、これといってつまらなくもなく、面白くもない時間が過ぎていった。


友達が出来る訳でもなく、ただ一人で時間が過ぎるのを待っていた。そして保健室の先生に処置してもらい、リュックを背負い、歩くと多少痛む程度にまで回復した足を引きずりながら学校玄関を後にした。


* * *


帰り道、私はあの美少女の事を思い出していた。冷たくてほのかに甘い丸い物を突っ込んできたあの美少女…何故あそこにいたのか、あの冷たくて甘い丸いのはなんだったのか、そもそもあの美少女は誰なのか、謎が深まるばかり…そう思っていた時だった。


トントン


突然左肩を叩かれた。


人間というものは正直で叩かれた方についつい顔を向けてしまうもの。そんな人間の私は叩かれた方に顔を向け、そこに仕掛けられていた罠と言う名の人差し指にまんまと引っ掛かり、プニっと頬をつつかれた。


「引っ掛かった~」


罠を仕掛けたのはそう、あの美少女だった。美少女はケラケラと笑い、指を離し、私の顔を見て「こんにちは」と挨拶したため、私も条件反射で「こんにちは」と挨拶をすることとなった。しかし、その時の私は気が動転していたのかもしれない。


「貴女は……誰……?」


唐突に聞いてしまった。何でこの言葉が漏れたのか自分でも分からない。ただ、吸い込まれるような瞳に見つめられ、彼女の事が知りたくなったという感情は確かにあった。


「私は誰かって?私はスイートでキュートなアイス魔法少女!バニラだよ!!」


突然名乗りを始めた美少女。いや…魔法少女…?


まさか。そんなはず…


「魔法少女って…子供なの…?私を馬鹿にしてんの…?」

「馬鹿になんてしてないよ!本当に魔法少女なんだってば!!」


涙目の自称魔法少女は私の手をギュッと握って「信じて…」と言ってきた。その可愛さに、私は少し気が緩んでしまっていた。


「信じてくれる…?」

「あ…うん…」

握る手はしなやかで少し冷たい。それがまた心地好かった。


「私…住むところ無いんだ……だから…」

「へ~…そうなんだ……」

透き通った瞳が涙で輝いて見えた。心のどこかで何かが動いた気がした。


「私を…拾ってくれない……?」

「うん…いいよ…………え?」


この時の私は本当に気が動転していた。

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