第0話 探偵・八朔御影 その前

「あん? 行方不明者の捜索だあ?」

「そうだ」

 都内某所。ここはある雑居ビルの中にある探偵事務所。そこで八朔御影はどこで拾ってきたかわからぬくたくたのソファへ寝転がり顔に中折れ帽を乗せ、刑事である杉所の話を聞いていた。

「なんでそんな話ただの探偵のオレに持ってくんだ?」

 行方不明者の捜索ならば警察の仕事だ。民間委託するわけがない。

 探偵の仕事としての人探しは、せいぜい『昔ここに住んでいた友人の行方を捜して欲しい』とかその程度であり、警察ですら場所がわからぬ人間を探すものではない。

「色々ワケアリでな! お前、これ見覚えないか?」

 杉所は懐から一枚の紙を取り出し、それを開きテーブルへ載せ八朔に向ける。八朔は顔に乗せていた帽子をずらし、横目で紙を見てすぐ起き上がった。

「おっ、リーゼントいいねえ。ツッパってんねえ。……ってこりゃあ……」

 なにか気付いたであろう八朔に杉所は無言で頷く。

 最近巷を賑わせている首都圏の連続殺人。これはその容疑者である波町だ。ニュースにも出ているため、八朔でなくとも知っている。

 そして杉所は紙の顔写真を指でトントンと叩き、八朔へ顔を向けた。

「お前にはこいつを探してもらいたい」

「あ?」

 八朔は突然のとんでもない話に顔を歪めた。



「────つまり、被害者ガイシャの家族が警察を信用してねえと」

「非常に情けない話だが、簡単に言うとそうだ!」

 なんの影響か知らぬが、警察よりも探偵に探して欲しいと言っている被害者家族がいるらしい。

 最近そういう被害者などが増えていることを知っている杉所は、どこのだれぞかわからぬ人物に現場を荒らされたくないというのもあり、自分から探偵を紹介することにした。

「話はわかった。だがよ、なんでオレに話を持って来た?」

「そんなもの簡単だ。お前ならなにかあっても大丈夫だからだ!」

 ニカッと暑苦しい笑顔で答える杉所をしかめた顔で見る八朔。とても嫌そうだ。

「おいおい勘弁してくれよサンチョさんよお。オレぁただの一般人で、こいつ凶悪犯よ」

「相手が凶悪犯だからお前を選んだんだよ!」

 八朔は顔をしかめ、電子タバコをふかした。


「……そりゃよ、オレぁ身内がいねえひとりモンだけどさ、だからって死んでいいわけじゃねえでしょ」

「いいや、お前が死ぬところなんて想像できないからお前にしたんだよ!」

 どういう言い分なのか。杉所は八朔と出会ってから数年で、何度か生死に関わるような出来ごとがあったのだろう。

「とにかくお前だって金がないんだろ? 依頼者に会うだけ会ってみればいいんじゃないか?」

「まぁ、そうだわな」

 依頼人に会ってから引き受けるかどうか決めればいい。納得がいかなかったり折り合いがつかなければ拒否もできる。

 そして杉所は八朔が凶悪犯程度でビビるような輩でないことも理解している。だからこそここへ話を持って来たのだ。


「んでサンチョさんよ」

杉所さんじょだ! それでなんだ?」

「警察で握ってる情報はくれんだよな?」

「渡せるわけないだろ! 俺は警察でお前は一般人だぞ」

 探偵や警備員は警察のようなことをしたりもするが警察ではない。そして警察には事件の話を聞く権利はあるが民間人にはない。

 だが警察────杉所が持ち込んだ話なのに教えてもらえないというのも納得がいかないのも事実。

「そんな顔するな。警察の情報は教えられないが、俺独自の情報なら大丈夫だ」

「サンチョさんにそんな人望あったんか?」

「あるんだよ! さあ行くぞ!」



 杉所が八朔を引き摺って来たのは、合同捜査本部の置かれた警察署の一室だった。そこには既に被害者家族たちが集まっていた。

 段取りがいいというよりも、どんな返答をしたところで八朔はここまで連れて来られたのだろうと恨めしそうに杉所を横目で睨むが、とうの杉所は素知らぬ顔だ。


「刑事さん、そちらの方は?」

 被害者家族のひとりが八朔を見て杉所に訊ねた。

「こいつ……彼は八朔御影という探偵で、何度か捜査に協力してもらっているんです」

「ども」

 この見るからに探偵といった、いわゆるテンプレな探偵姿に被害者家族は何故か安堵する。こんな格好をしているのは被れた自称探偵か次元◯介のコスプレイヤーくらいなものだろう。いかにも胡散臭い。

 だがその胡散臭さが幸いしたのか、いかにもできそうな探偵に見えたのだろう。被害者家族は八朔に頭を下げ、任せることにした。



「で、なんでサンチョさんと一緒に捜査するわけ?」

「そのほうが互いに都合がいいだろ!」

 八朔のポジションはあくまでも警察に協力するいち市民だ。ふたりでの行動ならば警察側も探偵としての八朔も双方とりあえずの面目は保てる。

「まあいいか。捜査費用前払いで満額もらえてんだしな」

 八朔は杉所がどこから持って来たのか謎な、年代不明の覆面パトカーの後部座席に寝転がりご満悦であった。

「本当にうれしそうだなお前は!」

「あたりめえでしょ。しかも移動は無料ロハときたもんだ」

「……ガソリン代くらい請求してやろうか?」

 正規の手続きを踏んで使っている車両ではない為、ガソリン代は杉所の自腹だ。少しくらいは出してもらいたいものだろう。

 助手席の若い刑事に宥められながら、杉所は中央自動車道を走らせていった。




 到着したのは山梨でも長野に近い場所で、杉所は山の麓にある駐車場へ車を停めた。

「ほんとこんな山奥に潜んでんのかねえ」

「まだ本部ですら掴んでない情報だ。勝負に出るしかないだろ!」

 確定情報ではない為、上に報告はしていない。可能性だけでいちいち報告していたら時間の無駄だし、混乱を来す可能性があるという言い訳だ。

 だがここで確定した場合は報告しなくてはならない。それでも本部からここまでがんばっても2時間では着かない。手柄をとるには充分の猶予があるのだ。


 山道を歩き始めて1時間近く経ったころ、八朔がなにかに気付いたらしく足を止めた。

「あー、サンチョさんよお」

「杉所だ! それでなんだ?」

「間違いねえみたいだ」

 八朔が見ているのは、怪しい葉の山だ。

 紅葉の時期も過ぎようというこの時期で枯れ葉があるのは当たり前だ。しかしこんな風のあまりない山森の中で一か所だけ不自然に積もれているのは誰かが集めたとしか思えない。

 こんな山の中、そんな馬鹿なことをする人物とはなにか。八朔はその葉の山を蹴散らした。


「ほらな」

 そこから出て来たのは一台のバイクだった。

 この場所から道が険しくなり、オフロードバイクでないと走るのは無理だろう。だからここへ置いていくしかなかったと考えられる。


「特徴……改造具合からしても波町のもので間違いないだろう」

 杉所がバイクの傍でしゃがみ、葉を払いのけデザインを確認した。

 所謂ゾク車というやつで、こういったものを好む輩は他人より目立ちたかったり特別になりたがっているため、他人とは違うことをやりたがる。つまり特定しやすいのだ。

「凄いじゃねえのサンチョさんの情報網。オレにも分けてくれねえかな」

「これはちょっとした反則みたいなものだから駄目だ」

 サマリタンやクロエの類かもしれない。だが警察がそう言うのだからかなりまずいものであると八朔は認識した。

 あとは背中にでかいものがあるからこそ扱えるものもある。生憎個人経営の八朔にそういったものはない。


「よしカズ、車戻って本部に連絡だ!」

「了解っす!」

 若い刑事は山道を小走りで降りていった。それを見送った杉所は立ち上がり、ひと伸びしてから腕を組んだ。

「さて、どうやって本人を探そうか!」

 ラジエーターに触れたとき、冷たいのを確認している。つまり最低でも数時間は乗っていないことがわかる。ならばここからかなり離れた場所にいてもおかしくはないだろう。

「んなもん簡単だろ」

 波町のバイクのキーシリンダーを八朔がもぎ取り線を直結させ、キックペダルを乱暴に踏み込んだ。

「おーおー、いまどき直管かよ。都内じゃ絶滅してんぞ」

 サイレンサーを通さない排気がけたたましい音を放つ。八朔はアクセルを回し何度もエンジンを煽る。

「うるせえよ! なにしてんだ!」

「おびき寄せてんだよ」

「なに!?」

 すぐ先は崖になっている。乗り捨てていいバイクだったらそこへ落とせばいい。うまい具合に隠れるだろう。だがわざわざ葉を集めて隠している辺り、大切なものなのだろうと推測できる。

 それをこのように弄ばれたら怒りに任せてのこのことやってくるだろうという推測だ。

「なあ、ジャックナイフターンって知ってっか?」

「なんだお前、やるつもりか?」

「やったことねえけどよ、なんかやってみたくなった」

 ある程度の速度を出し、前輪ブレーキをかける。そして前に荷重をかけ後輪を浮かせ、前輪を軸に後輪を振り回すターンだ。

 こんな枯れ葉まみれの場所で初心者ができるものではない。そのまま吹っ飛んでバイクを大破させる未来しか見えない。


「おいテメーら! なにしてやがる!」

 がさがさと草むらをかきわけ叫びやってきたのは、木刀を持ったリーゼントの男──波町だった。

「おっとようやくおでましか」

「本当にひっかかったな!」

 こんな簡単に出てくるとは思わず、ふたりは笑い出した。その様子に波町は余計憤慨する。


「テメーらタダでスムと思ってねーよな!」

「タダで済ませとくれよ。なっ」

 片手で拝むように謝りつつも、跨っていたバイクを倒したのを見た波町は木刀で殴りかかってきた。八朔は両手をポケットへ入れたまま、振りかぶった木刀の握り手を蹴りつける。

「がっ」

 手の甲を蹴りつけられ波町は激痛で声が出、木刀を離してしまった。

「ったく、あぶねえことしやがりなさんなって」

「危ないのはお前のほうだ! 当たったらどうするんだ!」

「木刀の有効打撃距離なんてせいぜい60センチくれえだろ。だったら蹴ったほうがなげえ」

「お前は足が長くていいな!」

 突きであればもっと長くリーチを取れるが、殴りかかった場合はせいぜいそんなものだ。持ち手を狙うのであれば足のほうがリーチはある。

 そんなことを理屈としてはわかっていても、実践できるかどうかは別物だ。だがそれをやれるから杉所は八朔を連れて来たのだ。


「クソがぁ!」

 波町が八朔に素手で殴りかかるが、八朔はそれをひらりひらりとかわしていく。波町はそれを追い回すように拳を振り回す。そんな攻撃が数回行われたところで八朔はかわしたついでに波町の足をひっかける。すると波町は前のめりにこけそうになった。

 バランスを崩したところで八朔が体当たりをすると、波町は吹っ飛び木のこぶへ顔から突っ込み動かなくなった。


「おい、殺してないだろうな?」

「こん程度で死ぬようなツッパリじゃねえだろうよ。体見てみろ。よく鍛えてあらあ」

 伸びている波町を八朔が蹴り転がすと、アスリートや格闘家というよりもボディビルダーに近い、かなり鍛えられた筋肉が見えた。

 つまり喧嘩などでは無駄になる筋肉なわけだが、見た目のインパクトは強い。

 喧嘩ははったりが7割と言われており、ビビらせたもの勝ちな面もある。筋肉があるということは相応の力もあるのだから、余計なことをしなければそう負けないだろう。

「とりあえず気ぃ失ってる間に手錠かけとけよ。動いてるときじゃ抵抗されんぞ」

「そうだな。えっと時間は……14時32分、逮捕っと」

 杉所は手錠をかけ、メモ帳を取り出して時間を記録した。今の警察手帳は手帳という名のバッジケースで、別途手帳を持たないといけないのが面倒だと杉所がぼやく。


「連絡してきたっす……ってそいつ波町じゃないっすか!」

 車から戻って来た若い刑事は、未だのびている波町を見て叫ぶ。そして少しがっかりしたような表情を見せた。きっと逮捕の瞬間を見たかったのだろう。


「さて、こいつを車まで運ばないと……おいなんでも屋。仕事だ」

「探偵だっつってんだろ。そしてそりゃあ探偵の仕事じゃねえ」

「ちっ。……タダでここまで連れて来てやったんだからそれくらいいいだろ!」

「オレぁ男抱き上げる趣味ねえの。蹴り転がしていいか?」

 さすがにそれは駄目だろうと、杉所は若い刑事に手伝わせ、波町を背負って山を下ることにした。

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探偵・八朔御影は異世界で不敵に笑う 狐付き @kitsunetsuki

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