第16話 探偵は王子を睨む

「別にこんなもんいらねえんだけどねえ」

 八朔は馬車に揺られながらぶつくさと言う。

 今彼の懐には、杉所から半ば強引に押し付けられた拳銃オートマチックが入っている。いざというときに使えと言われても、彼に限っていざというときはあるのだろうか。


「てかおれゴエーっつーことでついてきたけどよ、イラネーよな……」

 馬車に同乗して流れる景色を見ながら波町がぼやく。

 八朔たちの乗っている馬車の周囲は騎兵が囲っている。フルプレートを着込みランスを構える重騎兵から、チェインメイルの軽騎兵。そして魔法騎兵まで揃っている。連絡用の早馬を除いても30騎はいる。まるで国賓のような扱いだ。


「あとは町が見えなくなってからだな……」

「ナンかアンのか?」

「見えなくなったところで馬車から引きずり降ろされ、手と首を繋がれて歩かせるかもしれねえぞ」

「ムゲー!」

 冗談半分、心配半分である。

 王族から直々に呼ばれているのだ。だから他人の目があるうちはきちんとした扱いをしているという風にし、見られていないところで扱いを悪くする。

 そのことで王などに抗議しても証人がいないのだ。なにをされるかわかったものではない。

 もちろんそれの首謀者が王である可能性もあり、そうされるようなことをしている自覚──といっても結果的にそうせざるをえなかったのだが、とにかくとばっちりを受けるようなことをしているため、強く責められない。

 全ては王子が悪い。八朔はそう結論づけた。


「それぁさておき、おめえさんとじっくり話せる時間ができたのは丁度いい」

「なんだよそっちのシュミかよ!」

「余計なチャチャ入れんなって。オレが聞きたいこたぁなにかわかってんだろ?」

「だからナンドも言ってんだろ! おれはやってねー!」

 波町は顔を赤くして怒鳴る。逮捕されたことを思い出したのだろう。

 ふたりきりで時間をかけ聞くことと言えば勿論、ここへ来る前にあった事件のことだ。


「そう興奮すんなって。実ぁオレもサンチョさんもおめえさんがやったなんて思っちゃいねえんだわ」

「じゃーなんでツカマエてんだよ!」

「あの時点ではおめえさんの人となりがわかんなかったし、そもそもサンチョさんは組織の人間だから上が逮捕しろっつったら捕まえねえとなんねえんだよ」

「ひとと……ナンだそりゃ」

「性格っつうか人柄っつうか……まあ人となりだ」

 八朔もうまく説明できないようだ。人となりは人となりである。

 漢字で書くと為人。人の位置が何故変わるのかも含めて謎の言葉とも言える。


「とりあえずそれを踏まえたうえで聞く。おめえさんはなんで現場にいたんだ?」

 ふたりが出会った現場で訊ねたところでまともな返事は期待できなかった。今このように落ち着いた状態であれば、それなりにマシな回答が得られるだろう。

 波町は顔をしかめつつも、あのときなにがあったのか語り始めた。



「舎弟、ねえ」

「そーだよ。ツカマッたっつわれたら助けっしかねーだろ!」

 波町は舎弟が他の珍走団に捕まり、助けを求められたからそこへ向かっただけだという。

 だが実際はそこに誰もおらず、ひと通り探してから去って行ったようだ。

 これはどう見ても波町がめられたのだろうと推測。波町の舎弟を捕まえたという人間が犯人か、その舎弟自体が犯人或いはグルである可能性もある。いずれにせよ人のいい波町を利用していることには変わりない。


「おめえさんはも少し器用に生きられりゃよかったな」

「そりゃあんただってイッショだろーが」

「オレ、そんな不器用な生き方してっかな」

「少なくともヒデーとこケッコーあんぜ」

 おかしいなと言いたげに八朔は首を傾げるが、こいつわかってねえのかよと波町はため息をつく。

 もちろんそんなこと八朔はわかっている。我ながら楽な生き方をしていないと。


 誰もが楽に生きているわけではない。というよりも、楽に生きている人間なんてほぼいない。

 それでも手を抜けるところは手を抜くのが通常であり、いつも肩ひじ張った生き方をしているわけではない。普通のひとは適度に手を抜いて生きている。

 ようするに八朔は無用な縛りで生きているだけに過ぎない。本人の人生なのだから、他人の迷惑にならない限り本人が満足していればそれでいいのだが。





「スゲー! シュトスゲー!」

 波町大興奮である。ただの城郭都市のひとつだったあの町から比べると、ひとの数も広さも段違いだ。

 これだけの壁を建設するのに一体どれだけの時間と労力がかかったのだろうか。

 上空からでなければ全貌は見えない。間違いなくこの国のメトロポリスであろう。


 出発してからここまで、心配していたようなことは特になく、全くの杞憂で終わった。途中で寄った町での部屋や食事も豪華で、毒なども盛られている様子はなかったし、襲撃に見せかけた暗殺もなかった。護衛のはずの波町なんていびきをかいて寝ている始末。気を張っていたのがアホらしく感じられるし、むしろなにかが起こって欲しかったと物足りなさを覚える。


「なっ? 来てヨカッタだろ!?」

「いんや別に」

 八朔からは特別どうという感想はなかった。

 確かに八朔が過ごしている町とは比べものにならぬほど広く巨大だが、それだけである。

 目に見える景色は然程変わらない。どこへ行っても同じ街並みだ。違いなんてその続く町並みの距離が長く、人が多いだけのこと。


 ただそれでも宮殿を見たときは感嘆の声が出た。

 戦略的拠点としての役割を持つ城とは異なり、贅の限りを尽くしているような建築物だ。巨大で丈夫なだけの武骨な城壁とは別の意味で建築に時間がかかっていそうである。

 地球で言えばヴェルサイユ宮殿やクレムリン宮殿、ウェストミンスター宮殿などだろうか。あまりの壮大さに波町が縮こまっている。


「まあおめえさんは宮殿にゃ入れねえけどな」

「あぁ? なんでだよ!」

「態度悪いでしょ」

 流石に波町を宮殿内へ入れるわけにはいかない。波町は貴族的な嫌味など聞いた瞬間殴りかかりそうだし、そもそも立場は一介の冒険者だ。

「まーキゾクとかデーッキレーだから別にはいりたかねーけどな!」

 明らかに強がっている素振りで答える。先ほどまでは入りたくて仕方がなさそうだったのに。

「オレん助手の親っつうこと忘れてねえかい?」

 ここが実家の姫に、お貴族様の娘、更には当主様を預かっているのだ。下手に貴族批判をすると彼女らも含まれてしまう。

 波町は彼女らに対して嫌な目を向けていないし、それどころかデレッとしてしまうこともある。まあネイトやステアは平民だからといって見下すような態度をしないから、普通に接することができるせいもあるのだろう。

 そんなわけで中へは八朔のみが入り、波町は首都観光ということになり別れた。


 中に入ると貴族らしい人々が奇異の目で八朔を見ている。八朔は中折れ帽に手を載せ、顔を隠すよう目深にかぶり歩を進める。

 奥の部屋へ進むと急にひとの気配が消え────先に壁へ背をもたれ腕を組んでいる青年がひとりいるだけなのがわかった。


「来たな探偵」

「おー、久々だな王子さんよお。おめえさんには言いたいことがたくっさんあんだ」

「例えば?」


「あんな、仕事っつうのは受けるも受けねえもこっちで決められんだよ。依頼っつえばなんでも引き受けるとでも思ってねえかい?」

「だがそうでもせねば断るであろう?」

 わかっていてやっていたようだ。八朔は悔しそうな顔をする。


「……あとな、あの暗殺メイド。なんだありゃ。あんなもんまで押し付けんなよ」

「だがああでもしなくば殺さねばならない相手だぞ。今こちらで引き受けても処刑される可能性が高い」

「……ちっ、しゃあねえな」

 八朔は頭をガシガシ掻く。実情は知らぬが、女性マニが死ぬとなったら手放すわけにはいかない。

 後からの報告となってしまっているが、結局はやらざるを得ないということだ。あれやこれやの問答をするのは面倒だが、ちゃんとした理由くらいは知っておきたいこともある。


「んで、今日は一体どんな用で呼びつけたんですかい? 言っとくけどオレぁお陛下様への礼儀とか知らねえし」

「その辺は大丈夫だ。お前にそこまで求めていない」

「いいのかよ」

 そもそも国どころか世界が異なるのだから、礼儀や作法が通用するわけない。例えば西洋では椅子に座ったとき足を組むのが礼儀なのだが、日本ではそれを失礼だと言う。同じ世界ですら文化の違いで異なるのだから、異世界であれば全て異なると思ったほうがいい。


「その、な。実はお前に会わせたい人物がいる」

「今度こそ断ってもいいんだよな?」

 またかといった感じで八朔は突っぱねようとする。会わせたいではなく面倒を見てもらいたい────いや、面倒を見ろと言っているのがすぐにわかる。

「会うだけでも会ってはみてくれないか?」

「ああ、会った瞬間見物料とかっつって法外な金額ふっかけたうえ、引き取らねえと全額払ってもらうっつう腹積もりだろ?」

「……お前は余のことをなんだと思っているのだ」

「暴君ですかねえ」

 王子は苦笑というか、笑いだしそうになるのを堪える。もし彼が実際に暴君であったとしても、こうやって面と向かってそう言う人物がいるとは思いもしなかったからだ。


「……お前から金品の類を取ろうなど一切思っておらん。それどころか状況次第ではこちらから払う」

 金になるというのであれば話は別だ。状況次第というのはさておき、会っただけで金になるのだったらいくらでも面接しようというものだ。

 八朔は渋々といったていで王子の後を脳内で勘定しながらついて行った。



「彼女だ」

「ヒョー……」

「なんだ?」

「いや……」

 八朔は思わず声が出てしまったところで慌てて口を塞いだ。

 そこにいたのは身の丈160ほどで、細身なのに胸の大きなスーツ姿の女性だった。

 年は20半ばくらいだろうか。見たところこちらの人間ではないため、勇者たちの教師だろう。


「どうも、八朔御影と申します。お嬢さんは?」

 帽子を取り内側を胸につけ、紳士的な挨拶をする。女性は少し引きつった笑顔を返す。


「えっ? あ……馳地位ちちい莉枝りえです」

「馳地位さんですかい。いやあ、いい名だ。とてもお似合いですよ」

「は? はあ……」


「おい探偵」

「なんでい、やぼったい奴だなぁ」

 ふたりの会話へ水を差すように王子が口を挟む。それで八朔は面倒そうな顔を王子へ向ける。

「……どうやら余はお前という人間を見誤っていたようだな」

「そうかい。まあオレぁおぼっちゃん程度に測れるような器じゃねえってこったな」

 王子は深いため息をついた。完全に当てが外れたといった顔をしている。

 対して八朔は少しにやついている。打ち負かせたと言わんばかりだ。

「おふたり共、仲がいいのですね」

「あぁ? これのどこをどう見たら仲良しに見えるのかね」

「心外だぞ。余とこいつはただの契約での繋がりしかない」

 互いにしかめ面を向ける。すると馳地位はクスクスと笑い出す。

「でも私、王子様と出会って今まで、そんな顔をするなんて思ってもみなかったので」

「嫌そうな顔だろ?」

「楽しそうですよ」

 心底嫌そうな顔で八朔と王子は互いを睨む。もちろん互いにそこまで嫌っているわけではなく、ある意味阿吽の呼吸のような対応だ。


「でも、今ので探偵さんが悪いひとじゃないことはわかりました」

「そぉよ。オレぁこれでも地元じゃカミカゼのみっちゃんで通ってんだから」

 カミカゼがどういう意味で使われているのか全くの不明だ。

「ですが、えっと、王子様の申し出はありがたいのですが、私も自分の力で生きてみようかと思います」

 馳地位は頭を下げ、八朔はなんのことか察した。恐らく彼女の面倒を八朔に見てもらおうと思い、彼女に打診していたのだろう。

 しかし断られたことで、八朔は情けない表情になった。

「そう残念そうな顔をするな探偵。まあ、そうだな。ではドリブンで暮らしてみるがいい」

「ドリブンってのはなんだ?」

「お前、今の今まで自分の住んでいる町の名を知らなかったのか?」

 町の名前なんて気にしたことがなかった。入り口の前で小僧が『ここはドリブンの町だよ!』とか言っていれば気付いていただろうが、生憎そんなことはなかったから知らないのも仕方ない。

「ええっと、その町だとなにかあるのですか?」

「なにかあればこいつを頼れる。お前もそれで文句はなかろう」

 王子の申し出に八朔は手をひらひらと振って返す。問題ないということだろう。

「ええ。ご配慮ありがとうございます。それでは宜しくお願いしますね、探偵さん」

 笑顔で会釈され、八朔も満更でなさそうな笑みを浮かべる。なにかと用を作っては彼女の住まいに入り浸らなければいいのだが。

「とりあえず今日の話はこれだけだ。宿に戻っていいぞ」

「……本番は王に会うことか。そういう真綿で首を絞めるの、やめてもらえませんかねえ」

 八朔としてはさっさと終わらせてもらいたい事案だ。後日に回されるとそれだけ嫌な考えばかりが頭に浮かぶ。

 なにかあっても城の騎士などは当然王を護り、八朔を捕まえる側。場合によっては波町を呼べる位置に置こうかと考える。



「それにしても、探偵さんと王子様は本当に仲良しですよね」

 宮殿から出る廊下、見送りのためついてきた馳地位が八朔に話しかけてきた。

「勘弁してくれよ。どう見たって家畜と暴君だろ?」

 もちろん家畜は八朔の方である。いいように飼い馴らされていると思っているようだ。

「でも私、王子様の古くからのご友人たちと会ったことあるのですが、相手のことをお前とかこいつなんて言ったことありませんでしたよ」

「そりゃただ下に見てるだけじゃねえのかな」

「ですけどご友人も伯爵のご子息とかなので下とも言えますよ」

 王族からしたらその他は全て下だ。それでもやはり貴族と平民とでは態度が変わるはずだと八朔は思っている。

 実際に貴族と平民では王子も対応が異なる。とはいえ自身が王族だからと偉そうにして気に食わない人間の首を刎ねたりはしない。頭を下げることはないが、平民あっての国であり、自分たちが生きるため必要であることはきちんと理解しているようだ。


「案外王子様は探偵さんのことを同列に考えているのかもしれませんよ」

「倍くれえ生きてるおっさんと同列って、そりゃ見下してんのと一緒じゃねえのか?」

「相手は王子様ですよ。立場を考えたら相当なものじゃないですか」

 そういうものかと思いつつ、八朔は馳地位と宮殿を出た。

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